第16話 リベンジ
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
俺とアルベルトは木の陰に隠れながら、小雨の降る道を一人で歩く聖女を見守っていた。
「大丈夫だ」
彼女が向かっているのは南西。そう、吸血鬼と遭遇した村だ。
提案した作戦の一つとして、聖女を一人で歩かせる必要があった。しかし、彼女が最後まで一人歩きする事は決してないだろう。
「来たか」
彼女が一人で歩いていれば、自ずとエスコートが現れるからだ。
道の先からやって来たのはグールの群れを引き連れたダンピールの女性。彼女はニタニタと笑いながら聖女と対峙する。
「わ、私は貴方達の指示に従います。ですから、私の仲間には手出ししないで下さい」
聖女は事前に決めていた文句を口にする。それを聞いたダンピールの女性は「キヒヒ!」と気色悪い笑い声を上げ、指をクイクイと動かして近づくよう命じた。
聖女とダンピールは一言二言会話すると、ダンピールとグール達が聖女を囲んで村までのエスコートを始める。
「言った通りだろう?」
予想通りだ。
奴等の最優先事項は聖女の確保。しかも、奴等の主である吸血鬼自らが「肉体と魂が必要」と言っていた。
つまりは、聖女を殺しては意味がない。聖女を眷属化しても意味がないのだろう。
「行くぞ」
俺達はシーエンが施した「気配消しの魔術」を纏いながら聖女を追って行く。予定通り聖女は村に到着して、吸血鬼の前に差し出された。
村の中にいたグール、ダンピール、吸血鬼が聖女に集中する。雨が降っているのも丁度良い。
俺はハンドサインを行いながらアルベルト達を連れて村の中に忍び込む。
俺とアルベルトは家の屋根に登って身を隠す。まだ戦えるバトルプリースト達は、シーエンと共に北側の空き家へと向かった。
「おやおや。聖女様が御一人でやって来るとは。少女らしからぬ勇気に賞賛の言葉を贈ろう」
屋根の上から様子を窺うと、吸血鬼は一人でやって来た聖女に夢中だった。パチパチ、と芝居がかった拍手を送る姿は自分が世界の覇者にでもなったつもりだろうか。
「私は貴方の指示に従います。ですからどうか、仲間達には手を出さないで下さい」
「ええ、ええ。構いませんとも! 聖女の勇気に誓います!」
嘘っぱちの誓いを立てられてもな。魔物の言うことなんざ信用するに値しない。上から見ていると分かるが、三グループくらいに分かれたグール達が村を出て行った。
あれは聖女に誓いを立てておきながら、俺達を探しに行った証拠だろう。まだ見つかっていないのは、シーエンの魔術があるおかげだ。
魔術に頼りながら観察を続けるが……。やはり聖女を害する気はないようだ。俺の予想は当たった。第一段階はクリアといったところ。
「ですが、聞かせて下さい。貴方は何を望んでいるのです? どうして私を?」
事の真相を明かすべく、聖女は吸血鬼に問う。
すると、すっかり気分が良くなった吸血鬼は笑いながら語り出した。
「私はねぇ。魔王になりたいんですよ。魔王になって、全ての魔物を統べる王になりたい」
「魔王に……?」
「そう。嘗て大陸に君臨していた魔王は竜やエルフに倒されてしまったが私は違う。私が真の魔王になって大陸を支配する。魔物が人の上に立つ世界を創る」
なるほど、魔物らしいクソみたいな夢物語じゃないか。
今の世界にとって「魔物」とは人類の敵だ。人類に駆逐される存在だ。知性を持つ魔物からすれば我慢ならない状況なのだろう。
だが、人類の敵となった事にも相応の理由がある。魔物は人を襲い、殺し、時には配下にして奴隷のように扱う。そういった行為を繰り返しているからこそ、魔物は人間から討伐対象として見られるのだ。
俺達人間が反抗し、逆に狩ろうとするのも当然だろう?
「魔王になって、人を支配するのですか。人を物のように扱うのですか」
「フフ。家畜として生かされるだけ感謝してほしいね」
予想通りの答えだ。やはり、これ以上の力を得る前に殺す必要がある。
そう思ったが、まだ話の続きがあった。
「だがね、同時に私は人類の強さも知っている。君のように神から祝福された人間が生まれることがある。それでは安心できない」
吸血鬼は自分の体を抱きながら、恐怖するような演技を見せた。
奴は「だからこそ」と口にして――
「私は魔王となり、悪魔から力を授かるのだ。神の祝福を受けた君の肉体と魂を生贄にして、悪魔から神をも殺す力をもらう」
悪魔。それは神話に登場する存在だ。
神と争い、神に負けた存在。地獄に落とされ、封印された邪悪な存在。奴は聖女を生贄とし、悪魔から力を得るのだと語る。
悪魔なんて本当に存在するのか? そもそも、一体どこからそんな知識を得たんだ? 魔物の世界じゃ常識なのか?
