爺(ジジイ)ソード

@kikumatsu_244

第1話:出会い

…ポタッ


顔に雫が落ちる感覚で目が覚める…。


「うぅ…。こ、ここは…?」


"確か私、村長の持病に聞く薬草を採りに山の麓の森に行こうとして…。"

"近道をしようとして、いつも村の人達が通路として使っている洞窟に入ったまでは覚えてる…。"


「痛ッ…!」


足が痛む、どうやらどこからか落下してきたらしい。


"という事は、洞窟の下層まで落ちた…?"


洞窟下層と思われる辺りを見回してみる…。

不思議と壁や床などが所々ぼんやりと光っており、

真っ暗闇では無い。


「ヒカリゴケ…?ただ、こんな種類、今まで見た事無いけど…」


目を凝らせば、進む事は可能だ。

理由は分からないが、ひとまず、ありがたい。

岩壁に持たれながらゆっくりと立ち上がる。

まだ足は痛むが歩けない事は無さそうだ。


「うわぁ…ここから落ちたの…?」


見上げると吹き抜けの様に空洞が広がっている。

先が暗くて見えず、どんな形状かはうかがい知ることは出来ない。

気付けば全身細かい擦り傷だらけ、

ただ、どこも致命傷にはなってない様だ。


「と、とにかく、村に戻らないと…」


…今年はこれまでに無い冷夏の年だった。

そのため、村長の持病である肺の病に効く薬草が村の近くでは採れなくなってしまい、村の薬局の備蓄も尽きかけていた。

村長は先の戦争で身寄りを亡くした自分を実の子供の様に可愛がってくれた大切な人だ。


(村の裏山の向こうから来る行商人が山の麓で薬草の群生地を見たらしい)


そんな情報を村人から聞き付けたら、体が勝手に動くのも必然だった。


…壁に手を付きながらゆっくりと歩を進める。

徐々に風の流れが変わっていくのを感じ、

曲がった先の空洞が明るく光っているのが見える。

きっと先は大きな空間につながっているのだろう。

外に出る手がかりが得られるのを期待して、

心なしか、さっきより足早に歩き続ける。


「…えっ、ウソでしょ…。」


絶望感で打ちひしがれそうになる。

角を曲がった先、一際大きい空洞の中で目に入った光景。

身の丈5mに届こうかというほどの

巨躯の猫型魔獣が洞窟を闊歩していたのである。

魔獣なんて、村の近くに出現するのは精々、

一般の犬猫程度、どれだけ大きくても牛や馬くらいの大きさの者しか聞いた事がない。


それだって、今までも村の自警団が何名か犠牲になっている程、危険な存在だ。

身の丈以上の大型魔獣なんて「王国国教騎士団が激戦の末に退治した」みたいな話を子供の頃に村の牧師から聞いたけど、そんなの年寄りが作ったただのおとぎ話だと思っていた。


"早くこの場から離れないと…!"


恐怖に駆られ本能的に後ずさりしてしまったその時…


[ガタタッ、カラン、コロン、カランッ!]


来る時は暗くて気が付かなかったが、壁にもたれ掛かる形で置かれていた人間と思われる白骨が倒れ、空洞内に乾いた音がこだまする。


…確かに目が合った。

今は生無き悲しみに満ち溢れた漆黒の瞳と。

さらに奥に目をやると、恐らく魔獣の犠牲になったであろう無数の白骨が無造作に床に散らばっている…!


「ひぃ、キャッ…キャーッ!!!!!」


叫んだ瞬間"マズい!"と思って自らの口を塞いだが、もう遅かった。

巨躯の魔獣はしっかりとこちらを向いている。

声を不審に思い、首を傾げながらゆっくりとこちらに1歩1歩近づいてくる…。


"どこか逃げ道は…!?"


急いで、ただ、白骨は踏まない様に気をつけながら奥へ進む。

改めて気づいたが、奥に進むにつれて、無垢の岩壁や床から粗末で雑ではあるものの、加工された構造物に材質が変化している。

思えば先ほど覗いた空洞も、人が集うホールの様に人の手が入った様にも見えた。


薄暗く細い路地構造になっている廊下の一角に木の扉がある。

思わず中に入り扉を閉める。

先ほどより一層暗いが、ヒカリゴケ?の影響か何とか目視は可能だ。

必死の思いで[かんぬき]を探し出し、

そっと扉にセットした…。


「すぅーー…、ふーーーッ…」


深い深呼吸が自然と出た。

ずっと声を殺して気配を消していたので、

生きた心地がしない。

今やっとまともに呼吸ができた気がした。

と、安堵したその時…


ドーン!!!


