第X話 ~いつかの最終決戦~

…荒廃した大地。

赤茶けた岩が転がり、草木もまばらな広大な土地に、

そそり立つ岩山の壁をくり抜くように、

天然の要塞が形成されていた。

"難攻不落"

まさにそんなセリフが似合いそうな堅牢な砦である。

…ただし、相手が"人間であれば"の話だ。


砦の最上部には有翼種の魔獣が大挙押し寄せ、

まさに砦を制圧しようと襲いかかっていた。


「チィッ!次から次へと湧いて出やがるっ!」


手に持っている銃火器から無数の弾丸が発射される。

その銃弾を受け、けたたましい叫び声と共に地面に向かって落ちていく魔獣。

ただ、その後ろからかき分ける様に新たな魔獣が迫ってくる…!


「リロード中だッ!後続支援頼む!俺を巻き込むんじゃねーぞッ!」


(はっ、総統!お任せ下さい!)


陣頭指揮を採る、眼鏡の奥の眼光が一際鋭い男、

"総統"と呼ばれる人物の指示のもと、

見事な波状陣形で銃撃の隙間が最小限に抑えられている。

相手は低級魔獣と見受けられ、小隊としての統制がとれているとは言い難い。

動きもバラバラで、各自が勝手気ままに攻めてきている。

…ただ、あまりに数が多い。こちらは少数でよく持ち堪えてはいるが、

ジリジリと数の暴力で押されているのを肌で感じる…。


"一体、どうなってる?こんな大軍見た事ねえ…"


"それに、あの砂漠の向こう…昼間なのに何であそこだけ暗い…?"


先日までには無かったはずの空間にぽっかりと空いた[穴]。

…いや、穴は本来、地面にできるもの。

それが何故か空中にできている。

空間に浮かぶ漆黒の闇の塊は昼間にも関わらず、

周囲の光を吸収し、禍々しいオーラを放っている。

そして、魔獣の軍勢はまさに[穴]の方角から無限に出現している様なのだ。


(総統!0時の方角、[穴]から新たな魔獣の軍勢を確認ッ!その数およそ数百ッ!)


(有翼種だけでなく、歩行型の大型種も確認できますッ!有翼種はこちらを、歩行種は前線基地へ向かってますッ!)


通信兵からの電子伝令が城内に響き渡り兵士達にどよめきが走る!

まだ、数十の魔獣と砦のあちこちで戦闘中だ。

この状態で援軍に合流されてはとても捌ききれない。


"前線基地にもか!まずいな…。あそこには"侍(サムライ)"達がまだ…。"


「総統より砦の全兵士に伝令ッ!!これより、全軍本拠地要塞より撤退行動をとるッ!」


「後方支援部隊は直ちに隠し通路からの逃走経路を確保ッ!前線兵士はありったけのスモークグレネードを準備しろ!通信兵はサイバーデコイの準備だッ!」


「撤退行動での犠牲は最小限を心掛けろ!できる限り要塞のギミックを使って時間を稼ぐぞ!」


(後方支援部隊!了解しました!)

(通信部隊!了解です!)

(前線部隊!承知しました!)


総統と呼ばれる男の伝令で慌ただしく部隊が動き出す。

軍隊として、統率がとれているのはもちろんだが、兵士一人一人がこの男に全幅の信頼を寄せており、指示に対してのアクションに乱れひとつ無いのがよくわかる。


「あっ!あと、通信兵!回線を前線基地につなげ!」


………ピピッ、ガーガーガー…ピピッ!!


