Ⅳ 大仕事

「──ええ…それでは、船長としての所信表明をば……」


 無事、先代の仇打ちも果たしたところで、改めてベンジャミューは手下となった仲間達を前に新船長としての抱負を語る。


「知っての通り、わしは派手なことや豪華なものが大好きじゃからのう……そこでいいことを思いついた! この一味の頭として、わしは海賊貴族・・・・になろうと思う」


「………………」


 だが、突然言い出したわけのわからないその宣言に、その場にいる者達は誰しもみんなポカン顔だ。


「えっと……その海賊貴族というのはどういう意味なのかな?」


 皆を代表し、デニムがおそるおそる尋ねてみた。


「ん? どうもこうも文字通りの〝貴族〟だ。貴族として豪華絢爛な気高き海賊を目指すのじゃよ。むろん、わしだけではないぞ? 一味の者全員でだ。服装も皆、小綺麗にして、船もガレオンのようなもっとデカいものに変えなくてはの……いや、じつは昔から〝貴族〟というものに憧れを持っていたのじゃよ」


 すると、さも当然とばかりにベンジャミューはそう答えるが、ますます以って言っていることがわけわからない。


「いや、〝貴族〟って、勝手に名乗ればなれるってもんでもないからな……それに、おまえさん一人ならともかく、船や一味ごと貴族並みな装いにするとなると、先立つもの・・・・・がそうとうにいるぞ?」


 こいつを船長に推したのは間違いだったんじゃ…と、内心、俄かに疑念を抱きつつも、デニムはベンジャミュー最大の理解者として、あえてその滅茶苦茶な抱負に付き合って現実的な問題を指摘してやる。


 これでそのバカな願望を諦めてくれればいいのだが……。


「うーむ……確かにそこは弱りものじゃの。何かデカい仕事を一発しなくては……どこぞにいい獲物でも転がっておらんかの?」


 船長になったことで暴走をし始める、じつはちょっと妄想癖もあったりなんかするベンジャミューではあるが、資金の問題に関してはさすがにちゃんとわかっていたらしく、腕を組むと目を瞑り、天を仰ぎながら眉間に皺を寄せる……と、その時だった。


「ベンジャミュー新船長〜っ! なんか、すごい大船団が見えま〜す!」


 マストの檣楼しょうろうに立って見張りについていた者が、何かを発見して眼下のベンジャミューに叫んだ。


「ん? 大船団?」


 その報告に、気になったベンジャミューとデニムも急いでシュラウド(※網梯子状になったロープ)をよじ登り、檣楼から遠眼鏡で水平線の彼方を眺めてみる……二人ともヒラの水夫からの叩き上げなだけに、そんな軽業師のような芸当もお手のものだ。


「確かに大船団だな。30…いや、40隻くらいはいるか……」


 ベンジャミューから遠眼鏡を受け取り、片目に当てながらデニムが呟く。


 確かにそこには、大小織り混ぜて40隻近い船の一団が、キラキラと陽光に光る穏やかな大海原を、一路、北へ向かって進んでいた。


「どうやらポルドガレの船みたいじゃの……この海域と進行方向からして、王都リッツボアンの港へ向う途中かの……」


 帆に描かれた国章とその海路から、ベンジャミューがそう判断を下す。妄想癖のメタボ体型ではあるが、さすがはもと航海士だ。


「植民地のあがり・・・を積んで、新天地から本国へ帰る最中といったところか……あれを襲えば、かなりの大金が手に入るんじゃがの……」


「ああ。だが、数が多すぎる。護衛の軍艦はいないようだが、商船とはいえそれなりに大砲は積んでいるからな。手を出せばこちらが蜂の巣だ……」


 偶然見つけたお宝を目の前にして、なんとも物欲しそうな顔をする純真無垢な船長ベンジャミューに対し、策略家で頭の切れるデニムは諦めるようそう諫言をする。


「ああ、わかっておる……だが、惜しいのう。あのお宝さえあれば、わしは晴れて貴族になれるというものを……」


「いや、それでも貴族にはなれないがな……ともかくも無謀なことはやめておけ。ま、パウエル船長だったらしかけたかもしれんが……いや、待て! そうか。その手ならばあるいは……」