――ふと考えが過る。
もしかして、レスティアン王国にある力場か? あそこが最終目的地だとして、聖女を生贄とする儀式は力場で行われるのだろうか?
答えは得られないが、吸血鬼の目的は判明した。どちらにせよ、阻止しなければならないのは同じことだ。
「そうですか……」
真相を聞き出した聖女は最後の仕上げに入る。同時に俺も腰の剣に触れた。
俺は内心で聖女に向かって「やれ!」と叫んだ。
「そうは、させません!」
聖女は法衣の中に隠していた革袋を取り出し、吸血鬼に投げつける。当然ながら少女が投げつけた物を掴むなんて吸血鬼にとっては造作もないことだ。
しかし、聖女が投げたのはレスティアン王国騎士団が開発した道具である。中に入った粉が簡単に舞うよう、革袋にも細工が施されている。
「ギャッ!?」
吸血鬼が革袋を掴んだ衝撃で中に入っていた魔銀の粉がブワッと舞う。
「走れッ!」
瞬間、俺は聖女に叫んだ。叫んで、剣を抜いて屋根の上から飛ぶ。
狙うは吸血鬼。
グールやダンピールを殺したところで復活してしまうのだ。だったら、主である吸血鬼を殺せばいい。シンプルで簡単な答えだ。
吸血鬼目掛けて飛んだ俺は落下の勢いを使って剣を振り落とす。これで首を獲れれば完璧。だが、そう甘くはなかった。
「小賢しいわァァァッ!!」
吸血鬼は黒いオーラを腕に纏わせ、纏った腕を横に大きく振った。黒いオーラがカーテンのようになり、俺の剣を阻む。
「チッ!」
防がれた。だが、まだまだ。
「ぬああああッ!」
続いて屋根の上から飛び込んで来たのはアルベルトだ。聖水を振りかけたメイスを上段に構え、吸血鬼の頭部を粉砕しようと振り落とす。
「チィッ!」
吸血鬼は大きく後ろに下がった。代わりに近くにいたグールを前へ突き飛ばし、アルベルトの一撃はグールが肩代わりしてしまう。
頭部と胴体を潰されたグールの血肉が派手に飛び散った。
「聖女を捕まえろッ!」
吸血鬼はグールとダンピールに聖女捕獲を命じる。しかし、これも想定内。
聖女が走って目指すのは村の北側にある空き家だ。振り返りながら聖女の動向を確認すると、丁度家まで到達した瞬間だった。後方には大量のグールがいて、彼女を追いかけていたが――
「ギャアアアッ!?」
聖女を追いかけていたグール達は見えない壁にぶち当たる。同時に体中から白煙を上げて苦しみ出した。
あれは俺が設置するよう指示しておいた「魔物除け」の効果だ。以前の村では活躍しなかったが、開発部が言うように効果てきめん。
低級アンデットであるグールは魔物除けの結界を突き破れない。ダンピールなら強引に突破できるだろうが……。
「ギィィェェェッ!」
「はぁッ!」
強引に魔物除けを突き破ったことで体が脆くなる。ダメージを負ったダンピールにトドメを刺すのはバトルプリースト達とシーエンだ。
数の多いグールは魔物除けで排除しておけば、あとは強引に突破してきたダンピールを狩るだけ。俺やアルベルトがいなくとも持ちこたえられるはず。
「当てが外れたか?」
「貴様ァァァッ!!」
吸血鬼に対してニヤッと笑うと、吸血鬼は面白いくらいに激昂した。
黒いオーラを纏い、ダンピールから剣を受け取って。人並み外れた身体能力で俺へと迫る。
対する俺は魔銀の剣を構えながら吸血鬼を迎え撃った。俺は剣を振り、向こうもオーラを纏わせた剣を振るう。
見た感じ、吸血鬼が振るう剣は「どこにでもありそうな鉄の剣」である。だが、黒いオーラを纏っているからか分厚い大剣と打ち合ったような感触が感じられる。
同時に力を強化した吸血鬼の身体能力は馬鹿みたいに高かった。物凄いパワーだ。
「ぐっ、くっ!?」
「人間風情がァッ!」
鍔迫り合いとなるとパワー負けする。体力があるうちに見極めたかったのもあるが、まさかここまでとは。
俺を押し潰さんとばかりに剣を押し込んで来る吸血鬼に対し、俺は必死に抵抗するが……。
「グレンッ!」
脇から助けてくれたのはアルベルトだった。邪魔なグールの頭部を粉砕しながら、吸血鬼に駆け寄ってメイスを振るう。
しかし、アルベルトのメイスでさえ吸血鬼は片手で受け止めてしまった。アルベルトは驚きの表情を浮かべて、それを見た吸血鬼の口元が緩んだ。
だが、同時に俺を押し込む力も緩む。自分の思い通りに事が進むと油断してしまうのは、こいつの弱点かもしれない。
俺は剣をズラし、相手の押し込みから逃れた。逃れた瞬間、剣を横に振るう。
「無駄だッ!」
またしても吸血鬼に反応され、俺の剣は受け止められてしまった。
