愛の記憶 #3

「あのさ、ちょっといい?」

 昼休みにも関わらず、早川は分厚い参考書を片手に黙々と勉強していた。早川は俺の顔を一瞥すると、シャーペンを机の上に置いた。

「場所を変えてもいいか?」

「ああ、うん。俺もそのつもりだったし」

 早川が在籍する特進クラスは、早川同様、昼休みでも勉強している奴がたくさんいた。気まずさを覚え、「失礼しました」と言って教室を後にした。

「それで、僕に一体何の用?」

「単刀直入に聞くけど、お前、俺の母親のことをどう思ってる?」

「どうって?」

「好きとか付き合いたいとか、そういうのだよ!分かるだろ!」

「・・・・・・一応聞くけど、それを聞いてどうするつもりなんだ?」

「別に。どうもしないけど」

 俺がぼそぼそ言うと、早川は大きなため息をついた。

 普段はクールな感じなのに、母の前で見せた表情が可愛かっただなんて言ったら、思い切りぶん殴られそうだ。

「好きだよ」

「え!?」

「そんなに驚くことか?本人に聞く前から分かっていたんだろ?」

「まあ、うん、分かっていたけどさぁ。母さんのこと、やっぱり好きなのか」

「でも、付き合いたいとは思わない」

「は!?なんで?好きなら普通、付き合いたいとか結婚したいとか思うだろ」

 早川は呆れた顔で俺を見た。

「僕には内海が理解できないよ。普通、同級生が自分の母親のことを好きだとか結婚したいとか言ったら、気持ち悪いと思わないか?」

「え?まあ、普通はそうかもしれないけど、俺の家、普通じゃないから」

「普通じゃないって?」

 早川はそう言った直後、「言いたくなければ言わなくてもいい」と言ってくれた。きっと俺の表情から何かを察したのだろう。早川は優しい奴だ。だから、ごく限られた友人にしか打明けていないことを彼にも打ち明けようと思った。

「俺の家、ひとり親家庭なんだよ。物心つく前に離婚していたから、俺なんて、父親の顔すら覚えていない。俺は今さら父親なんて求めていないけど、母親には笑顔でいて欲しいんだよね。で、俺が言うのもなんだけど、母さん、最近ずっと楽しそうなんだよ。それは、多分お前のお陰なんだと思う」

「どうしてそう思うんだ?」

「母さんに薔薇の花束を渡したの、お前なんだろ?」

 早川の顔がみるみる赤く染まった。

「それは、そう、です」

「そうだと思った。だから、もし良かったら、今度ウチに遊びに来いよ。三人で食事しよう」

「え、いいの?」

 早川の顔がぱあっと明るくなった。まるで遊園地に連れていってもらえることが決まった子供みたいな顔だった。

「いいよ。ただし、メシは俺が作るけどな」

「なんの意地だよ」

「お前は知らないだろうけど、母さんが作るメシは激マズなんだよ」

「なんだよ、それ」

 早川があまりにも幸せそうな顔で笑うものだから、俺もつられて笑ってしまった。


◆◇◆◇◆◇◆


 それから数日後、早川が俺の家に遊びに来た。

「頼んだものは買ってきてくれた?」

「もちろん」

「ありがとう。それじゃ、食事の準備するか」

 俺がシーフードカレーを作る隣で、早川はサラダの準備をした。早川は料理未経験だったらしく、包丁の扱いが下手だった。

「猫の手だぞ。猫の手」

「分かってる。子供扱いするな」

 慎重に野菜を切る早川を見て、俺は笑いをこらえ切れず吹き出してしまった。

「笑うな」

「ごめん、ごめん」

 玄関の扉が開く音が聞こえたのを機に、俺たちは母のいる玄関へ向かった。

「ただいま」

「「おかえりなさい」」

 三人で「いただきます」と言い、他愛もない話をしながら食卓を囲む。こんな日常も悪くないと思った。

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愛の記憶 深海 悠 @ikumi1124

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