第6話  仲直り




瑠里は泣きながら、よろよろと荷物を置いてある階段にペタンと座った。


これは……

別れ話なの?

青は、私と別れたいの?

やっと、やっと、結ばれたのに?

あんなに長い時間かかってようやく思い出して、恋人になれたのに?

なんで……?


いいや……違う。

青は別れたいなんてひと言も言わなかった。

私の答えを受け入れるって言った。

それは、私が別れたいと思っていると青は感じているの?

私が橋垣君を選ぶと?

いやいやいや!無い無い!

そもそも橋垣君はただの同期で、特別仲が良いわけでも無いし。

ただ、最近、たまたま出くわすことが重なっただけのこと。


瑠里は、涙を収め、上着を着て、小さく息を吐いた。

落ち着こう。そして、ちゃんと考えよう。

家へ帰ってからとかではなく、今考えないといけない気がする。


青は、ここ最近の行動は全て私の為だと言った。

私の為……

高木さんと自主練することが私の為?

高木さんと一緒に走ることが私の為?


瑠里は、初めて高木真衣を自主練に連れて来た時の記憶を辿った。

あの時、青は何て言ってた?

私は何て言ってた?


青は、邪魔されたくないって言って

青は、ほどほどにしとけよ、とも言ってくれて。

でも私は、彼女は一般入部だから頑張って欲しいなぁって言った気がする。


瑠里は、そこで青の立場から考えてみた。

人と関わるのをいまだに苦手としているのは変わらないけれど……

私が連れて来た子だから拒否らなかった?

私と同じ一般入部の子だから、私を手伝うつもりだった?


「 うわぁ!!!そうだったの!?」


瑠里は飛び上がるように立ち上がった。


青は、私の為に嫌なことを我慢して自主練で付き合ってくれてたの!?

私が勝手な感情で自主練行かなくなった時も?

だから彼女の面倒を見てくれたの?

私の代わりに?

えぇぇぇー!?


瑠里は頭を抱えた。

私が連れて来て、私が去年の自分に重ねて応援したいと言って……

二人きりの自主練を壊すキッカケを作ってしまった。

その上、彼女には才能があるとかなんとか青に話したこともあった。

青は否定も肯定もしなかったけど……まさか、私の意見を汲んでくれた?


それなのに、私はつまらないヤキモチを妬いて自主練から勝手に逃げ出したりした。

青に高木さんを押しつけるようなことをしたくせに、ひとりでイライラしてた。


「 最低!!最悪!!クソだ、私!」



でも……

橋垣君のことは?

なんで最近の私が橋垣君を選ぶような行動を取ってたと思われたんだろう?


瑠里は、さすがにだいぶ暗くなったサブグラウンドから立ち去ることにして、荷物をまとめてリュックを背負った。


そもそも、なんであんなに二人きりの帰り道で気まずい雰囲気になったんだっけ?

瑠里はサブグラウンドの階段をあれこれ思い出しながらゆっくり登った。


最初に橋垣君のことで青が嘘をついた。

横を通って、目も合ったのに、知らないと言われた。

なぜ?私と同じようなヤキモチ?

