第2話

 翌日、定休日のオムレットには学校で不在の真白と会社員の松井以外の宴会に居合わせたメンバーが揃っていた。


「さて、買い物は済ませておきました。始めましょうか。キッチンに入れる人数に限りがあるので、店長と源さんに作ってもらいますね。さあ、行きましょう」

「「おう!」」


 意気揚々と藤崎と源は愛理に続いてキッチンに入っていった。その姿を坂本と金井が見送る。


「坂本さん、僕、昨日は気づかなかったんだけど、もしかして愛理ちゃん怒ってます?」

「ああ……すごくね」


 金井の問いに答えながら、坂本は平和的な解決を願っていた。


 キッチンに入った三人は調理台の前に並んで立った。台の上には愛理が買ってきたそうめんの材料と麺を盛るガラスの器、つゆを入れる器、薬味用の小皿、キッチンタイマーが置いてある。


「今回、私は手を出さないようにしますね。ちなみに私の分は結構ですので四人分ですかね。必要なものは揃っています。お二人の言う通り茹でてつゆと薬味を用意するですから。あ、店長キッチンタイマーの使い方はわかりますよね?」

「おう、任せとけ! 源さん、やろう!」

「おう!」


 ——こうして藤崎と源の素麺作りが始まった。彼らはまだ夏場の調理の恐ろしさを知らない。


 まずは藤崎が深さのある大きな鍋に水をたっぷりと入れ、火にかける。次に薬味のネギを刻み始めた。


「源さん、沸騰したら教えてくれ、あとは麺つゆ作っといて!」

「おう。麺つゆ麺つゆ……」


 源は調理台から愛理が用意した十倍濃縮のめんつゆのパックを手に取り、同じく調理台にあった器に人数分、めんつゆの原液を注いだ。愛理はそれを生ぬるい目で見守っている。決して口は出さない。火にかけて十分ほど経った頃、キッチンの中は沸き始めた湯とガスコンロの火で気温が上がり、まとわりつくような暑さに愛理以外の二人は不快そうに顔を顰めていた。


「ヒナちゃん、暑いねえ。なんとかならないか?」

「そうだな。なあ、愛理。空調おかしくねえか?」

「ああ、空調切って換気扇だけ付けています。だって個人宅のキッチンに個別に冷房なんてないでしょう? 同じ環境じゃないと」


 愛理が口角を上げ笑いかけると、二人は何か揃って何か言いかけ口を開け、すぐにそっと閉じた。愛理の目の奥が全く笑っていなかったからだ。黙って調理を続ける。

 その後、十分ほどで湯が沸き、鍋の中でグラグラと湯が滾っていた。キッチンの中はさらに温度と湿度が上がる。藤崎も源も体力には自信があったが、調理開始時の余裕は無くなっている。


「ヒナちゃん! お湯沸いたよ!」

「よし! じゃあ麺茹でよう。全部入れたらタイマーセットするから教えて!」

「お、おう。ええと……」


 源が調理台からそうめんを手に取り、袋を開けてから鍋の前に移動した。袋から出すとそうめんは束になっていて、紙のテープで巻いてある。六つある束のうち、一つの紙テープを外して鍋に麺を入れた。源はこれをさらに五回繰り返した。


「ヒナちゃん! 麺入れたよ!」

「おう! 待てよ……ええと、一分半から二分か。よし!」


 藤崎がキッチンタイマーをセットする。二分後、タイマーの電子音がキッチンに響くと、藤崎がザルをシンクに出し、鍋を持って中身をザルめがけて流し込んだ。大量の湯気がその場に立ち込め、彼と隣にいた源は眉間に皺を寄せながら「うっ……」と小さく呻いてシンクから顔を背けた。


「熱っ! これで皿に盛るのか。源さん、大きい皿くれ!」

「おう!」


 源が調理台から大きな皿を持ち、シンクの横のもう一つの調理台に置いた。藤崎は菜箸でそうめんを掬い、皿に盛り付ける。途中、掬った麺が何度も切れる様子を愛理は冷ややかな目で見ていた。


「あれ? そうめんて……こんなんだっけ?」

「ヒナちゃん、そうめんて冷たいよな?」

「そうだ、氷だ! 氷が浮かんでたよな」

「ああ、確かに!」


 皿に盛られたそうめんを見て首を傾げた二人は、記憶の中の正しいそうめんを思い浮かべ、氷を面の上に数個乗せた。


「「完成!」」


 藤崎と源が掌を合わせ、やり遂げた顔をしている。彼らはそうめんを盆に乗せ、意気揚々とキッチンを出ていった。残った愛理は、冷蔵庫から大きなタッパーを出して何かを調理し始めた。


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