第19話 故郷へ


 シーエンと雑談しながら食事した翌日、朝になってレスティアン王国から返事が届いた。


 内容としては教会に「恩を売れ」という前提は変わらず。加えて魔王の欠片に関してもアーバンディア大樹国で保管するべきという意見が記載されていた。


 同時に魔王の欠片がまだ世界中に散らばっているなら協力を惜しまないという点も。


「予想通りの返事ですね」


「だな」


 二ヵ国の意見を尊重しつつ、消極的ともとられない絶妙な返答と言えるだろう。事件に巻き込まれた俺としても、まだ情報が少ない現状ではこれが最善に思える。


「他にございますか?」


「クローベル王国支部は情報収集に勤めよ、と。些細な事でも報告するよう指示が出るようだな」


 老人には情報部から正式に任務が通達されるだろうが、一足早く騎士団の決定を伝えておく。


「あとは早く帰還して説明せよ、という俺への指示だけだ」


 俺はため息を零しながら肩を竦めた。


 本日は届いた返事を携えて教会に向かう予定だ。


 そこでアルベルトやシーエンと話し合いになるだろうが、エステル王国側の動きや真意もある程度は探っておかないと。まぁ、教会もしばらくは聖女関連で忙しくなるだろうが。


「恩を売る、という点もほぼ達成している。あとは正式な文書を要求するだけさ」


 とは言え、そう難しくはないだろう。もう俺は教会に恩を売ったと思っているし、アルベルトも今回の件を無かったことにするほどイカれた人間じゃない。


 それでも他の連中がとやかく言うようなら、中立的な立場にいるシーエンを巻き込むだけだ。


「それじゃ、行って来る」


「はい。お気を付けて」


 手紙をコートの内ポケットにしまい、剣を腰に差して教会へと向かう。


 教会の前に到着すると、聖女の世話をしていた少年が入り口前の掃き掃除を行っていた。


「あ、グレン様」


 綺麗なお辞儀を見せる少年に対し、俺は短く挨拶を返した。


「お声は元に戻ったのですね」


「ああ、一時的な症状だ」


 少しばかり会話を交わしたあと、俺はジッと少年の顔を見つめてしまった。


 あの聖女も、この少年も、数年後はどうなっているのだろうか。やはり憐れに思ってしまうのは、彼等に対して失礼なことだろうか。


「どうしました?」


「ああ、いや、なんでもない。アルベルトは中か?」


「はい、いらっしゃいますよ」


 少年が入り口のドアを開けてくれて、俺は礼を告げてから教会の中に入った。


 教会の奥にある祭壇の前にはアルベルトの姿があった。彼は片膝をつきながら祈りを捧げている。


 教会だからしょうがないが、祈りの最中に訪れることが多い。俺のタイミングが悪いのか、それとも向こうが悪いのか。


 どちらにせよ、祈り終わるまで待つしかないだろう。


 長椅子に座ってアルベルトの背中を眺めていると、五分ほどでスッと立ち上がる。


「すまないな」


 死んだ仲間への祈りを捧げていた、と言うアルベルト。俺は「構わない」と告げたあと、彼の後に続いて奥の部屋へ向かった。


 奥の部屋に到着して着席すると、遅れてシーエンがやって来る。三者揃ったところで話し合いが開始された。


「そちらの反応はどうだった?」


 一番最初に口を問うてきたのはアルベルトだった。


「欠片に関してはエルフ達の指示に従う。アーバンディア大樹国で保管すると言うなら異を唱えない。魔物に強奪されないという確約があるならの話だが」


 探りを入れる内容を加えつつ、シーエンの顔を見た。


「それは問題無いと思います。突っ込まれると思って私も長老に確認しましたが、保管場所には厳重な封印を施していると言っていましたので」


 加えて、長老達は改めて保管済みの欠片を確認したとも説明された。保管していた欠片の数は揃っており、やはり今回の件は未回収だった物だと確認が取れたそうだ。


「なら、今回の欠片は未回収の物か。他にもあると思うか?」


「そもそも、欠片は全部でいくつあるんだ?」


 俺とアルベルトから続けて質問され、シーエンはそれに一つずつ答えていく。


「今回の欠片は未回収の物と見て間違いないと思います。欠片が全部でいくつあるかは教えてくれませんでしたが……。たぶん、まだあるんじゃないですかねぇ?」


 シーエンの答えは長老側からすれば「余計な事を言うな」だろうか。あけすけに答えるシーエンの言葉を聞き、俺とアルベルトの方が顔を手で覆った。


「はぁ……。となると、調査は必須か」


「他にも魔王の欠片について知る魔物は存在していそうだな」


「まぁ、散った時に粉々になったようですから。全部でいくつかあるか把握してないんじゃないですか?」


 シーエンの言葉が真実なら笑えない。


 レスティアン王国国内に魔王の欠片を所持した魔物が出現する可能性が浮上したのだから。王に伝えたら徹底調査の指令が出る。確実に。


「エステル王国はどうなんだ?」


 一旦、未回収である欠片の有無については置いておいて。俺はエステル王国がどのような行動を取るのか探りを入れる。


「こちらもレスティアン王国と変わらない。王は二ヵ国と協調したい考えを示し、欠片の保管についてもアーバンディア大樹国に任せるとのことだ」


 まぁ、そうなるか。


 エステル王国からすれば、欠片問題よりもまずは聖女の存在を確実にしておきたいだろう。


「それと、一つ頼みがある」


 アルベルトが俺に顔を向けながら告げた。  


「例の吸血鬼についてだが、聖女様が討伐した事にしてくれないか?」


 内心、やっぱり来たかとも思う。


 想定内の「お願い」に対し、俺は予め用意していた答えを口にした。


「エステル王国国王からの正式な書面をレスティアン王国へ送れ。それと、教会には貸しイチだ」


