第18話 討伐を終えて


 吸血鬼を殺し、遺灰の中から黒い玉を見つけた。握り潰せないかと強く握るが、竜の力をもってしても黒い玉は砕けなかった。


 どうしたものかと思案していると、ガクンと俺の膝が折れた。


 そろそろタイムリミットか。


 片膝を地面につきながら、地面に突き刺した剣を杖代わりに体を支える。俺の体からは白煙が上がり、体を覆っていた赤い鱗が消え失せていく。


 同時に腹と肺の底で燃えていた火が徐々に小さくなっていくのが感じられる。


「ぐ、く……」


 ああ、嫌な時間がやってくるなと思った。


 毎回そうだ。強い力には代償がつきものだと言われるが、まさしくこれから代償を払わねばならない。


「グレン、大丈夫か?」


 アルベルトが駆け寄って来て、眉間に皺を寄せながら問うてきた。俺は彼に顔を向け、声を発さずに南側の家を指差す。


 聖女のところへ行け。安否確認をして来い。そう告げたいが告げられない。


「ああ、分かった」


 しかし、アルベルトは察してくれたようだ。俺が声を出せない理由も分かっているのだろう。


 俺は再び俯きながら深呼吸を繰り返す。鼻から息を吸い、吸い込んだ空気が喉に当たると痛みが走る。


 毎回そうだ。


 竜人化が解除された際、代償として体中に痛みが走る。背中は吊ったように痛いし、脚や腕も重度の筋肉痛に似た痛みが起きる。


 これは竜人化した際に人並外れた身体能力を使って体を酷使したからだ、と言われているが。幸いなのは辛うじて動けるところ。頭痛や眩暈といった症状に悩まされないところか。


 もう一つの代償として、しばらく喋れない、声が掠れる時がある。


 それはドラゴンブレスを吐いた時に出る症状だ。


 竜人化といっても人の体には違いなく、その状態でドラゴンのように口から火を噴けば喉にダメージを負う。喉が焼けて重症なんてことはないのだが、それでも喉が痛くてたまらない。


 炎を得意とする赤竜の祝福を受けた俺は毎回この症状に悩まされる事が多い。


「ん、んん、ん"」


 喉に手を当てると、まだ熱があった。 


 支えにしていた剣に縋りながら体を持ち上げ、ボロボロになった体を引き摺るように南側にある家まで歩き出す。


「グレン君!」


 ヨタヨタと歩いていると、家の前にいたシーエンが俺に気付いた。


 駆け寄って来たシーエンは俺の体を支え、アルベルト達のところへ連れてってくれる。


 家の前にはアルベルトと聖女、そしてバトルプリーストが一人。家の周りには主が死亡したことで消滅したグールとダンピールの遺灰が散らばる。


 遺灰を被って地面に横たわっていたのは、喰い殺されたバトルプリースト達の死体だった。恐らくは魔物除けを強行突破して来たダンピールに引っ張り出され、グール達にたかられたのだろう。


「う、うう……」


 聖女は涙を流しながら仲間の死にショックを受けていた。


 残念ではあるが、これが現実だ。魔物と戦うということはこういうことだ。


「グレン、今回は助かった」


「…………」


 俺はアルベルトの礼に無言で頷く。


「さっ、と、おう、に、もど、ぅ」


 さっさと王都に戻ろう。そう言ったつもりだが、やっぱり声が掠れて上手く喋れない。


 仕方なく、俺は王都のある北側を指差した。それでアルベルトには伝わったようだ。


「ああ、すぐに王都へ戻ろう。被害も甚大だしな」


 アルベルト達が仲間の遺体を弔ったあと、俺達は王都を目指して歩き出す。


 ここからも大変だった。体中が痛い中歩き続けて、喉の痛みと違和感に悩まされ続けて。休憩毎に水と食事を行ったが、まともに飲食もできない。


 毎度の経験であるが、辛いものは辛い。


 途中、怪我で動けないバトルプリースト達と聖女の幼馴染である少年が隠れていたボロ小屋に立ち寄る。


「アリア!」


 小屋の中から飛び出して来た少年は聖女に駆け寄り、彼女の体を確認しながら「怪我はないか!?」と心配する声を上げた。


 聖女が無事な事を確認したと、ようやく少年は我に返った。苦笑いするアルベルトに「申し訳ありません、上級司祭様」と謝罪する。


「そちらも無事だったか。グール達は襲って来なかったか?」


 戦えない少年はボロ小屋に残って重症を負ったバトルプリースト達の介抱を続けていたが、幸いにしてグール達の襲撃は受けなかったようだ。


 恐らくは聖女が一旦確保されたことでグール達が村に引き返したのだろう。そのあとで俺達を捜索しに行く動きも見せたが、主が死んだことで消滅。もしかしたら街道の脇で大量の遺灰が見つかるかもしれない。


