限りない命と
@fullmar
「不死身」
神というのは、残酷なまでに暇というものである。
ティーカップに入ったコーヒー牛乳、それを飲み干しながら少女、の様な神はそう考えていた。
その瞬間。
「うぇ……」
少し、ほんの少しテーブルが揺れ、神としては有り得ないくらいに偉大さも何も無い、情けない声が出た。
久し振りに出した声のため、少し裏返ってしまい情けなさを助長する結果となっている。
置かれている物の少なさの割にはやけに広い、ただ黒いのが何処までも続いているというだけの部屋なので、小さく呟いた筈でもよく反響する。
勿論そんな声が出てしまった理由はある。
――少しばかり角砂糖を入れ過ぎたというだけだ。
理由を聞くと余計に、神として、否、仮に彼女が人間だったとしても情けない話というものだ。
情けないというのはそもそもティーカップにコーヒーを淹れているところから既にそうなのかも知れない。
紅茶を淹れない理由は単純に紅茶が嫌いだからである。
コーヒーもそのままは苦手だが、牛乳と砂糖を入れると飲めるので、カッコつけて――結局、可愛らしい子供のようではあるが――甘くなったコーヒー牛乳を飲んでいる。
彼女自身では大人っぽく、コーヒーの方を多めにしているつもりなので、彼女の心の中ではコーヒーの方にアクセントが付いている。
しかし、この部屋に人が来ることなど有り得ないので、言葉を使うことと言えば心の中での独り言か誰も聞いてない独り言しかない。
そのせいでいくら大人に見えるように背伸びしようと誰も聞いちゃいない、ということが、今の彼女の数少ない不満の内の一つである。
ふと突然、彼女は思い出したかのように下を向き、スカートを眺め始めた。
コーヒー牛乳が、お気に入りのスカートに付いてないか、確認をする。
やけにフリフリのついた小綺麗なスカートだ。
先のテーブルのごく僅かな揺れが心配になったのである。
無論、神の力ならスカートの汚れなど無かったことにすることは可能だ。
それでもわざわざ確認してしまうのは彼女の心は未だ年頃の少女だからだ。
何も付いていないことを何回か確認し、はぁ、と心の中で安堵の溜息を漏らす。
突然、こんなくだらない事を長々と考えるのは我ながらやはり情けないな、と感じ出した。
それもあり、続けざまに自分が情けないことに対しての溜息も出た。
……突然、カーンという音がした。
これは、
この鐘がなる回数によってイベント発生のレアリティが違うのだが、5回以上も鳴ったので即座に発生場所をスクリーンで映す。
大抵の場合回数が多いほど世界により影響のあるイベントとなる。
今回はかなりの回数、ベルが鳴ってる気がするが、数えている暇がある程今の彼女に余裕がある訳が無い。
「……んで、何が起きたのやーら?」
相変わらずの情けない口調で独り言を呟く。
この一言から余裕が無いということを汲み取れる人も神も存在しないだろう。
イベント発生ピンはどこかしらの森の中を指していた。
この神は製作者だというのにもかかわらず、この世界のマップをあまり真面目に見たことが無く、どこかしらの森という事しか分からない。
しかもこの森に何かイベントを置いた覚えもない。
小イベントなら無自覚であるかも知れないが、ベルがうるさい程に鳴る様なイベントを置いた記憶は全くもって無い。
誰も来れないし、来る用も無い様な部屋に誰も居ないことを確認し、イベント内容を音読する。
特に楽しみがある訳では無いので、音読するくらいしか暇潰しが無いのである。
「『不死身みたいになる出会えたら最高イベント が回収されました』、だって?」
この様なネーミングセンスの欠片もないイベント名を考えたのは誰なのか、ツッコミを入れたくなる。
……自分だということは分かりきっているが。
と、そんなことはどうでも良い。
イベントの名称よりもよっぽど大切なことがある。
そう、決してネーミングセンスの悪さから逃げている訳ではない。
ただ世界を壊しかねないイベントが回収されてしまったということの方が個人的に重要だと思っているだけだ。
内心少し焦っている。
昔の自分が調子に乗って、回収される訳が無いと思い、意味無く置いたイベントなのだろう。
今の私も度々こういうことはするので咎めることができない。
今思えば悪の手にこのイベントが渡れば最悪世界が消滅する可能性があったな、と思った。
そうするとまた何も無いところから始まり、億単位の年月がかかってしまう。
それはつまらないな、と思う。
ただ、回収した彼はまだ子供なので、今は大丈夫だろうと勝手に推測する。
不死身イベントも、立てたのは恐らくこれで全部もしくは殆ど全てなので、一先ず安心したい。
イベント回収をした子供も、道を外すようなら脳あたりを変に改造すれば良い。
記憶や性格のの改造など、やることは外道も外道。
しかし、真っ当な人生ならぬ神生と奥単位の年月を重要度という天秤にかけられると、どうしても後者を選んでしまう。
子供には同情するが、変なイベントを回収するのが悪い。
つまり運が悪い。
――そういうことにしておこう、と神は考えた。
まだ何も起こっていないことに、ふぅ、安堵の溜息を漏らす。
今度は声に出たため、部屋中に反響する。
神は気まぐれに、ろくでもない事を考えるものだな、とふと思う。
無限の娯楽があるからこそ神は不死身だろうと何も感じないが、人間の場合不死身になってしまったら、通常、楽しんでいるだけでいい、とはならない。
哀れだな、と少し感じつつ、次のマップに目を移す。
「お、このイベントも回収されたか〜」
神は彼らの苦難は知らない。
この物語は、神の娯楽でしかない。
しかしそこに、絶えない命は存在した。
限りない命と @fullmar
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