 なおも諦めきれない様子のベンジャミューに対し、ツッコミを入れながら説得を続けようとするデニムであったが、途中、彼はあることに思い至る。


「サント・プリンチパリだ。あの島でパウエル前船長がやろうとした偽装作戦なら、一隻ぐらいなんとかなるやもしれん」


「ええ? いや、しかし、あれは大失敗したではないか?」


 一転、大船団襲撃賛同へと舵を切り、デニムが口にした驚きのその策略に、今度はベンジャミューの方が唖然と疑問を呈するのだったが。


「なあに、海の上じゃあ密告もできまい。いいか? まずは商船に偽装して船団に紛れ込んでな…」


 デニムはニヤニヤと悪どい笑みを浮かべながら、その作戦の詳細をベンジャミューに耳打ちした──。




「──い、一番デカいガレオンです。あの船には砂糖も金貨もいっぱい……で、ですが、片舷20門のカノン砲で重武装してますから、さすがにやめておいた方が……」


 その夜、ベンジャミューはデニムやウォールトら少数精鋭と共に、ポルドガレ船団の商船の一艘の中で、縛りあげたその船の船長を尋問していた。


 デニムの思いついた作戦はこうだ……。


 まず、商船に化けてしれっと船団へ紛れ込み、一番簡単に落ちそうな小さな船へ目星をつけると、素早く乗り込んでその船を即座に占拠する。                                                                        


 そして、船長を脅しあげると船団で一番積荷の良い船を聞き出し、今度はこの小型船で仲間を装い、目標の大型船へ近づこうというのである。


「なあに、別に正面からドンパチやるつもりはねえ。長い船旅、あちらさんも暇だろうからカード・・・でもしにお邪魔するだけさ」


 カットラス(※船乗りや海賊が好む短いサーベル)の鋭利な刃を突きつけられ、真っ蒼い顔で冷や汗を浮かべながらも、ご親切に忠告をしてくれる相手方の良心的な船長に、デニムは愉快そうに笑みを浮かべると冗談めかした口調でそう嘯いた。


「──いやあ、どうもどうも! いい夜ですなあ。船長さんはおられるかな? 暇なんでカードでもしようかと参りましたぞ」


 しばらくの後、聞き出した獲物のガレオン船に占拠した小型船を横付けすると、海を隔てた対岸の船内へ、甲板上のベンジャミューは陽気に声をかける。


「そら引けえ! オーエス……オーエス……!」


 ……いや、声だけではない。それとともに手下達はフック付きのロープをガレオンの船縁へと何本も投げ渡し、それを引っ掛かて互いの船を腕づくで引き寄せようとしている。


「あ、おいコラ! 何を勝手にしておる! 同じ船団のようだがなんという船だ? うちの船長にはちゃんと話を通しているのか!?」


「なあに、心配御無用。わしは貴族ですからな。身元は保証いたしますぞ……では、ちょっと失礼いたします……よっこいしょういちっと……」


 無論、突然のその暴挙にガレオンの身分ある水夫と思しき者は声を荒げるが、どこ吹く風にベンジャミューは身分を詐称し、あれよあれよという間に船体を密着させると、早くも手下達ともども飛び移ってしまった。


「まあ、わしは貴族ですが、如何せん、まだ臣下の者達は教育が至っておりませんのでな。多少、粗相をすることがあるかもしれませぬがひらにご容赦を……」


「よーし! 野郎どもかかれーっ!」


 そして、ベンジャミューのふざけた冗談を合図に、ウォールトの号令一下、30名余りの荒くれ者達が一斉に船上で暴れ始めた──。


 こうなると、たとえ片舷20門のカノン砲で武装したガレオン船といえども火力がものをいう暇はない……わずかの後、呆気なくこの大型船はベンジャミュー達の支配するところとなってしまった。


