第16話 惚れ薬の隠し味♡

 そうして科学部の部室前までやってきた。


「あー……。そういう事か」

「なにか知ってるんですか?」

「二年生に島原しまばらセシルって有名な子がいるんだよ。天才美少女発明家とかいって、賞を取ったり新聞に載ったりしてるみたい」


 詳しいことは風太も知らないが、噂だけは聞いたことがある。


「それにしたって惚れ薬は凄すぎる気がするのですが」

「僕もそう思うけど……。噂だと、催眠アプリを作ったって話も聞いたことあるし」

「催眠アプリ!?」


 椿が驚くのも当然だ。

 そこまで行くともはやファンタジーである。


「島原ならおかしくないって事。てか、実際青山は椿の事好きになってたっぽいし」

「そうですね。危険人物のようですし、出来ればこれを機にお友達になっておきたい所です」

「だね」


 そんな魔法使いみたいな相手を敵に回したら、いくら椿でも太刀打ちできない。


 実際、あのクッキーを食べていたら三人まとめて絵里の恋の奴隷になっていた所だ。


 そういうわけで、三人は科学部に突入した。


「お邪魔します。転校生で風太君の彼女の月島椿です」


 律儀に椿が名乗る。


「え、なんで……花巻君まで!? ど、どうしてここが……青山さん、内緒だって言ったのに、話が違うよ!」


 セシルが絵里に泣きついた。


 銀髪色白の気の弱そうな少女である。

 胸は平らで制服の上から白衣を羽織っている。


「知らないわよ! それよりどうにかしてよ! あんたの惚れ薬のせいで、あたし椿ちゃんの事好きになっちゃったのよ!?」


 絵里は絵里で半泣きだ。

 ちらちらと椿の顔色を窺っては、悔しそうに頬を赤くしている。


「えぇ……そんなはずないんですけど……」

「そんなはずなくないでしょ! 現にあたしは椿ちゃんを見るだけで胸がドキドキしてときめいちゃうの! 大体、惚れ薬を飲んだらその時目の前にいる相手を好きになるって言ったのはあんたでしょうが!?」


 ガクガクと絵里がセシルの肩を揺さぶる。


「そ、それは言いましたけど……でも……」

「言い訳しないでなんとかしてよ! 解毒剤とかないの!?」

「そ、そんなのないですよ……とりあえず、お水をいっぱい飲んでおしっこしたらその内出ていくと思いますけど……」

「絶対よ! 嘘だったら承知しないから!」


 それを聞くと、絵里は科学部から出て行った。


「覚えてなさいよ!」


 なにを? そう聞きたくなるような捨て台詞を残して。


「……えーとですね」


 こんな状態で残されては、流石の椿も気まずいらしい。

 ここぞとばかりに風太が前に出た。


「島原さん! どういうつもり! 危うく僕たち、青山さんに惚れちゃう所だったんだよ!」

「ご、ごめんなさい……。なんか、急に怒鳴り込んできて、花巻君の事が好きなら協力しろって脅されてしまって……」

「だからって、惚れ薬はないでしょ! そんなの洗脳と一緒だよ! 島原さんだって、僕が青山さんの事好きになったら嫌じゃないの!」

「そ、それはそうですけど……、天才発明家なら惚れ薬くらい作れないのかって言われて、一応、前に作った物があったので……」

「だからって青山さんみたいな危ない人に渡したらだめでしょ!」

「うぅ、ごめんなさい……月島さんは悪魔みたいな人だって言われて、つい魔が差しちゃったんです……本当にごめんなさい……」

「風太君。反省しているようですし、それくらいで勘弁してあげてください」

「……まぁ、椿ちゃんがそういうなら許すけど。二度とこんな事しちゃだめだからね!」

「はい……すみませんでした……」


 しょんぼりしてセシルが頭を下げる。


「てか島原。お前、マジスゲーな。本物の惚れ薬とか、ノーベル賞もんだろ!」

「そうですよ。私も女として、ものすごく興味があります。絵里さんに脅されて無理やりだったようですし、今回の件はお互いに水に流して、お友達になりませんか?」


 それで風太も思い出した。

 危険人物を敵に回さない為にも、友達にならないと!


