最終話 基本作法

 基本作法。ヤンデレ娘には、向けられた想いと同程度の愛を注いではならない。いつしか、それは手に負えないほど膨れ上がってしまうから。



 保健室というのは大体独特の臭いがする。初めて来たけど、やっぱり高校の保健室も同じ。たぶんこれは消毒液の臭いなんだろう。


「応急処置はしたが、必ず後で病院に行くように。化膿するといけないからね」

「はい。ありがとうございました」


 竜胆が保健室の先生に頭を下げ、椅子から立ち上がる。指は包帯でグルクル巻きだ。


「痛くない? 大丈夫?」


 爪が剥がれているのだから痛くないはずはないんだけど、つい僕は彼女に何度も聞いてしまっている。

 彼女の答えは何度聞いても同じなのに。


「大丈夫だよ。クルヤくんもゴメンね。お腹、痛くない?」

「僕のは何でもないよ。脇腹に少し捻じ込まれただけだから」


 旧校舎の四階、初めて彼女とキスをした時、僕は、彼女が胸ポケットから取り出した誕生日プレゼントの入った箱を脇腹あたりにドスンと押し付けられていた。

 結構な衝撃で一瞬だけ刺し殺されたと思ったくらいだ。

 でも、彼女に悪意はない。しゃにむに僕に抱きつこうとしただけ。


「うーうん。ゴメン。……私、わけがわからなくなっちゃってて」

「構わないよ。もともと誤解されるようなことをしちゃった僕が悪いんだし」

「ありがと。でも、妹子ちゃんにも後で謝らなきゃ。……あんなに怒鳴ったりして、たぶん怖がらせちゃったよね」

「じゃあ、今日、僕の家に来ない? 妹も謝りたいって言ってたし」

「いいの?」

「もちろんだよ。……というか、来て欲しいかな」

「じゃあ、行くっ。クルヤくんのお家にお呼ばれするの……初めてだね?」

「これからは竜胆の来たい時に、いつでも来ていいよ」


 竜胆が僕の脇腹あたりをサワサワと撫でる。僕は彼女のその手に優しく触れた。


 そして、僕たちは見つめ合い、通算二十四度目のキスをした。


「ちょっと君たち……。そういうことをするなら、頼むから外でやってくれないかな? 保健室なんだけど、ここ」

「「ご、ごめんなさい」」


 ……保健室の先生に怒られてしまった。



 文化祭のゴミゴミとした人通りの中を僕たちは歩く。時折、周りの視線が僕たちに向くのは竜胆のせい……いや、僕のせいでもあるんだろう。


「竜胆……。ちょっと歩きづらいかも」


 保健室を出てから、ずっと彼女は僕の右腕に絡み付いてきている。頭を僕の肩に乗せていて、むしろ僕より彼女の方が歩きづらそうだ。


「私も歩きづらいよ? でも、こうしてないとクルヤくんが他の女の子に取られちゃう気がして」

「心配しなくてもいいのに……。まぁ、竜胆がそうしたいなら、僕は別に構わないけど」


 今まで彼女は、クラス内で僕のことを苗字で呼んでみたり、一応、周りの目を気にしていた風だったんだけど、もはや、そんな気遣いは消え失せている。

 まるで「浅見クルヤは私のもの」とでも言いたげだ。

 まぁ、実際のところ、僕の全ては竜胆のものだと僕自身も思ってるけど……。


「あっ。でも、これだとクルヤくんの左腕、誰かに取られちゃうかも……」

「はいはい。じゃあ、左腕も竜胆にあげるよ」


 手ぶらになっていた左手で竜胆の頭を撫でてみれば、満足したように彼女が微笑む。


 さっきから僕たち二人は、人目もはばからず、この調子なんだから、そりゃあ、周りに変な目で見られもする。

 これが所謂バカップルってやつなんだろう。


 今、前方から真っ直ぐ僕たちの方に向かって歩いてきている先輩も、たぶん、そんな風に思っているはず。


「やぁやぁ、お二人さん。お熱いね〜。君たちから発せられる愛の熱波で私は蒸し焼きにされてしまいそうだよ」

揶揄からかわないでくださいよ、傍食かたばみ先輩。……で、文芸部にギャフンと言わせられたんですか?」

「浅見くんや。それを聞くのかい? 言うまでもないが、もちろん部長のやつをギャフンと言わせてやったさ。この分厚くて重みのある『宇宙刑事スペースデカそらに舞う』で、物理的になっ! ハッハッハ! まぁ、『ギャフン』というか『ゴベヘェ』だったが……」