たしかに、前から橋垣君には青の当たりはキツイ。

そもそも去年の落雷事件のキッカケも、彼のことだった。

ただ、今回は嘘をついたり、メールを無視したりするだけで、以前のようにあからさまに責めたりキレたりしなかった。

不機嫌ではあったし、ずっと何かを抑え込んでいる印象があった。

まぁ、その不機嫌さが二人きりの時のギクシャクの原因だった気もするけど。



サブグラウンドを後にして、薄暗く街灯に照らされた校内道路をトボトボ歩く。

ここ暫く、ずっと独りぼっちで帰っていた。

青と二人なら幸せだったのに……

二人きりの時の青は優しくて甘々だった。

ドキドキした。

人目が無ければキスをせがみたいくらい、青が好きで仕方なかった。

仮にギクシャクがあったとしても、独りぼっちよりも青と居たかった。

青にはいつでも隣りに居て欲しいのだと痛感した。

また瑠里の瞳に涙が滲む。

どんなに考えたって、青と別れる選択肢なんて有り得ない。


暫く行くと、北館横の歩道の隅に人影があった。


右側の街路樹の中の一本だけ伐採された切り株に誰かが座っている。

すぐ目の前には、見覚えのある白い自転車が止まっている。


青だった。


背中を丸め、項垂れるように俯いている。


その姿を見た瞬間に、瑠里は全てを悟った。


瑠里は全速力で駆け出した。

青目掛けて、練習でも出さないようなスピードで走った。



「 青ーーーーー!!」


瑠里は全力で青の背中に飛びついた。

いきなり全体重で飛びつかれた青は思わず前につんのめる。

だが、青が持ち前の体幹を駆使してなんとか持ち堪えると、瑠里は青の両脇の下に手を差し込み力一杯抱きついた。


「 青!青!青!青ーーー!!」


青は抱きつかれたまま何も言わない。


「 ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!」


瑠里のごめんなさいに、体を起こそうとする青に、瑠里が頼み込んだ。


「 このまま!このまま聞いて!ちゃんと考えたから、ちゃんとわかったから、全部わかったから!」



全ての答えは、この切り株にあったのだ。


あの日、関西駅伝大会のあの後、青は初めて嫉妬をした。

落ち込む橋垣を励ました瑠里が気に入らず、励まされた橋垣に嫉妬をしたのだ。

だが、その感情を処理出来ずに、瑠里に当たり散らしてしまった。

その結果……瑠里は青から逃げるように雷雨の中を飛び出し、落雷にあった。

自分のくだらないヤキモチが、瑠里の命を奪いそうになってしまったことは、青の大きなトラウマになってしまっていたのだ。


「 全部……全部……我慢してくれたんだよね?苦手なことも、嫌な気持ちも、ヤキモチも……出さないように我慢してくれたんだよね?私の為だけに!」


青は身じろぎもせずに聞いている。


「 青!私はもうどこにもいかないよ!絶対、死んだりしないから!そんなに自分を責めないで!」


死んだりしない、という言葉に、青の背中が強張った。


「 馬鹿だ、私。大馬鹿だ!なにもわかってなかった!」


瑠里の瞳から再び涙がポロポロ零れた。


「 ヤキモチ妬いたの!自分で連れて来たくせに、頑張って欲しいって言ったくせに、青と絡む高木さんが嫌だったの!」


青に抱きつく瑠里の手に青の手がそっと重なった。


「 青は私の負担を減らす為に助けてくれたのに、馬鹿な私は、ヤキモチ妬いて、勝手に拗ねて… 」


瑠里は青の背中に顔を押し付けて泣いた。


「 ごめんね、本当にごめん……青…… 」


青の手が瑠里の手を優しくさすった。


「 瑠里、泣くな。泣かなくていいんだ。瑠里に泣かれるのが1番辛い…… 」


そうは言われても瑠里の涙は止まらない。


「 青、いいんだよ?ヤキモチ妬いていいの!橋垣君と私が絡むのが嫌なら、嫌だって言って?」


瑠里はそう言うと、青に抱きついていた腕を解き、青の前に回り込んだ。

ちゃんと青の顔が見たかった。


青は、自分の前に泣き顔で立った瑠里の手をそっと握った。


「 私は青の彼女だよね?青は私の彼氏だよね?」


青は瑠里を見上げながら優しく微笑み頷いた。


「 私だって、青が他の子と仲良くしてるのを見るのは絶対嫌だ!」


