第15話 合流
妖精世界の出口を通ると、俺の体は一瞬だけ浮遊感に襲われた。
「きゃっ」
直後、肌には冷たい水が当たる。雨だ。横にいた聖女は雨に驚いたのだろう。
見上げると曇り空が広がり、小雨が降り続いていた。周囲を見渡すと、すぐ傍にはボロボロの小屋が一軒佇んでいる。背後には木を伐採した跡が広がっていた。
頭に叩き込んでおいた周辺の地理を思い出す。ここは街道脇を抜けた伐採地だろうか?
確かグール達が潜んでいるとも言われていたが……。警戒しながら周囲を見回すも、グールの姿は見られない。
もしかして、村に移動したのか? そんな考えを思い浮べていると、俺達を見つけたのはグール達ではなく別の人物達だった。
「グレン君!?」
声を上げたのは、近くにあったボロ小屋から顔を出して周囲を探っていたシーエンだった。
俺は聖女と一緒に小屋へと近付くと、中にいたシーエンが飛び出して来た。彼は俺の体に抱きつき、おんおんと泣き声を上げる。
「よ、よがっだ~! 崖から落ちて、死んだがと~!」
心配してくれるのは有難いが抱きつかれるのは鬱陶しい。シーエンを引き剥がし、他の者達はどこにいるか問う。
すると、彼は小屋の中に入るよう言った。小屋の中に入ると、中にいたのは教会の連中だ。
「グレン! 聖女様! 無事だったか!」
吸血鬼と対峙したであろうアルベルトは腕に軽傷を負っているようで包帯を巻いていた。彼は聖女に駆け寄り「お怪我は!?」と慌てて問う。
「大丈夫です。グレン様に救われました」
「崖に放り出された後、妖精世界に連れて行かれていた」
「妖精世界か……」
俺が今までどこにいたのかを告げると、アルベルトとシーエンは微妙な表情を浮かべる。妖精の厄介さを知る二人にすれば当然のリアクションと言えよう。
とにかく二人とも無事で良かったと告げるアルベルトに聖女を引き渡し、俺はさっそく状況を問う。
「村からは脱出できたものの、数人の仲間がやられてしまった。重症を負った者は三人、軽傷は四人だな」
グールの追跡を振り切ったアルベルト達はシーエンの魔術を使って気配を消し、小屋の中で体力を回復させていたようだ。
追跡を振り切って小屋に到達したのが三十分ほど前だと言う。結構時間が経ってしまっている。ここが見つかるのも時間の問題だろう。
となると、今後の行動をどうするかだ。
しかし、行動を決める前に聞いておきたいことがある。
「あの吸血鬼は何だ? 力場で力を授かり、天候を操れるようになったことまでは理解できる。しかし、殺したはずのグールを復活させるなんて聞いた事も見た事もないぞ」
目撃当初も思ったが、レスティアン王国内にいた始祖化した吸血鬼でさえ出来なかったであろう芸当だ。間違いなく超常現象――魔法の類だと思われるが。
原因も分かりきっている。吸血鬼が飲み込んだ「黒い玉」で間違いない。
「吸血鬼が飲み込んだ黒い玉は魔王の欠片でしょうね」
「魔王の欠片? 奴も同じような事を言ってたな?」
シーエンに聞き返すと、彼は「魔王」という存在について語り始めた。
「魔王というのは千年以上前に存在していた絶対悪です。この世には存在しない悪魔から力を授かった魔物とも言われていますが、数々の超常現象を引き起こして大陸を混乱に叩き落しました」
千年以上前、大陸には魔王と呼ばれる絶対悪が存在していた。魔王は魔法を操り、大陸中を混乱の渦に叩き落す。
魔王に対抗していた竜やエルフは他の種族と協力して魔王を倒すことに成功する。その際、魔王の核が割れて大陸中に散ったそうだ。
大陸に散った核は生き残った竜やエルフが回収して、エルフの国であるアーバンディア大樹国の奥深く、秘密の場所に保管されたという。
「どうして回収された欠片が?」
「恐らくは未回収だった物じゃないでしょうか? 散った核の大きさは大小あったそうですし」
アルベルトの問いにシーエンが答えるが、シーエンも千年以上も前の事なのであまり詳しくは知らないようだ。
長い間、魔王という脅威は消え去っていたので風化してしまっている事もあるのだろう。現に俺も初めて聞いた話だ。
「……待てよ? あの吸血鬼は力場で力を授かってから旧帝国領土に入ったのか?」
「そう推測されている」
答えたのはアルベルトだった。
彼は旧帝国軍を殲滅したエステル王国聖騎士団と共に帝都入りしており、そこで皇帝の首を刎ねる場面を目撃したようだ。
その際、皇帝はダンピール化していて吸血鬼の配下となっていたと語る。その際に吸血鬼に関する情報は吐かなかったそうだが。
「もしかして、吸血鬼が旧帝国で暗躍していたのは魔王の欠片を探していたんじゃないか?」
元々帝国帝都にあったのか、それとも旧帝国領のどこかにあったのかは不明であるが、吸血鬼が魔王の欠片を得たのは旧帝国だったんじゃないだろうか。
そう考えると吸血鬼が旧帝国で暗躍していた理由にも納得できるし、エルフの長老が告げた予言も今回の件を示していたんじゃないかと納得できる。
「あり得るな。しかし、聖女様を必要とする理由はなんだ?」
「分かりません」
奴は聖女の肉体と魂が必要だと言っていた。聖女を必要とする目的とは何なのか。俺とアルベルトはシーエンに顔を向けるが、注目された本人は首を横に振った。
何にせよ、聖女を狙っているのは明らか。そして、魔王の欠片とやらを飲み込んだ吸血鬼を放置しておけば人間達の脅威になるのも明らかだ。