とてつもない衝撃音で周囲の空気がビリビリと振動するのがわかる!

魔獣はとうにわかっていたのだ。

今、まさに追い詰めた獲物を仕留めんと、扉を打ち破るべく体当たりをしたのである。


ドーン!!!ドーン!!!


2度、3度と体をぶつける度、扉が大きくひしゃげる。

見た限り、相当古い扉だ。

そもそも何度も大きな衝撃に耐えられるはずがない。


その場にへたり込む。

…完全に袋小路だ。

何度も響く衝撃音から少しでも逃げようと、

恐怖で硬直する体を引きずりながら後ずさりする。


背中に何かがぶつかる。

思わず頭上を見上げる。


"何これ?…棚?"


ガタタッ!


そうかと思えば、扉とは逆方向、今度は頭の上から何か別の物音がする。

…そう思った矢先、すかさず棚の上から何かが降ってくる!


ゴン!


「いったーーーい!!!」


何かが頭にぶつかり痛みと衝撃が走る、

と同時に頭の中に無機質な声が響いてくる。


"ゲストユーザーニヨルアクセスヲカクニンシマシタ…"

"ダウンロードヨウキュウ…シリアルナンバー2ヲインストールカンリョウ…"

"サマナーコールニハルーンエイショウ、オヨビ、キーノカイジョガヒツヨウデス…"


声が消えた後、再び正面の扉から衝撃が響く!

遂に扉が壊れ、ボロボロになって穴の空いた部分から魔獣の眼が光る…。

眼の色が今までの青から赤に変わったかと思った瞬間、穴から魔獣の太い腕が入り込む!


…もう終わった、と思わずつぶった目を開けると、腕が太すぎるのか、こちらには僅かに届いていない。

鼻先から僅かの位置に魔獣の爪が掠るように蠢く…。

魔獣も扉を押し込む形で懸命に体を押し当てている。扉は原型をかろうじてとどめるがやっと、そのまま打ち破られるのも時間の問題だ…。


さっきの今まで聞いたことが無い呪文の様な無機質な言葉の後、今度はハッキリとした男の声が聞こえる。


『…汝は我、我は汝、大いなる意思によりゲートキーパーに選ばれし、宿命の民よ。我が試練に挑みし、我を使役する資格を示せ………ん?』


『…って、いきなり死にそうじゃないか!?一体どうなっとるんじゃ!』


声の聞こえる先に目を向けると、青白くぼんやりと人間の輪郭が空間に形成されている。

老年の騎士、甲冑に無数に広がる傷が歴戦の勇士である事を物語っている。


『ええい!こんな状況じゃ呑気に試練などと言ってられん!!よいか、娘!直ちにルーンの詠唱を行い、ワシを召喚せい!』


「ふぇぇ…るーん?えいしょう?なんの事ですかぁ?泣」


「なぬっ!鍵にアクセス出来たんじゃから、てっきり魔道の心得があるかと思っていたが…。最近の若いもんは初級のルーン詠唱も習わんのか、全く…。ブツブツ…。」


バキバキッ!!!


遂に扉が壊れ、扉としての役割を果たさなくなってしまった。

扉の向こうで赤い眼の魔獣がしっかりとこちらを見据えながら、四足歩行の低い体勢になる…魔獣特有の狩りのポーズだ…。

背筋に冷たいものを感じる…。


『むっ、まずい!娘!おぬし名をなんという!?』


「えっ!?シ…シノ、…シノ・ユーリスです!」


『シノよ、よく聞け!ワシが召喚されるには本来ルーン詠唱による封印の解除が必要じゃ。ただ、緊急システムとして、使用者の生命が危機に瀕した時に[生きたい!]と強く望む意思に反応して解除できる機能を持っておる!』


『もちろんここで死にたくないじゃろう!?ならば願え!本気で生きて帰りたい!と心から望むんじゃ!!』


「もちろん、い、生きてかえりたいですぅ!」


『弱い!!まだ本気度が足りん!気合いじゃ!根性じゃ!このまま魔獣の胃袋に収まりたいか!?本気で叫んで意志を示せ!!』


「お、お嫁に行くまで…!

死んでたまるかーーー!!!!」


シノの叫び声が洞窟内に響き渡たると同時に、まるでそれが合図かのように魔獣が物凄い速度で襲いかかってくる!


魔獣の鋭い爪が振り下ろされると思った刹那、爆発音と共に眩い閃光が辺りを包み込む…。


閃光に包まれる中、再びさっきの無機質な声が頭の中に響く…


"ブツリアクセストークンヲニンシキシマシタ…エマージェンシーサマナーコールショウニン…"


ガキーン!


