第17話 竜騎士
竜の血を飲んだ瞬間、俺の体には変化が起こる。
ドクン、ドクンと心臓が激しく動き出して、俺の中にある竜が活性化されていく。
毎回思うが、この瞬間が一番気持ち良い。本当の自分を曝け出せる解放感やこれから振るう暴力に気持ちが高揚していく。
しかし、次の瞬間には一変して苦痛に変わるのだ。
体の芯に火が点くような感覚。肺が熱くなって、徐々に体全体が燃えているような錯覚が起こる。
熱くて熱くてたまらない。腕も胴も足も顔も喉も全部熱い。
一瞬だけ眩暈を感じて目を閉じる。すぐに瞼を開くと、俺の視界に変化が起きた。視野角が広がって、世界を広く見ることができるようになった。
俺の目が竜の瞳に変化した証拠だ。
直後、今度は皮膚に変化が起きる。首筋から顎の部分まで赤い鱗で覆われる。服の下にある脇腹や脚も鱗で覆われた。
これで完成だ。俺は『竜人』になった。
人と竜の中間に位置する半端者、されど凶悪な魔物へ対抗するために生み出されたレスティアン王国最強の力。レスティアン王国騎士団魔物討伐部隊五竜騎士を象徴する姿に変化した。
そう自覚した瞬間、叫ぶにはいられなかった。
「うおお、ウオオオオオッ!!」
俺の声は人から竜に変わり、叫び声が竜の咆哮へと変わる。
竜の咆哮は周囲に轟き、俺を深く知らない者達は驚くように顔を向けた。事件の黒幕である吸血鬼は勿論のこと、眷属化しているグール達やダンピール達でさえ。
そんな中、アルベルトだけがニヤリと笑う。
「竜のお目覚めだ」
まさにその通りだ。
俺は瞳孔が縦に割れた目で吸血鬼を捉えた。魔銀の剣を払い、構えを取って獰猛な視線を向ける。
「や、やつを止めろ!」
俺を見て慌てたのは魔物の本能だろうか。それとも俺の中にある竜を感じ、竜に殺された魔王の恐怖が吸血鬼にも伝播したのか。
グール達は吸血鬼の命令に従い、アルベルトを無視して俺に殺到した。
「赤竜の力、炎の剣」
短く呪文を唱えると、俺の握っていた剣の刀身は炎に包まれる。空から降って来る小雨が剣の炎に触れる度、か細い白煙と音を立てながら蒸発する。
殺到してきたグール達に向かって、飛ぶように一歩踏み出す。
先ほどまでの自分とはまるで違う。身体能力が強化され、踏み出した瞬間に地面が爆ぜた。
「オオオッ!」
剣を一振りすると、グールの体が容易く真っ二つになった直後に発火した。振り下ろした剣を掬い上げると、胴を斬られたグールが火達磨に変わる。
「キエエエッ!」
一匹のダンピールがグール達を飛び越え、ジャンプして飛び込んで来た。タイミングを合わせてダンピールの顔面に拳を叩き込むと、ダンピールの頭部が水風船のように破裂する。
血肉を浴びながらも剣を振るい、グールの群れを次々に屠っていく。
「い、一斉に! 一斉にかかれッ!」
一塊になって圧を掛ければ、竜人化した人間でも拘束できるはず。そう思ったに違いない。
「アルベルトッ!」
「巻き込まれるのはごめんだッ」
俺が彼の名を叫ぶと、次に何をするのか察したのだろう。彼は慌てて後方へ逃げる。
彼が退避したのを確認すると、俺は大きく息を吸い込んだ。正直、これは使いたくない。竜人化もだが、後に響く。
フゥッと大きく息を吸い込んで肺に空気を取り込んだ。肺の中にあった火種が空気を得て、炉の炎のように大きく膨れる。
その炎を、俺は口から吐き出した。
竜の象徴とも言えるドラゴンブレス。口から吐き出された炎は扇状に広がっていき、群がるグール達とダンピールの体を一斉に焼く。
「ギャアアアッ!?」
火達磨になったグールとダンピール達は絶叫しながら暴れ回る。
知能が低いグール達はただ苦しむだけ苦しんで体が灰になった。グールよりもマシな知能を持つダンピールは地面にできた水溜まりで体の炎を消そうとするが、ドラゴンブレスによる炎は転がり回っても全く消えない。
やがて吸血鬼が使役していた眷属達は全て灰に変わり、その命を一斉に終わらせた。
「こ、この! 復活、復活しろッ!」
焦りを見せる吸血鬼は体から黒いオーラを発しながら何度も指をパチン、パチンと鳴らす。
しかし、ドラゴンブレスで焼かれた眷属達は一向に復活しなかった。
「な、なんで! なんでえええ!!」
遂には眷属達を諦めたのか、黒いオーラを噴出しながら絶叫。オーラを剣に纏わせて、俺に向かって走り出す。