「もちろん僕もだよ! 友達になってくれたら、一緒に遊んだりお話できるよ?」

「い、いいんですか? 私その、発明ばっかりで、変な子だって思われて友達が少ないので、それはすごくうれしいんですけど……」

「けど、なんだよ? じれってぇな! はきはき喋れって!」

「ひぃっ!」


 セシルがびくりと怯える。


「まぁまぁ真姫さん。人にはそれぞれテンポというものがありますから。ゆっくりでいいので、なにか気になる事があるなら話してください」


 小さい子供をあやすように、椿が優しく語りける。


「は、はい……。その、青山さんは誤解をしてて。確かにあれは惚れ薬なんですけど、そんな一瞬で人を好きになるような凄い薬じゃなくて……。簡単に言えばおしっこと強心剤のカクテルといいますか……」

「お、おしっこ!?」


 風太の声が裏返った。


「はい。その、フェネチルアミンという、恋愛化学物質と呼ばれているものがありまして……。恋をしている人の尿に分解成分が多く含まれるんですけど……。実は私、花巻君に片思いをしてまして……。せっかくなので、これを利用して惚れ薬を作ったら面白いんじゃないかと思ったんです。それで私の尿から精製したフェネチルアミンに強心剤を混ぜて、恋のドキドキを疑似的に再現する薬を作ったんです。フェネチルアミンは経口摂取だと分解されてしまうので、揮発性を高めて鼻の毛細血管から入るようにしました。あとは強心剤の効果で心拍数が上がるので、この状態で何度も同じ相手と対面すれば、パブロフの犬のような条件付けで、実質的に惚れ薬の効果を得られるのではないかと」


 途中からノッてきたのか、饒舌になってセシルは言った。


 生憎風太には、言ってる事の半分も理解できなかったが。


「……つまりオレらは、島原のおしっこ入りクッキーを食わされそうになったって事か!?」


 理解できたのはそれぐらいだ。


 しかもセシルは恥ずかしがる様子もなく平然と言うのである。


 そりゃ友達も出来ないはずだ。


「いえ、原料が私のおしっこというだけで、汚いわけではありません。それに、出したてのおしっこは本来清潔で、汚いものじゃないんです。あれは時間が経って腐敗するからで――」

「そんなこと言われてもおしっこはおしっこだよ!?」

「では、例えを変えましょう。海ではいろいろな生物が排せつを行っていますけど、海から取れる塩は汚くないですよね? それと一緒です」

「やめてください。お塩が食べにくくなります」


 椿も渋い顔になった。


「おしっこ入りのクッキーとは……。道理で臭いはずです」

「流石に青山さん、ちょっとかわいそうかも……。この事は黙っててあげない?」

「だな。てか、それじゃあ青山の奴、なんで椿の事好きになったんだ?」

「思い込みが激しいタイプのようなので、そのせいとか?」

「いわゆる偽薬効果、プレセボ効果と呼ばれる現象ですね。思い込みの力が心身に影響を与える事は科学的に立証されています。特に今回は惚れ薬という精神的な効果を期待するものだったので、より顕著だったのではないかと」


 セシルが補足する。


 やっぱり風太には半分も理解できなかった。


「よくわかんないけど、青山さんが椿ちゃんの事好きになったら少しはおとなしくなるだろうし、余計に黙ってた方がいいんじゃないかな?」


 セシルの安全はこちらで保証するという事で、それで話はまとまった。

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君を不幸にした僕は二度と彼女を作らないと決めた。←ご心配なく、最強ヒロインになって戻ってきたのでまた彼女にして下さい。 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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