最終話

「お待たせ!」

「さあ、食べてくれよ!」


 藤崎と源が四人分のそうめんやつゆ、薬味を用意して坂本と金井に食べるよう勧めた。目の前に並ぶそうめんに、坂本は自宅で出てくるものとは随分違うその姿に警戒し、自宅で調理をしないどころか、画家の仕事に没頭すると寝食も忘れてしまう金井は何の躊躇いもなく、それぞれ「いただきます」と言って箸を伸ばした。二人の一口目を、藤崎と源が固唾を飲んで見守る。


「「ううっ……」」


 坂本と金井が揃って咽せた。坂本は黙って水を飲んでいる。


「しょっぱ! そんでもってぬるい!」


 金井は普段出さないような大きな声で言葉を吐き捨て、彼もまた水を飲んだ。



「あら。坂本さん、金井さん、大丈夫ですか?」


 愛理がキッチンからカウンターに出てきた。藤崎と源は不安そうに振り向き、彼女に視線を送る。


「二人とも初めて作るのに、お出しする前に味見しなかったんですか?」


 藤崎がハッと目を見開き、急いで自分のそうめんに箸をつけ、直後に坂本と金井と同じ反応を示した。


「うう! 何だこれ! 温いし麺がとろける! しかもしょっぱい!」

「どれどれ……。うう! こりゃひどい! 何でだ……」


 まさかと言いたげだった源も一口食べて呻き声をあげた。愛理は客席まで出て行き、坂本と金井のそうめんの皿を藤崎と源の席に移動した。


「まず、麺は茹ですぎです。パッケージにも書いてありましたがつゆは濃縮なので薄めないと。ネギは大きさがバラバラすぎですし」


 話しながら空になった坂本と金井のグラスに水を注ぐ。二人はすぐさま一口飲んで息を吐いた。


「で、でも俺、タイマーちゃんとかけたのに……」

「六束あるそうめんのテープをひとつ取っては鍋に入れ、六束全部入れた時にタイマーをかけたら、最初の麺はすでに何分も経ってます。しかも水で洗わないから滑りもひどい」

「ああ……」


 源が自分の行動を思い返すように斜め上を見上げた後、息を漏らすように呟いた。愛理はカウンターから皿が三つ乗った盆を持って坂本と金井の前に置いて「隣、失礼します」と坂本の隣に自分の分の皿も並べて置いた。


「さて、坂本さん、金井さん。お口直しにこちらいかがですか?」

「「おお!」」


 坂本と金井の目が輝く。涼しげな水色のガラスの器の中で、そうめんがナスやピーマンの揚げ浸し、茗荷、葱、鰹節を乗せて輝いていた。


「愛理ちゃん、美味しそうだねえ」

「夏野菜の揚げ浸し、ぶっかけそうめんです」


 三人揃って手を合わせ、「「いただきます!」」と声を揃え、一口目を口に運ぶ。藤崎と源は羨ましそうな顔で口を半分開き、その様子を見ていた。


「うん! 美味しい」

「麺が茹でおきのものですみません」

「いやいや、すごく美味しいよ!」

「良かったです。さて、店長、源さん」


 愛理が坂本と金井の反応を見て静かに微笑み、次に隣のテーブルで意気消沈している藤崎と源に視線を移した。名前を呼ばれ、二人は揃って消え入りそうな声で返事をする。


「「はい……」」

「どうでした? 茹でて薬味とつゆを用意するのそうめんは。簡単でした?」


「「いいえ……」」

 二人は首を何度も横に振った。滅相もないとでもいう勢いだ。

「もう、そうめんいいなんて言っちゃダメですよ」

「「はい……」」

「二人とも、まずは責任持ってそのそうめんを食べること。調理器具を片付けること。それから源さん!」


 愛理に呼ばれ、源は「はい!」と背筋を伸ばし目をぎゅっと瞑っている。肩が小さく震えているようだった。それを見て愛理は彼に優しく微笑んだ。


「これに懲りたら、奥様のこと労いましょうね」

「はい……」


 安堵と後悔の滲む表情で、源は肩を小さく丸め俯いた。


◇◆◇◆


 後日、源の妻が愛理を訪ね、彼女は「ありがとうございました」と深々と頭を下げて菓子折りを置いていった。


「で、源さん、あれからちょこちょこお昼は準備しなくていいから蕎麦でも食べに行こうって言ってくれるようになったんですって……。聞いてます? 店長」

「お、おう……」


 愛理が食器を片付けカウンターから声をかけると、賄いを食べてコーヒーを飲んだ藤崎はモジモジと肩を揺らしていた。何か言いたげにそわそわしているが、目が合いそうになると思い切り逸らされ埒が開かない。コーヒーを飲み切った藤崎は、エプロンを外し財布を持って買い出しに行こうと店の出入り口へ向かう。


「あ、愛理!」

「はい」

「いつも賄い……ありがとな。買い出し行ってくる!」


 店を出る間際、立ち止まった藤崎は言い切った後に走ってあっという間に店から離れていった。


「……照れすぎ」


 彼を見送った愛理は、鼻歌混じりに掃除や洗い物を始めた。


終わり

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そうめんでいいと言うなかれ〜文学喫茶オムレット3〜 松浦どれみ @doremi-m

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