「──おおお…! これだけのお宝があれば、我が一味の貴族化計画も夢ではないぞ……」


 手向う者は容赦なく殺し、降伏した者達は全員縛りあげて小型船へ放り込んだ後、急いで船団を離脱してウーバー号と合流したベンジャミュー達は、安全な海上に停泊して巨大な船倉を確認していた。


 そこには、小型船の船長が言っていたように金貨や高級宝飾品、それに砂糖や煙草など、金になりそうな品々が満載されている。


「……んん? おお! なんと素晴らしい……貴族であるわしにぴったりの代物だ。悪いが船長就任祝いとして、これはわしの取り分にしてもらうぞ……」


 また、宝飾品の中にはポルドガレ王に献上予定の、ダイヤなどの宝石を散りばめた〝神の眼差し〟付きの黄金の数珠ロザリオも含まれていた……後にベンジャミューが首から下げることとなる、彼のシンボルとでもいうべきあの数珠ロザリオだ。


「──ええ、それでは諸君! せっかく手に入れたことだし、これよりはこのガレオンを我ら一味の海賊船とすることにする! 無論、もっと豪華絢爛に貴族の船らしく装飾せねばならんがの……名前はそうじゃの……うむ。ロワイヤル・フォーチュヌ号だ!」


 さらに、手に入れた莫大なお宝を海賊の規定通り皆へ分け与えると、ベンジャミューは自分達の船を中型のブリガンティン船である〝ウーバー号〟から、拿捕したポルドガレ製の重武装ガレオンへと乗り換えることにした。


 彼の言葉を借りれば、まさに「貴族らしい…」海賊船も手に入ったのである。


「稼ぎもたんまりいただけたし、船もデカくなって言うことねえな! 船長にベンジャミューを選んでほんとよかったぜ!」


「ああ。服も綺麗にしてくれるって話だし、最初は何言ってんのかと思ったけど、その〝海賊貴族〟ってのも悪くねえぜ!」


 大仕事を成し遂げ、一味の戦力も強化できたことに手下の海賊達も大満足である。新船長ベンジャミューの人望も鰻上りだ。


「だが、そんな贅沢な海賊をやっていくにはまだまだ金が足りねえ。もっといい獲物がウヨウヨしてる海域へ行かねえと……これからどうする? 東方のシンドゥーカ方面へ向かうか? それとも西の新天地か……」


 喜ぶ手下達を眺めながら自身も上機嫌なベンジャミューに、傍らの副船長となったデニムが真面目な顔で尋ねる。


「うーむ。そうじゃのう……やはり、新天地だな。あそこなら、植民地で採れる銀を大量に積んだエルドラニアの船がおる。よし! 新天地へ行こう! 新天地の海に、我ら〝海賊貴族〟の名を轟かせるのだ!」


「オォォォーっ! 行くぜ、新天地へっ!」


 一味の命運を決めるその質問に、迷うことなくベンジャミューはそう答え、甲板に居並ぶ仲間達からは歓喜の叫び声が再び湧き上がる。


 こうして新天地へ活動の場を移すこととなったベンジャミューは、故郷でよく見た黒い海鳥にちなんで〝ベンジャミュー・ブラックバード〟と名乗り、その後も海賊稼業に勤しむとトリニティーガー島の有力な船長の一人として名を馳せることとなる……。


 そして、さらに後年には魔導書を専門に奪う風変わりな海賊〝禁書の秘鍵ひけん団〟とある一件で手を組むこととなり、まさに本物の貴族よろしく世界の趨勢を巡る大戦おおいくさに巻き込まれてゆくこととなるのだが……それはまた、別の、お話(森本◯オ調)。


                 (El Aristócrata ~貴族さま~ 了)

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El Aristócrata ~貴族さま~ 平中なごん @HiranakaNagon

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