「おい、ショーグン!聞こえるか!?」


『…なんじゃっ!このクソ忙しい時に!通信なんぞしてる暇あると思うかっ!』


「おっ、減らず口を叩けるって事はまだ生きてるみてーだな。」


『たわけっ!我が誇り高き最強の侍国家"武神者国(ムカンジャ・ランド)"の精鋭はまだ1人も欠けておらんわっ!』


「…フッ、そうか。ただ、悪りー報せだ。もう間もなく、数百の新手がそっちに向かってるとウチの通信兵が情報をキャッチした。」


『数百…ぬぬぅ…』


「ここは強がってる場合じゃねー。ウチの通信兵をそっちに向かわせた。…撤退だ。その基地は棄てて山岳部まで前線を下げる。」


『…ワシとて、馬鹿ではない。戦況くらい把握できとる。これから来る貴様の手先に経路を聞けば良いのじゃな?』


「そうだ。…ただ行くのは戦闘員じゃない。"しんがり"は侍達が務めてくれ。…すまん。」


『ふん!はなからそのつもりじゃわい。ワシらが今までどれだけ修羅場をくぐり抜けて来とると思っとるんじゃ。たとえ、戦闘兵が来たとしても追い返しとるわ!』


「ははっ、そうだな。」


「……………死ぬなよ、ショーグン」


『……………』


「…その、なんだ…。」


「…オメェーをぶっ飛ばすのは、こんな低級魔獣どもなんかじゃなく、この俺様って相場が決まってるって事だよッ!」


『…当たり前じゃ!今度こそ、その憎たらしい顔をした首を落として、二度と生意気な口を叩けんようにしてやるわい!』


「へいへい、結構な事で。そんじゃ、お互い生きてたらまた会おーぜ。通信終わりッ!」


…………ツーツーツー…………


「さーて、各員に告ぐッ!撤退の準備は整ってるかッ!各自進捗を…」


(総統ッ!新たな軍勢を発見ッ!3時の方向ですッ!)

(その数ッ!………えっ、まさか、そんな……)


「どうした!通信障害か!?応答しろ!!」


(千…2千…いやッ!5千…か、数え切れませんッ!未確認の無数の軍勢が…前線基地にものすごい速度で向かってますッ!)


「…なん…だと…」


一瞬、我が目を疑った。

前線基地のその向こうで、黒煙を纏って大きな黒い塊が向かって来ている。

そのまま、建物全体が飲み込まれそうな勢いで砦に迫っている!


前線基地へは通信兵の到着まで、まだ5分はかかるはずだ。

尋常ではない速度で向かってくる軍勢。

このままでは間に合わない。

脳裏にショーグンの顔がよぎる…。


"これが走馬灯ってやつか…?…ふざけんなッ!"


(うわーッ!防御柵が破られたッ!中に魔獣が侵入ッ!)

(総統ッ!これ以上は持ちませんッ!作戦の指示をッ!)


"どうする…!?どうすればいい…!?"


(総統ッ!!ご指示をッ!!総統ッ!!)


「…クッ!総員に告ぐ!直ちに本拠地要塞から撤退!…全軍…全軍撤退だ!!」


絞り出す様に撤退命令を叫ぶ…。

自分の無力感が体に刻み込まれていくようだった。

このままだと自分達は助かり、前線基地に残っている侍達は全滅するだろう。

こちらの危機と知るや長年敵同士だったにも関わらず、

身の危険を省みず救援に来てくれたのに…。

"これでいいのか…?"

もうすぐ来るはずの支援を信じて戦っている仲間を…。

宿敵(とも)を見殺しにして良いのか…?


(総統ッ!逃走経路が確保出来ましたッ!どうぞ、こちらに…)


苦虫を噛み潰したような表情で後方支援兵の案内を受けようとしたその時…


(報告致しますッ!3時の方向の軍勢のスキャン結果が出ましたッ!データ解析…!)


(これは…?まさか、この紋章は…?)


「どうした!?何が分かった!?」


(軍勢の正体は…騎士ですッ!騎士団ですッ!)


(純白の甲冑に十字架の紋章ッ!王国国教騎士団の軍勢ですッ!…その数…およそ…)


(1万…1万人以上の軍勢です!同時に未確認部隊からの通信を受信!繋ぎます!)


[…あーこちら、王国国教騎士団第3師団の長を務める"ガースランド・ナオニール"である]


[…この度は国王の命により、貴公達、"機械の民"の危機を救わんと第3師団全軍にて馳せ参じた次第である]


[…魔導偵察部隊の情報では前線基地にて、共闘関係にある武神者国の侍達が交戦中と聞く]


[…"こちらは"前線基地の支援、及び、残存兵の救助に向かうが…良いか?]


「…あ、あぁ、構わねぇ。…ん?"こちらは"…?」


普段は頭の回転が早い総統も、あまりの予想外な出来事にあっけに取られ、

最低限の返事をするだけでやっとだ。


…キキーーー…キュゥィーーーン…ガガッ…


《ちょっとー、聞こえるー?あーあー…》


《聞こえたら返事してよー、んもー…》


声が響いたかと思えば、総統の目の前に無数の小さな虫が集まる!

