Ⅱ 天職

 そもそもベンジャミューが海賊になったのは自ら進んでのことではなかった。そのきっかけは無理矢理強要されてのものである……。


 幼い頃から船乗りに憧れ、長い下積みの末に奴隷船の二等航海士として働くようになっていた彼であるが、エウロパ世界の南、アスラーマ帝国の支配するオスクロイ大陸の近海において、同じグウィルズ人の海賊パウエル・デビッドによって、彼の船は襲われてしまう。


「──ほおう。おまえ、小太りな見てくれのわりに航海士なのか? よし、俺の仲間になれ。まあ、嫌なら別に無理強いはしねえが、ならないってんならサメの餌だ」


「ええ!? そ、そんな……」


 他の仲間同様に捕らえられ、海賊達の尋問を受けるベンジャミューに対し、彼の身分を知ったパウエルは悪どい顔を歪めながら、冗談めかしてそう脅しをかける。


 そう……さらに運の悪いことにも、このワガママな海賊の船長は彼の船乗りとしての能力に目をつけ、有無を言わさず自らの一味に引き入れてしまったのである。


 ところが、最初は嫌々海賊となったベンジャミューではあるが、これが始めてみると意外やまっとうな水夫よりもかなり待遇が良い。


 それは、パウエルの一味に加わり、初めて貿易船を拿捕して、その積荷をまんまとせしめた時のこと……。


「──え? こんなにもらえるんですか!?」


「ああ。いただいたお宝はみんなで山分けと決まってるからな。それにおまえは航海士なんで、その分、上乗せだ」


 その海賊働きに対する報酬の支払いの際、思いの外に取り分が多かったため、ベンジャミューは目をまん丸くして驚いた。


 利益のほとんどを船長や船主が持っていってしまい、安い賃金でこき使われる通常の水夫に対し、悪党であるはずの海賊の方がむしろ平等の精神に満ち溢れていたりする……。


 基本、獲物の船を襲って得た財は皆で山分けであるし、船長や航海士など、役付きのものはその分、合理的に賃金が上乗せされるので、ベンジャミューはこれまでと違い、自分の働いた分だけちゃんと給金をもらえるようになったのである。


 それに、一味にとって重要な事柄は皆の多数決で決められたりと、無法者のくせして妙に民主的な面もあったりもする。


 また、元来、派手なことやギャンブルを好むベンジャミューにとって、一攫千金を狙う海賊という仕事はなんとも性に合っていた。


 当初の印象とは180度反転し、ベンジャミューはこの稼業をいたく気に入ってしまったのである。


 一方、金払いがよく、楽天的な性格のベンジャミューは、仲間の海賊達からも人気があった。


「──わしは航海士として余分にもらっているからな。今回の仕事ではたんまり給金も入ったことだし、今夜は皆に一杯奢ろう! ガハハハハ…!」


「おおおおーっ! さすがはベンジャミューの旦那だ!」


「我らがベンジャミュー航海士にカンパーイ!」


 そんな感じに、一仕事終えておかに上がった際は仲間達に振る舞ってやることもしばしばであったので、新入りの身でありながらも、彼は次第にパウエル一味の中で人望を集めていった。


 しかし、そんなベンジャミューの人生に、再びの転機の時が訪れる……それは、ベンジャミューが一味に加わって一月半ほどが経った頃のこと。


「──よーし。今度の獲物はあの島の総督さまよ。ここは一つ人質になっていただいて、たんまり身代金をいただくとしようや」


 エルドラニアとは同君主国のポルドガレ王国領となっている、オスクロイ大陸の西の海に浮かぶサント・プリンチパリ島付近を通りかかった折、不意に船長キャプテンパウエルがそんな計画を思い付いた。


 サント・プリンチパリ島では奴隷を使ったカカオとコーヒーの大規模栽培が行われており、確かに海賊が魅力を感じるだけの金はある。金はあるのだが……。


「ですが船長、あそこには金もありやすが堅牢な要塞もありやすぜ? それに駐留艦隊の軍艦もいやす。そいつはなかなか難しい仕事のように思えるんですがね」


 手下の海賊の一人がいたくまっとうに、その問題点を指摘する。


「フン! なにも正面きって攻め込みゃあしねえよ。商船に偽装して入港するのさ。で、油断してる隙を突いて総督さまを拘束するってえ寸法だ」


 だが、パウエルは悪どい笑みをその顔に浮かべると、何も心配はいらないというようにそう答えるのだった。


 海賊・船長キャプテンパウエルは、一度言い出したら聞かない猪突猛進的な男である……ベンジャミューを含むパウエル一味の海賊船は、彼の言うように商船に化けて、サント・プリンチパリ島の港へと侵入した。


 まあ、最初の内は計画通りに事が進み、すっかり騙された総督府はパウエルらに上陸の許可を与えると、歓迎の夕食会パーティーにまで招いてくれた。


 こいつはまさに、総督の身柄を拘束する絶好の機会だ。「しめしめ…」と舌舐めずりをしながら、手練れの少数精鋭を連れて総督府へ向かうパウエルであったが……。


 ベンジャミューにとって、船からパウエルを送り出したこの時が彼の姿を見た最後となってしまった。


 なんと、誘拐計画はすでにバレていて、待ち構えていた総督と配下の兵士達によって、パウエルはあっさりと射殺されてしまったのである!


 後で聞いた話によると、ベンジャミュー同様、拿捕した船から強引に一味へ引き入れた者の一人がこっそり船を逃げ出し、パウエルの悪だくみをすっかり島の総督へ密告していたらしい……。


 いずれにしろ、突然、一味の頭を失ってしまったのだ。命からがら、なんとか逃げ延びて来た仲間に話を聞いたベンジャミュー達残党としては、大慌てで港を出航することぐらいが関の山だった。

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