…恐る恐る目を開けると、そこにはさっきまでぼんやりとしか映っていなかった老騎士が剣で魔獣の爪を受け止めている!


『まったく、なんちゅーかけ声じゃ…。すっかり力が抜けてしもうたわい。』


それを聞いて、思わずシノの顔が赤くなる。


『ふん、よく見てみれば、図体がデカいだけの低級魔獣じゃないか。久しぶりの実戦、肩慣らしには丁度ええかのう。』


『…ふんぬっ!!でやぁーーー!!』


受け止めていた剣で、魔獣を押し返したかと思うと、大きく振りかぶって剣を振り下ろす!

魔獣は俊敏な動きで大きく後ろに飛び、強烈な1振りを躱す!剣士相手に狭い路地は不利と踏んだのか、そのままホールまで引き返す魔獣。


『おっ?やるじゃないか。やはり戦いはそうでなくてはな!』


すかさずホールまで魔獣を追いかける老騎士。

シノは訳も分からず、ただそれについていくしかなかった…。


ホールで戦いを繰り広げる老騎士はそれ自体を楽しんでいるように見えた。魔獣も今までと違い、明らかに実力がある相手と対峙して、心なしか余裕が無さそうに感じる。


"勝てる…?こんな大きな魔獣に…?一体何者なのこの人は…?"


もう訳が分からない。目の前にある光景が初めてすぎて、全てが夢なのではないかと錯覚してしまう。


『…肩慣らしももう充分。次で決めるとしようかのう!』


ヒュンッ…!


今までの動きの比にならない、目にも止まらぬ速さのステップで一気に魔獣の懐に入り込む。

明らかに魔獣の眼が動きについていけていない。


『長い間、洞窟なんぞに引き篭っとるから眼が悪くなったか!?…遅いッ!!』


『奥義ッ!!!神罰の十字切り

(グランド・クロス)!!!!!』


深く懐に入った状態から下から上へ剣を振り上げる!

そのまま、剣を体に引き戻しながら体を回転させ、

今度は流れる様に魔獣の横腹めがけて横薙ぎ一閃!


…勝負はあっけないほど一瞬だった。

もう動かなくなった魔獣を横目に老騎士が勝利の余韻に浸っている。


(…おーい、こっちから音がするぞー、こっちだー)


ホールの先の通路から、複数人の男の声が聞こえる…。

聞き覚えがある!村の自警団の団長だ!


団長がホールに入るやいなや、シノを見つけて満面の笑みで顔をしわくちゃにしながら駆け寄ってくる。

村の皆がシノの安全が確認できて喜んでいる。

中には泣き出すものもいた。


よく聞けば、シノが落ちたであろう洞窟は村の裏山を下りた麓にある古い遺跡に繋がっていたようだ。幸い土地勘のある村の人間が探索にあたっていたところ、遺跡から一筋の閃光と爆音(と女の叫び声)を聞き、シノの手がかりかもしれないと隊を組織して遺跡を調査していたらしい。


(シノ、しかし、よく無事だったな?こんな遺跡の奥にいるなんて。この辺は魔獣も多いと聞くぞ。)


「そう、そこにいる騎士様が私を助け…あれ?」


指さした方向には倒れた魔獣の巨体が横たわっているだけだった。


(そして、手に持っているその棒?それは何だ?)


「あれっ?いつの間に…?」


いつの間にかシノの手には鍵型の装飾がついた短剣?が握られている。ただ刀身は鍵形状をしており、およそ武器としての役割は持てそうにない。


(さあ、とにかく村へ帰ろうか!このままじゃ村長が心配し過ぎて寿命が縮んじまう)


「…そうだ!薬草!…薬草が無くなっちゃう!」


(…シノ、もしかしてお前…。)


(大丈夫だ。今朝、隣町の領主様に村から陳情の使いを出したんだ。聞けば南の地方ではまだ薬草自体は普通に出回っているそうだ。)


(領主様に我々の思いが伝われば、きっと手配して下さるよ。今までも何かと村の面倒を見てくれた。きっと今回も大丈夫だ。)


「そう…。よかった~。」

安心感からその場にへたり込むシノ。


(さあ、皆!そうと決まれば撤収だ!早く村に帰ろう!)


(何だこの魔獣は?こんな大きさ見た事が無いぞ)

(まさか、シノが?…そんな訳ないよなぁ)

(とにかく、辺境警備隊に通報しよう…)

などと男達が話し合っているが、疲れきったシノには聞こえていない…。


遺跡の出口から出たシノが何気なく空を見上げる。

夜空は雲ひとつなく綺麗な星空が広がっていた…。


~第1話:完~

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