 先輩が嬉しそうに笑いながら本の表紙をパンパンと叩く。


「物理的って……。まさか本で殴りつけたんですか?」

「うむ。これこそが『ペンは剣よりも強し』というやつだよ。覚えておき給え」

「いや、格言の使い方、絶対に間違ってると思うんですけど」

「細かいことは気にするな。ところで、竜胆くん。プレゼントは喜んでもらえたのかな? いや、もちろん喜んだだろうね。彼はあんなに私の万年筆を物欲しそうに眺めていたんだから」


 竜胆が僕に用意したプレゼントは万年筆だった。この口振りからするに、プレゼントの中身は先輩が提案したんだろう。

 もしかしたら、竜胆の方から先輩に相談したのかもしれない。


「はいっ。スゴく喜んで貰えましたっ。……でも、プレゼント買うためにアルバイトしてたんですけど、それでクルヤくんに心配掛けちゃってたみたいで」


 なんだ……。最近、距離を取ってると思ったら、そういう理由があったのか。


「いや、ゴメン、竜胆。あの時は、もしかして、飽きられちゃったのかなぁ、とか不安になってて」

「飽きるなんてないよっ! 私はクルヤくんのこと、ずっと大好きだもんっ!」

「……うん。僕もずっと大好きだよ」


 二人でじっと見つめ合う。竜胆の瞳は純真無垢で本当に綺麗だ……。


「……いやはや、本当に愛の熱波で死んでしまいそうだ。こりゃあ、とっとと退散した方が身のためだな」


 ……二人の世界に没入して、つい先輩の存在を忘れていた。


「……なんか、すいません」

「なに、一つも気にすることはない。どうやら君も素直になれたようで、何よりなことだと私は思っているしな」

「そうですね。素直になるのも意外と悪くはないです……」

「ハハハっ。そうだろうとも。……では、私は失礼するよ。君たちがここに居るってことは部室は無人なんだろ? 私の傑作たちが盗まれでもしたら大変だ」


 先輩が僕たちの横を通り過ぎていく。僕たちはそれを見送った。


 そして、僕たちも歩き出す。前方不注意かもしれないけど、廊下の先を見つめたりはしない。


 じっと彼女の瞳を見つめる。


「クルヤくんは私のこと……好き?」

「うん? もちろん僕は竜胆のことが大好きだよ」

「じゃあ……下の名前で呼んで欲しいな〜」

「カナデ」

「……うん。もっと呼んで欲しい」


 何度も彼女の名前を口に出す。


 きっと今、僕は幸せ一杯なんだろう。


 いつか僕たちの物語を書き記してみたい、恥ずかしげもなく、そんなことを思ってしまうほどだ。


 題名はそうだなぁ……。


『ヤンデレの良さを理解している僕は、彼女の良さを全て引き出す』



 基本作法、改正。ヤンデレ娘には、向けられた想い以上の愛を返し続けなければならない。

 たとえ、愛がいくら膨れ上がったとしても、僕たちの愛は決して弾けることなどないのだから。

 ただし、そんなことは言われるまでもなく、僕は彼女を永遠に愛し続ける。




【ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。皆様のお陰で短いながらも何とか完結させることが出来ました。このまま永遠にイチャイチャさせておきたい気持ちもありますが、物語は一旦ここで完結とさせていただきます。また、さっそくではありますが、次の連載も開始しておりますので、お手数でなければ、是非ご一読下さい。ちなみに、題名は『抜け駆け禁止のヤンデレ協定〜いや、どう考えてもウチの三姉妹たちは俺を独り占めしようと企んでいます』です。https://kakuyomu.jp/works/16817139557503056684

またヤンデレものですが、今回は登場人物を増やし、ドタバタヤンデレコメディにする予定です。最後になりますが、もう一度、応援して頂いた読み手様に感謝の言葉を述べたいと思います。本当にありがとうございました!】


 追伸〜完結しましたが、星は、いくらあっても困りません! 宜しければ、バンバン投げつけてやって下さい!

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ヤンデレの良さを理解している僕は、彼女の良さを全て引き出す 九夏なごむ @diren

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