「早々に殺すべきだ。奴は聖女を最優先として狙っているが、順番を入れ替えてレスティアン王国の力場に向かわれてもまずい」
これ以上力を強化されたら手に負えなくなる可能性が高い。そうなるとレスティアン王国内で被害が出る可能性は濃厚だ。
「増援を連れて来るべきではないか?」
「今からクローベル王都に戻るのか? 馬と馬車は? 怪我人を置いて行くにしても、何日掛かると思っているんだ」
小屋の外には馬も馬車も無かった。となれば、王都に戻るまで何日掛かるだろうか。その前に俺達を探しているグールの群れに見つかるのは確実だ。
「しかし――」
「待って!」
アルベルトと話し合っていると、シーエンが俺達を制した。口元に人差し指を当てて「静かに」とジェスチャーを見せる。
俺とアルベルトは彼が何を言いたいのか察して、ボロ小屋の壁にある隙間から外を窺った。
「来たか」
グールだ。俺達を探しているであろうグールの群れが近くにやって来た。雨のおかげで会話は聞こえていなかったようだが、小屋の中を調べられるのも時間の問題か。
「気配消しの魔術はあくまでも気配を消すだけですからね? 小屋の中を覗かれたらバレますよ!」
魔術でどうにか乗り切れないかと問う前に、シーエンが無理だと教えてくれた。
「覚悟を決めろ、アルベルト」
俺はチラリと小屋の床に横たわる怪我人を見た。彼等を見捨てて逃げるが、それともグールの群れに応戦するか。
応戦すれば吸血鬼に察知される。まだ近くにいると判断され、更なる増援を差し向けられるだろう。となると、増援を求めて王都に戻ろうとしても先回りされる可能性は高い。気付かれず王都に戻るなら、怪我人達を生贄にする他ない。
「……応戦する」
仲間は見捨てない。そう判断したアルベルトに俺は無言で頷いた。
「お前達は聖女様を守れ」
腰の剣に触れながらドアに近付き、部下に指示を出すアルベルトと共に外へ出た。外に出ると、まだ遠くにいたグール達が俺とアルベルトに気付く。
小屋に近付けないよう、俺達は揃ってグール達へと駆け出す。
俺達は左右に別れ、途中で互いに武器を抜く。
「おおおおッ!」
最初に接敵したのはアルベルトだった。メイスを振り、グールの頭部を一撃で粉砕していく。
「フッ」
剣を抜いた俺も軽く息を吐きながら剣を振った。一匹目の首を刎ね、次は腕を斬り飛ばす。
「グワァァァッ!」
右側から両手を伸ばし、俺を拘束しようとしてくるグールに対しては剣の柄頭で顔面を殴りつけた。鼻血を撒き散らしながらたたらを踏んだグールは一旦放置して、左から飛び掛かって来たもう一匹を縦に斬り裂いた。
真正面から突っ込んで来たグールは首を刎ね、そいつが着ていた服を掴んで先ほど顔面を殴ったグールに向かって投げ飛ばす。
「次から次へと!」
あとどれくらいだろうか。ざっと見る限り、俺の方へ向かって来るのは十匹くらいか。
正面から走って来た奴の首元に剣を突き刺し、また左から攻めて来た奴には腰のホルスターからナイフを抜いて右目に突き刺す。ナイフから手を放し、剣を両手で握って首元を強引に斬り裂いた。
斬り裂いた際の勢いを殺さず、軸足を回転させながら反転。静かに背後へ忍び寄っていたグールの胴を斬り、また背後から迫って来た奴には肘を顔面にお見舞いする。
その場に留まりながらの攻防を十五分ほど続け、ようやく俺はグール共を殲滅した。
すぐ近くで戦っていたアルベルトに視線を向けると、最後の一匹を殺す瞬間だった。地面に転ばせたグールの頭部にメイスを上段から叩きつけて、頭を粉砕しながら黒い祭服に返り血が飛ぶ。
いつ見てもバトルプリーストの制服は黒色で羨ましいな、と思う。あれなら返り血を浴びてもそう目立たないだろう。
うちは黒を着れるのは一人しかいないしな……。
「終わったか」
「ああ、だが油断できない。これで吸血鬼に察知されたぞ。奴がここへ増援が差し向けるのも時間の問題だ」
それでもまだ教会の増援とやらを待つのか、と問う。アルベルトは「分かっている」と呟き、本当はどうするべきなのか分かっているのだろう。
同じ組織に属している人間としては気持ちも理解できる。だが、教会側の都合ばかり聞いているわけにもいかない。
「もう条件は破棄させてもらう」
今ここで殺すべきだと俺は判断した。もはや、教会主導や聖女にトドメを譲るなんて条件は飲んでいられない。
こいつらが拒否するならば、俺一人で殺しに行く。
「……だろうな。もうこうなっては仕方がないか」
アルベルトも馬鹿じゃない。何を優先するべきかはとっくに理解しているはずだ。
俺達は一旦小屋に戻ると、今後の行動について語り合った。
「何か策はあるのか?」
アルベルトに問われた俺は、彼の顔を見ながら「分かっているだろう?」と言ってやった。
「魔物討伐隊らしくやらせてもらう」
俺はそう宣言してから聖女に顔を向けた。
「聖女、君は聖女としての務めを果たしたいか? その勇気はあるか?」
一応、問うておいた方がいいだろう。アルベルトは「まさか」と言いながら俺を睨みつけるが、聖女が「やる」と言えば文句もあるまい。
「……務めを果たします。私は聖女ですから」
「ハッ。そりゃ助かる」
俺はニヤッと笑いながらアルベルトに顔を向けてやった。
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