それらは瞬く間に四角い形状を形造り、青白く発光し始める…。

これは魔導蟲(ルーンワーム)の一種、投影飛翔虫(ホログラム・バグ)だ。

という事は…嫌な予感が脳裏をよぎる…。


《Hey Guys~♡まだ生きてるぅ~?》


《皆の心の栄養補給飲料(エナジードリンク)♡》


《魔導教国(マドウキョウコク)大司教様の登場よ~ん♡》


大音量の一際"野太い声"が響いたかと思えば、

投影飛翔虫の大画面に映し出されたのは

セリフに全くマッチしない、厚化粧の…"男"…。

スキンヘッドの強面に白塗りメイク、

不自然に大きく引かれた真紅の口紅、

あまりにも濃い色のチーク、

目の周りは眩いばかりのラメで塗り固められている、

"世界最強のおネエ魔導師"こと、"ニーナ・オスガ"である…。


[お察しの通り、コイツが"そちら"だ…]


騎士団長に促され、大きくうなだれる総統。

ただ、ひたすらにウザい事を除けば、伊達に伝説の魔導師、

味方にとってこんなに心強い事はない。


《ちょっとー!!久しぶりに会話して"コイツ"呼ばわりは酷いんじゃなくてぇ!?》


《まあ、そもそもアンタみたいなナルシスト野郎はこっちから願い下げですけどッ!》


[そいつは安心した。この世で1番安堵する言葉だ。帰還次第、王国の聖書の1文に加えよう…]


《キィィーー!!あんたのそのスカした顔に思いっきりビンタしてやりたいわッ!!》


「…あー、お取込み中のところすまんが、大司教殿の目的は騎士団長と同じ、という事でいいか?」


《もっちろん!!》


《いい?つい先程、あんた達の本拠地要塞まで"魔導地中蟲(デューンワーム)"を這わせたわ。これで簡易ではあるけど、ルーンのパイプラインが形成された訳♪》


《これを介して、ルーンが脆弱な大地でも"大地の精霊(アースエレメント)"の軍団を召喚できるから、守備力に長けた彼らを前線の守りにつかせるわ♡》


《アンタ達、"機械の民"は中・長距離の重火器戦は得意だけど、近接戦闘は苦手でしょ?だから、私達って相性バッチリな訳♡》


大画面の司教のウインクに寒気を感じながらも、

これまでにない援軍と名案に希望が芽生えてきた。


"…王国騎士団1万の軍勢に魔導教国のエレメント部隊、この戦い…勝てるぞッ!"


「わかった!アンタ達は作戦通り、それぞれの持ち場に付いてくれ!"機械の民"の代表として、両国の協力を心から感謝するッ!」


「総員に告ぐッ!撤退命令は解除ッ!即刻前線にて増援部隊と合流して、各個敵魔獣の殲滅にかかれッ!」


「弾薬もありったけだッ!ここからは総力戦になるぞッ!全てを出し尽くすつもりで戦えッ!」


(ウオオオオォォォォーーーーーー!!!!!)


戦場の兵士達が一斉に声を上げる。

さっきまで防戦一方で弱りきっていた自軍の兵士達の顔に希望が満ち溢れる…!


…まさに"奇跡"だ。

平時はいがみ合い、領土争いや小競り合いが絶えなかった各国家が一時的にとはいえ、心をひとつに共闘している。

"白銀の甲冑を纏った聖騎士"と"漆黒の武家鎧の侍"が…

"鋼鉄の重火器部隊"と"魔導の精霊部隊"が…

互いに水と油の様に決して引き合う事の無いもの同士が…

今ここでひとつの目的の為に闘っている…。


「…世の中も、まだ捨てたもんじゃねーな…」


その光景を眺め、総統は呟く。


(総統ッ!次の作戦はッ!?)


「次ぃ…?そうだな…」


部下に作戦を聞かれた総統は新しいイタズラを思い付いた子供のようにニヤリと笑う。


「そんじゃ、お次は"勝利の宴の準備"と洒落こもうかッ!!!」


そう言うと総統は傍らにあったガトリング砲を手に取り、

颯爽と前線へ駆け出す…。

仲間達と共に人類の平和を取り戻す"勝利"を信じて…。


~完~

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爺(ジジイ)ソード @kikumatsu_244

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