その隙にアルベルトが掴まれたメイスを大きく振って逃れようとするが――
「フンッ!」
ボン、と爆発するように吸血鬼の体から黒いオーラが放たれる。
「ぐっ!?」
吸血鬼を中心として円状に発生した黒いオーラによって俺とアルベルトは後方に吹き飛ばされてしまった。
ぬかるんだ地面に背中から叩きつけられ、一瞬だけ息ができなかった。コートをドロドロに汚しながら地面の上を僅かに滑って止まる。
目だけで吸血鬼の姿を確認すると、泥塗れになった俺達を侮辱するような目で見ていた。向けられる視線は心底ムカつくが、ただやられっぱなしではいられない。
俺は教会連中からもらった聖水入りの瓶を取り出し、口でコルク栓を開けてぶん投げる。
放物線を描きながら飛んで行った聖水は吸血鬼の頭上に到達。そのタイミングを狙って、アルベルトが更にもう一本の瓶を投げてぶつける。
空中で瓶が割れ、真下にいる吸血鬼目掛けて聖水が落ちる。
「ぎゃああああ!?」
聖水を浴びた吸血鬼は頭や肩から白煙を上げて悲鳴を上げた。
聖女が投げた魔銀の粉末もそうだったが、吸血鬼は力が増しただけで防御力はそう高くないように見える。
悶え苦しんでいる今がチャンス。俺は立ち上がると、剣を構えて前へ出た。
「ぐううう! やれッ!」
まだ聖水による痛みで集中できないのか、吸血鬼はグールとダンピールに指示を出す。俺と吸血鬼の間に割って入ったグール達が壁となり、俺の剣は吸血鬼まで届かない。
「チッ! 邪魔だッ!」
攻め時を感じたこともあって、俺は懸命に剣を振った。次々にグール共を斬り捨てるが、肉の壁が厚くて吸血鬼に近付けない。アルベルトも猛攻に参加するが、それでも俺達はグールの死体を量産するだけだった。
「風の息吹ッ!」
俺は魔術をも駆使して、吸血鬼に至るまでの道を作ろうと試みるが……。
「この、ふざけた人間共めェッ!」
猛攻虚しく、聖水を浴びた吸血鬼が体勢を整えてしまった。聖水を浴びた頭部は、長かった髪の一部が溶け、病的に白かった肌は赤くなって焼け爛れている。
「ふぅ、はぁ、はぁ……。ハッ、随分と色男になったじゃないか」
俺は息を整えながら軽口を叩く。怒り狂って隙を見せてくれるかと思ったが、吸血鬼は体から黒いオーラを発してグールの死体に纏わせた。
「貴様等は私が食い散らかしてやるッ!」
黒いオーラを纏ったグールの死体は復活し、再び立ち上がって俺達と吸血鬼の間に肉の壁を作る。
「どうする?」
吸血鬼に剣が届かないと話にならない。既に防御力に関して大したことはないと判明しているが、向こうもこっちにバレたと察して手駒であるグールやダンピールを前面に押し出してきた。
このまま続けば体力切れになるのは俺達だ。向こうは何回だって復活できそうだしな。
聖水や魔銀の粉も効果はあるが、決定打に欠ける。それに聖水のほとんどは聖女達を護衛するバトルプリースト達とシーエンに持たせてしまった。
――使うしかないか。
そう考えながら、俺はコートの内ポケットにある銀のケースへ触れる。
「アルベルト、十秒だけ時間をくれ」
彼は俺の言葉を聞き、何をするのか察したのだろう。
無言で頷くと、前を向いてメイスを構えた。
「我が名はアルベルトッ! エステル王国聖徒教会浄化部隊所属、上級司祭であるッ! 貴様等のような穢れた者達には負けんッ!」
名乗りを上げて、大きく地面を踏む。敢えて叫ぶ事で自分へと注目を集めさせる姿はさすがと言うべきか。
吸血鬼の視線がアルベルトに向けられている隙に、俺は銀のケースを取り出す。中にあったアンプルを取り出し、片手で蓋を弾いた。
アンプルの中に入っていた液体を一気に呷る。
血の味がする。口の中を切ったわけじゃなく、この液体がだ。
しかし、人の血のように苦くて鉄っぽい味がするわけじゃない。塩気があって、ドロッとしていて、後味からはブドウのような甘味が感じられる。
ブドウを塩水で漬けたような、独特な血の味。
なんだそりゃと思うかもしれないが、これが血の味なのだ。
竜の、血の味だ。
喉を通った瞬間、俺の体は燃えるように熱くなった。腹の奥そこから熱が発生して、全身が熱くて熱くてたまらない。
「く、あ……」
熱い。熱い、熱い!
「うあ、ぁぁ……」
堪らず、俺は叫ぶ。
「うおお、ウオオオオオオッ!!」
叫び声は、途中から竜の咆哮に変わった。
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