 言った瞬間、アルベルトの眉がピクリと動いた。そして、すぐに目を閉じて黙り込んだ。


 それは僅かな時間だったが、エステル王国や聖女の事を考えてリスク計算を行ったのだろう。


「……すまない、お前に頼む事ではないな」


 頼んでおきながらも、教会側としては難しい判断だろうが……。エステル王国はどう判断するのか。


 一連の事件を解決したのは「本物の聖女」という事になれば、信者へ大アピールする事が出来る。信者達は大熱狂して王国と教会への信頼は揺るぎないものとなるだろう。


 しかも、魔王復活を阻止したとなれば注目度も話題性も高い。聖女の偉大さはより輝きを増すだろう。


 既に獲得している信者達が絶対に離れないよう熱中させることを最優先とするか。公表しないという条件を付けた上で手柄を譲ってもらい、相応の利益をレスティアン王国に差し出すのか?


 それとも条件を飲まずに手柄をこちらに渡すか? だとしたら、超アピールポイントが消滅する。他の件で箔をつけても良いだろうが、魔王復活阻止という特大級のネタは使えない。


 だが、どちらにしてもエステル王国と教会は俺を巻き込んだ時点で詰んでいる。


 手柄を譲るにしても、後に両国の関係が悪くなればレスティアン王国には書面を公表するというカードが得られるのだ。


 仮に手柄を譲らなかったらレスティアン王国が魔王復活阻止というネタを西側諸国に使える。レスティアン王国騎士団は優秀で勇猛だと大アピールすることで同盟国内での発言力が高まるだろう。


 同時に「聖女は大した事なかった」と声を大にして叫べるのだ。もしかしたら、大陸東側に噂が流れてしまうかも?


 俺は内心で「見物だな」とほくそ笑んだ。


「だが、アルベルト。お前には個人的に貸しイチだからな」


 さらにアルベルトにもプレッシャーを与えておく。


 実際、奴等を手伝ったのは事実だ。命を救ってやったのも事実。吸血鬼が聖女を奪えなかったのも事実。


 国同士がどうなろうとも、実際の現場で起きた貸し借りは無効にさせない。特に俺とアルベルトという関係性の中では。


「承知している」


 アルベルトの声音からは多少の不機嫌さが窺えた。


 今更巻き込むんじゃなかったと思っているか? だが、決めたのは国だ。


 まぁ、あとはシーエンの助言も大きかったんだろうが。彼は彼の立場があるし、長老の予言にあった「大きな出来事」を阻止する目的もあった。


 三者の思惑が入り混じり、結果的に得したのは俺とシーエンという事になるだろう。


「とにかく、これ以上同じ事件が起きない事を願う。聖女に祈るよう伝えておいてくれ」


 これ以上、話し合うこともあるまい。国からの指示と伝言は伝え終わったわけだしな。


 席から立ち上がり、皮肉交じりの注文を口にして部屋を出て行った。


 途中、シーエンが俺に追いついて来る。酒場に行くと笑う彼に「溺れて死ぬなよ」とだけ言っておく。


「グレン君、いつ帰るんです?」


「明日には出る。お前は?」


「私は一応、エステル王国まで行きますよ。その後でアーバンディアに帰ります」


 そうか、とだけ返して、俺達はしばらく並んで道を歩いた。


「また同じ事が起きると思うか?」


 宿へ向かうための分かれ道に差し掛かった時、俺はシーエンに問う。


「どうでしょうね。これで予言は終わりだと思いますが」


 ふぅ、とため息を零すシーエン。


「もうグールに追われるのは懲り懲りですよ」


 最後に肩を竦めてそう言った。



-----



 翌日、俺は本屋の老人に礼を告げてから馬に跨った。


「では」


「ええ。道中、お気を付けて」


 老人に別れを告げて、ゆっくりと馬を歩かせる。いつも通り活気のある王都の中を進み、門の近くまで向かうと――


「グレン君」


「シーエン?」


 門の近くでシーエンに声を掛けられた。どうしたのかと疑問に思っていると、彼は真新しい水筒を差し出して来た。


「旅のお供に」


 水筒を軽く振ると、中からはチャポンと液体が揺れる音が聞こえる。シーエン曰く、旅の幸運を願った酒のプレゼントだと言う。


「エルフの伝統か?」


「いいえ。私の伝統です」


 なんじゃそりゃ、と首を傾げるがシーエンは笑顔を浮かべた。


「助けてくれた礼ですよ」


「そうか。じゃあ、ありがたく」


「また会いましょう」


「ああ。またな」


 水筒をリュックに入れて、笑顔で見送ってくれるシーエンに別れを告げた。


 再び馬を歩かせて門を出ると、門の外には一人の少女と熊のような大男が。


 アルベルトは無言で頷く。俺も彼に対して無言で頷きを返した。


「お世話になりました。よき旅になるようお祈りします」


 最後で聖女から礼を言われ、俺は無言で会釈を返す。


 彼等の見送られながらも手綱を握り、馬を走らせた。


 ようやく家に帰れる。帰国したら帰国したで、王や団長に報告する仕事などが山積みだろうけども。


 しかし、悪は滅ぼした。これで俺の任務は終了だ。


「さぁ、帰ろう」


 向かうのは西へ続く街道。クローベル王国から西に三日ほど馬を走らせると辿り着くレスティアン王国。


 帰ったら故郷の酒を味わいたい。料理も食べたい。なにより、家のベッドでゆっくり眠りたい。


 そう思いながら、俺は西を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤竜伯爵は魔物を狩る とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化 @morokosi07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