 どちらにせよ、襲撃される前に吸血鬼を倒せたことは幸いだった。


「襲撃は受けませんでした。受けませんでしたが……」


 しかし、少年は悲しそうに顔を俯かせた。


「そうか……」


 彼が介抱していたバトルプリースト達は健闘虚しく息絶えたようだ。少年は泣きながら謝り続け、アルベルトは少年の頭を撫でながら「お前のせいではない」と慰め続けた。


 小屋の中で横たわっていたバトルプリースト達の遺体を弔い、再び王都を目指して歩き出す。


 運良く途中で行商人を見つけ、アルベルトが商人を説得して荷台に乗せてもらえることになった。荷台に乗り込んだ後、俺は思い出すようにポケットの中へ手を突っ込む。


 ポケットの中から取り出したのは黒い玉、魔王の欠片だ。それを隣に座っていたシーエンに差し出す。


「吸血鬼から回収できたんですか」


 彼の問いに無言で頷き、掠れた声で「壊れない」と言う。


「壊れない?」


 聞き返すシーエンに頷くと、彼は「竜人でも壊せませんか」と眉間に皺を寄せながら指で摘まむ黒い玉を見つめた。


「それは魔物にしか効果が無いのか? 何も知らぬ人間が未回収の欠片を発見し、魅入られて魔王の力を手にするなんてことは?」


 そう問うたのはアルベルトだった。しかし、シーエンは首を横に振る。


「恐らくは無いと思います。魔王とは魔物の頂点、魔の王ですからね」


 あくまでも魔王とは魔物の中から生まれる。シーエンはそう推測した。


「未回収の欠片はまだあると思うか?」


「どうでしょうね。過去に欠片を回収していた竜とエルフはとっくの昔に死亡していますし。祖国に欠片回収の任務を未だ行っている者がいるかどうかも分かりません」


 既に風化されてしまった過去の出来事。もう当時生きていた者はこの世にいないし、アーバンディア大樹国が欠片回収の任務を続けているという話もシーエンすら聞かない。


「仮にまだ回収している者がいるとしたら、長老から極秘任務として指示されていると思いますよ」


 魔王の欠片がまだ世界中に散らばっており、それを魔物が手にしたら大変なことになる。そんな噂が流れれば世界中に波紋を及ぼすだろう。


 知性のある魔物が噂を聞きつけ、欠片を探し始めても厄介だ。


 エルフの長老が人にも魔物にも察知されないよう、特定の人物に回収を命じている可能性も否定はできない。もしくは、今回の欠片は単純に見つかっていない最後の一つだったか。 


 ……可能性で言えば、前者の方が高そうに思えるのは俺だけだろうか。


「何にせよ、今回の件は関わった国に報告せねばらんだろう。特に欠片についてはトップ同士の話し合いが必要になると思われる」


 事件の舞台となったクローベル王国はどう関わるか不明であるが、少なくともレスティアン王国、エステル王国、アーバンディア大樹国の三ヵ国は回収した欠片についての話し合いが必要だろう。


 保管するとなると元々回収を担っていたアーバンディア大樹国になるだろうが、他にも欠片があるかどうかの調査や今回の吸血鬼がどうやって欠片の事を知ったのか等、調査することは山積みだ。


 どうなるにせよ、これで終わって欲しいと願う。長老が告げた予言もこれが最後だといいが。


 そう思いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。



-----



 クローベル王国王都に到着すると、アルベルト達とは後日話そうと取り決めを行った。もう体が痛くてたまらない。長く荷台に座っていたせいもあって、尻まで痛くなりはじめた。


 俺は痛む体を引き摺って拠点である本屋に帰還。本屋の店主に偽装する老人に驚かれながらも、王城に至急手紙を送る旨を伝える。


 用意してもらった紙に事の経緯と教会連中がどう動くかの予想を付け加えて、手紙を超特急で届けるよう命じる。


 やる事はやった。もうゆっくりと休みたい。


 老人に手配してもらった宿屋へ移動し、王城からの返事が来るまでひたすら体を休める。


 丸一日眠ったら体は軽くなったが、まだ喉が痛くてしょうがない。喉の痛みがひどくて食欲も湧かず、二日目まで水だけで過ごした。


 三日目の朝を迎えるとようやく喉が正常に戻る。


「あ、あ、あ。ん、んんっ」


 まだ多少声が掠れているが許容範囲だろう。あと一日も経てば元通りになりそうだ。


 体も正常に戻ったことで食欲も湧いてきた。さすがに二日も食べていないのでガッツリと頂きたい。宿の食堂で食事を提供しているようだが、ここはせっかくだし王都で人気の料理でも食べたいところ。