「 仲良くした覚えは無いけどな。」


ようやく青が口を開いた。


「 青の隣りを走るのは……私だけだと思ってたから…… 」


「 だから急に帰ったのか?」


瑠里は口をへの字に曲げて頷いた。


「 だからメール無視したのか?」


瑠里は再び小さく頷く。


「 そうか、あれは瑠里のヤキモチだったのか… 」


青は瑠里の手を握ったまま、スックと立ち上がった。


「 瑠里があいつと並んで楽しそうに走っているのを見た時の俺と同じだな。」


その後の言葉はさすがに物騒だった。


「 あいつを殺してやろうかと思ったわ。」


瑠里が驚いて目を見開くと、青は笑いながら瑠里の涙を指で優しく拭ってくれた。


「 瑠里の横を走っていいのは、俺だけなんだよ。同じだろ?」


瑠里はうんうんと頷いた。


すると青が突然両手を広げた。

瑠里は迷わずその腕の中に飛び込んだ。


「 仲直りでいいか?」


青が瑠里をぎゅっと抱きしめながら囁いた。


「 うん!仲直りする!」


青の独特の香りを胸いっぱいに吸い込むと、瑠里は心の底からホッとした。

こんなに好きな人なのに、ちゃんと理解出来なかった自分に腹が立って仕方ない。


「 青、私ね…… 」


瑠里が自己反省を口にしようとすると、青が瑠里の口唇に指を当てた。


「 今度は俺の番だ。」


青はすっかり暗くなった空を仰ぎ見た。


「 俺は……初めて人を好きになって、次々飛び込んで来る色んな感情をちゃんと理解出来てないんだ。何よりダメなのは、嫉妬というやつで…… 」


青は瑠里の頬にそっと手を添えた。


「 そのせいでおまえを失うところだった。それがずっとトラウマになっていて、そういう感情は口に出すと瑠里を追い込むんだと学んだ。」


「 だから、テラスですれ違った時のこと知らないって言ったの?」


「 そう。」


青は苦笑いした。


「 二人で楽しそうにテーブルに座ってたのも、二人で楽しそうに帰っていた時も、俺は見なかったことにして黙るしか術が無かったんだよ。……腹わたは煮えくりかえってたけどな。」


瑠里は、ごめんと口の形だけで呟いた。


「 だけど、感情のコントロールが下手過ぎる俺は、きっと瑠里に嫌な思いさせてたんだろうけどな。ごめんな。」


瑠里は首を小さく横に振りながら、微笑んだ。


「 私達って、恋愛一年生だからきっとまだまだ勉強だね!」


「 だな。」


「 青、もっと一緒にいよ?私はもっと一緒にいたい。青は、彼女と四六時中一緒だと息が詰まる?」


青は少し考えてから瑠里を見た。


「 瑠里以外の奴はごめんだけど、瑠里は平気だ。」


「 学校に来てる時は、なるべく一緒に居よ!例えばオープンテラスでも、ランチの時も、時間が合う時は!もちろん自主練も!」


久しぶりに見た得意気に指を立てて振る瑠里の仕草に、青は笑いを堪える。


「 神崎さんには、部活に恋愛を持ち込むなって言われたけど、大学には持ち込むなとは言われてないもん!校内ではラブラブでいよ!」


これもまた久しぶりの楽天的な瑠里節が出て、青はとうとう笑い出した。


「 え!?なんで笑うの?そんなおかしいこと言ったー?? 」


抗議する瑠里に、青は必死に笑いを収めながら、あらためて瑠里を抱きしめた。


「 やっぱ、おまえ可愛いわ。瑠里は瑠里らしくいてくれることが俺の1番の望みだな。」


「 青、大好き!世界で一番大好き!」


青の胸に顔を埋めながらそう言った瑠里の柔らかな髪にキスをする。


「 俺もだ。瑠里以外は要らない。」




その後ーーー

大学内では、そこらかしこで二人の仲睦まじい姿を見られることとなった。

ある時は、オープンテラスで。

ある時は、学食で。

ある時は、隣同士で授業を。

ある時は、当然グラウンドを並んで走る姿。

寄り添うように、いつも楽しげな二人は校内の名物カップルになった。




瑠里と青のエトセトラ the end

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瑠里と青のエトセトラ 美瞳まゆみ @mitou-mayumi

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