Ⅲ 船長選出

 そして、安全が充分確保できる距離にまで大海を逃走した後、パウエルに代わる新たな船長を決める集会が船上で催された。


 船長を決めるのも、やはり民主的に全員参加の多数決である。


 まず候補に上がったのは幾人かいる〝閣下〟と呼ばれる幹部達の中の、サウサンプトン、アセトン、トマソーの三人だった。


 いずれも一味の古参で、パウエルが海賊稼業を始めた当初からの仲間である。


「ちょっと待ったあ〜っ!」 


 ところが、候補が三人に絞られようとしていたその時、予想外にも異議を申し立てる者が現れた。


 インディゴで染めた青い帆布生地のシュミーズ(※シャツ)とオー・ド・ショース(※膨らんだ半ズボン)を着る、赤髪に口髭を生やしたいかにもなアングロサクソン系の人物……やはり〝閣下〟と呼ばれる幹部の一人、デニムである。


「新しい船長には、ベンジャミュー航海士がいいと俺は思う」


 しかも、どういう風の吹き回しか? 彼は新米のベンジャミューを船長候補に推薦したのである。


「……え、わし?」


 思わぬその発言に皆の眼がベンジャミューへと注がれるが、本人にしてみても寝耳に水な話である。別に船長になる気などさらさらなかったし、デニムと裏でそんな根回しをしていたなんてこともまるでない。


「みんな、聞いてくれーっ! ベンジャミューは航海士として操船には欠かせない人物であるし、ケチケチせずに金払いもいい。それに賭け事好きだから、ずんぐりむっくりな見た目に反して、一か八かの大仕事でもビビらず挑んでゆく気風きっぷのよさも備え持っている! もしベンジャミューが船長になったら、きっと俺達をたんまり儲けさせてくれるはずだあーっ!」


 だが、唖然と呆けるご本人を他所よそに、デニムは甲板を埋め尽くす一味の者達を前にして声高らかに応援演説を一発ぶちかます。


「ああ、確かにベンジャミューの旦那なら給金はずんでくれそうだな……」


「そうだな。数少ねえ操船の専門家だし、新入りだけどよく奢ってくれるから、けっこう人望も厚いしな……」


 さらに、デニムによるその演説はこれまた思いの外に仲間達の好評を博し、割れんばかりの拍手喝采で皆に迎え入れられた。


「よーし! 俺もベンジャミューに一票だ!」


「俺もベンジャミューに一票!」


「俺もだ!」


 デニムの演説を受け、あれよあれよという間にベンジャミューを推す声で船上は溢れ返ってゆく……。


「……え? ほんとにわしが船長でいいのか?」


 こうして、ほぼ全員一致の高得票率を弾き出し、誰しもが予想しなかった…いや、本人すらも想像していなかったであろう選挙結果を見せつけたベンジャミューは、パウエルから受け継いだブリガンティン船(※2本マストで前には横帆、後のマストに三角帆ラテンセイルを持つ船)〝ウーバー号〟の船長となったのだった。


「でだ、船長キャプテンベンジャミュー。俺もあんたが船長で文句はねえが、就任を祝うよりも先に、俺達にはまずやらなきゃならねえことがあるよな?」


 新船長問題が一件落着したのも束の間、そんな言葉をベンジャミューに投げかける者があった。


 ベンジャミューの故郷グゥイルズのあるアルビトン島の、さらに北西に位置するエールスタント王国の出身で、やはりパウエルの古くからの仲間であるウォールト・ケズニィーという男だ。


 ただし、耳のデカい黒ネズミの刺青いれずみをなぜか施した、坊主頭もいかつい悪党顔のこの男、粗野な荒くれ者のために問題も多く、いまだ〝閣下〟にはなっていない。


「ウォールト、つまりは亡きパウエル船長のかたき打ちをしろと、そうおまえは言いたいんだな?」


 その言葉の真意を察し、ベンジャミューの代わりにデニムが尋ねた。


「その通りよ。このまんまじゃ、俺達も腹の虫が治まらねえ……」


「ああ、そうだな。仇をとらなきゃパウエル船長が浮かばれねえぜ!」


「サント・プリンチパリのやつらにきっちり落とし前つけさせねえとな!」


 それにウォールトが大きく頷くと、他の者達の間からも異口同音に賛同の声が湧き上がる。


 勇敢で漢気おとこぎもあるパウエルは意外と人望があったので、皆、仇討ちには賛成なのだ。


「うむ。確かにやられっぱなしというのもの……それに、派手に先代の仇打ちをするというのは、わしとしても大いに望むところだ。よーし! この船長キャプテンベンジャミュー最初の仕事はパウエル前船長の弔い合戦だ! 皆の者! ド派手にぶちかましてやるがよい!」


「オォォォォォォーっ!」


 皆の意見を聞き、ベンジャミューもすぐさま意を決すると、甲板の上には歓声とも雄叫びともつかぬ大音声が、大海に波浪を引き起こすほどに大きく響き渡った──。




「──燃やせ燃やせえっ! 何もかも破壊尽くせーっ! ヒャッハッハハハハ…!」


 艦載砲を放つ仲間達に檄を飛ばしながら、橙色オレンジの炎に顔を染めてウォールトが下卑た高笑いをあげる。


 その後、ベンジャミュー率いるウーバー号は夜陰に紛れてサント・プリンチパリ島へ戻って来ると、先のウォールトを筆頭とした命知らずな海賊達30人が小舟ボートで密かに島へと上陸し、要塞に忍び込んで火を放つとともに、すべての大砲を海に捨ててその攻撃力を無効化した。


 さらに、その混乱に乗じて駐留艦隊のスクーナー船(※ニ本以上のマストに縦帆を持つ帆船)を奪うと、街や港の船を容赦なく砲撃し、無慈悲にも破壊の限りを尽くしたのだった……。

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