同時に俺も走り出し、互いに剣を振り上げた俺達は衝突する。炎の剣と黒いオーラを纏った剣がぶつかり合い、先ほどとは違った鍔迫り合いが始まった。
今度は押し負けない。むしろ、俺の方が押している。ぐっと足に力を入れて踏み込むと、吸血鬼の体が少しだけ後ろに反った。
パワー負けするのを嫌ってか、力を入れて俺の剣を弾き返す。お互いの間に隙間ができると、吸血鬼は左手で黒いオーラの塊を俺の頭部目掛けて放つ。
放たれた瞬間、俺は首を傾けて塊を回避する。しかし、この一瞬が狙いだったようだ。
「キヒッ!」
渾身の一撃だろう。吸血鬼は剣に纏わせたオーラを肥大化させて、突きを放った。狙いは俺の心臓か。
「フッ!」
相手の突きに対し、俺は左の拳を突き出す。黒い剣先とガントレットが触れた瞬間、俺の腕にはまっていたガントレットが破壊されてしまった。
剣と衝突した衝撃でガントレットがボロボロに弾け飛ぶが――俺の腕を覆った赤い鱗は突き破れない。
「な、なぁぁ!?」
ガギンと止まった相手の剣。俺は右手で握っていた剣を手の中で回転させて逆手持ちに切り替える。
突きのお返しとばかりに吸血鬼の胸に剣を突き刺した。突き刺した剣は吸血鬼の体を貫通し、貫通した剣を地面に突き刺して相手の体を地面に縫い付ける。
地面に突き刺さった炎の剣は吸血鬼の体を燃やし始めるが、更に俺は自由になった両手で吸血鬼の腕をそれぞれ掴む。そのまま力任せに両腕を引っ張ると、相手の体からミシミシ、ミチミチと悲鳴が上がった。
容赦はしない。
俺は力任せに吸血鬼の両腕を引き千切った。
「ギャアアアアア!?」
体を燃やされながらも絶叫を続ける吸血鬼の声が鬱陶しい。鬱陶しくてたまらない。今すぐにでも黙らせたい。いや、黙らせる。
振りかぶった右の拳を強く握って、そのまま力いっぱい顔面に叩き落す。
当たった衝撃で吸血鬼の体が地面にめり込んだ。同時に拳を叩き込んだ頭部は弾け飛び、顎から上が肉片に変わった。内側に飛び散った肉片が剣の炎で焼ける。
不快な匂いだ。腐っていて、臭くて、なんの魅力も感じない匂いだ。それが余計に俺をイラつかせる。
これだけやれば十分、確実に吸血鬼は死んだと思うかもしれないが、吸血鬼という存在は厄介なもので。
両腕を引き千切って頭部を潰したくらいじゃ死なない。俺は大討伐を経て嫌というほど学んだ。
吸血鬼を完全に殺すには、心臓を潰さねばならないのだ。
俺は右腕のガントレットを外し、鋭利な爪が生えた両手を吸血鬼の胸に突き刺した。胸の中をほじくり返しながら心臓を探して掴む。
掴んだ心臓を引き抜き、肉片に変わった頭部へ見せつけるようにしながら握り潰した。握り潰した瞬間、燃えながらも原型を留めていた吸血鬼の体がドクンと跳ねた。
潰れた心臓から赤い血が噴き出し、燃える吸血鬼の体に滴った。滴った血が体を焼く炎に触れて蒸発していく。
そして、焼かれ続けていた体は本当の意味で焼かれ始めた。体が崩れ、徐々に灰へと変わり――吸血鬼の体は完全に灰と化した。
これでおしまいだ。吸血鬼は完全に死んだ。俺をイラつかせる存在がようやくあの世へ行ったのだ。
腐れ吸血鬼の遺灰を見下ろしていると、曇り空の隙間から太陽の光が差し込んで来る。天候を操作していた吸血鬼が死亡したことで、空も正常化したのだろう。
久しぶりに感じられる陽の光を浴びていると、炎が消えた灰の中からはキラキラと光る黒い玉が露出していた。
灰塗れになった黒い玉を摘まみ上げ、灰を吹き払おうと小さく息を吹く。
「フッ」
息を吹いたつもりが、小さな火が口から出てしまった。五竜騎士になった時から竜化を何度も使っているが、どうにも人間状態の時と同じような行動を取ってしまう。
まぁ、これは自分自身がまだ人間だと自覚している証拠だな。良いことだと思いたい。
それはさておき、小さな火が直撃してしまった黒い玉であるが、不幸か幸いか無傷だった。
ギュッと強く握りしめても潰れない。どう足掻いても破壊はできないのだろうか?
面倒な事にならなければいいが。
そう感じながら、俺はもう一度黒い玉を強く握り締めた。
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