 肉料理だったら特に嬉しい。そう思いながら、俺は昼前に外へと繰り出した。


 活気のある王都を歩いていると、陽気な音楽と人の笑い声が耳に入る。どうやら近くの酒場から聞こえてくるようだ。


 酒場から聞こえてくることを認識した瞬間、ピンときた。


 奴がいるな、と考えながら大盛り上がりの酒場へと足を向けた。入り口のスイングドアを押して中に入ると、案の定店の中心で楽しく踊っているのはシーエンだった。


 俺は敢えて声は掛けず、しかしながらシーエンが俺を見つけるように店の中心付近を歩きながらカウンター席の端に座る。


「お客さん、ご注文は?」


 厳つい顔をした店主が注文を聞いてくる。


「美味い料理が食べたい。おすすめは?」


「羊肉の香草焼きだな。羊肉は朝卸したばっかりだ。美味いぜ」 


 ニカッと笑った店主のオススメを食べることにした。料理に合わせてワインも頼み、万全の体勢で料理を待つ。


 料理を始めた店主を眺めていると、美味そうな匂いが漂ってきた。


 卸したての骨付きラムチョップに香草とオリーブオイルを塗りたくり、釜に入れて焼くだけ。たったそれだけだが、匂いを嗅ぐだけで涎が溢れそうになる。


 オーブンで焼いたラムチョップを取り出し、パチパチと跳ねるオリーブオイルの上から塩をぶっかけて。オリーブオイルと香草もまとめて皿に盛ったら完成のようだ。


「ほい、お待ち」


 皿に盛られた三本の骨付きラムチョップ。それとワイン。


 ナイフとフォークは提供されない。同じくカウンター席に座る男を見たら、骨を掴んでガブリといくのが主流らしい。


 もう腹が減ってどうにかなりそうだったこともあって、貴族らしからぬ食べ方を実践することにした。


 熱々の骨を掴み、食欲そそる羊肉へかぶりつく。肉を噛んだ瞬間に肉汁とオリーブオイルが溢れ出し、丁度良い塩気が口の中に広がる。


 美味い。美味すぎる。


 ガブガブと肉を頬張る姿は正しく竜人だろうか。肉を一本平らげて、ワインを一気に呷って喉に流し込んだ。


「店主、ワインのおかわりだ」


 もう一杯ワインを注文して、残りの肉に齧りつく。


「ワイルドに食べる様を見ていると、本当に竜のように見えますね」


 隣に座ったのはシーエンだった。もう踊るのは終わりにしたのだろうか。


 彼は店主に新しい酒を頼むと、ジョッキの中に残っていた酒を一気に呷る。新しい酒を注いでもらうと、少しずつ喋り始めた。


「欠片はウチが保管することになると思いますよ」


「連絡を取ったのか?」


 俺が問うと、シーエンは首を横に振った。


「いいえ。向こうから来ました」


 王都に戻ってから一日後、長老が扱う魔術で連絡が届いたらしい。向こうは既に欠片を回収した事を知っており、シーエンに国へ持ち帰るよう命じたそうだ。


「タイミングがいいな」


「長老ですからね。どうやって知ったのかは不明ですが」


 魔術を使って知ったのか。それとも俺達を監視する者がいたのか。真相は不明であるが、欠片はアーバンディア大樹国が保管すると言い張っているようだ。


 シーエンの話では、レスティアン王国もエステル王国も従うよう強硬姿勢を見せているという。


「そこまでか?」


「魔王との戦いで一番の被害を受けたのはエルフだって話ですし。昔のエルフからすれば恨みやら何やらがあるんじゃないですか?」


 魔王を復活させまいとする意志、魔王の欠片を人間には任せられないという言葉。二ヵ国の意見すら聞く耳持たないと強い態度を示すのは、過去から引き継ぐ憎しみと恐怖からだろうか。


「近いうち、教会も答えが出せると言ってました」


「うちもあと一日二日で返答が届くだろう。届いたら教会に向かうとアルベルトへ伝えておいてくれ」


 シーエンにそう告げたあと、俺は羊肉のおかわりを頼んだ。


 心ゆくまで羊肉を堪能し、ワインを何杯も飲みながらシーエンと他愛もない話を続ける一日を過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る