第10話『レッドライダー⑩』

 その日のニュースは日本中、ひいては世界中が注目した。

しかしその注目は悪い方・・・の注目だった───。


「見ろ! これがお前らの求めたヒーローの姿だ!」


 中継を繋ぐテレビに向かいガスマスクを付けた男が叫ぶ。

そしてその右手には満身創痍の界人、“サムライブルー”がいた。


「例え特殊な訓練を積んでいようと! こうして負けるのが現実だ! なぜならコイツはただの人間でしかないからだ!」


 ガスマスク越しでも聞こえる大きな声。

そして横たわるサムライブルーとその部下達。

 本当ならカッコいいヒーロー劇が映し出されるはずが気づけば公開処刑のような中継となってしまった。

テレビ局はすぐさま中継を切断するが、昨今のインターネット社会。

生の映像は至る所の映像媒体アプリで配信されてしまう。

 青いヒーローマスクを剥がされて界人は吐血する。

これでもS・A・Tの隊長とその部下一同。

ただの男一人に無双されるようなヤワな鍛え方はしていない。

だが一切歯が立たず気づけば地に伏していた。

何が起きたのかはわからない。

しかし少なくとも目前で声を荒げる男は普通の強盗などではなく、常人では出し得ない膂力を持っている。

一体何者だというのか。

その答えはガスマスクを投げ捨てた瞬間にわかった。


「見ろ! これがこの国が創り出したバケモノの姿だ!」


 その顔はまるで蜘蛛のようであり、人間としての余地も残されている。故にどちらでもない異質な様相をしていた。

そんな男の目からは涙が伝う。


「俺はあの日いつものように訓練して……いつものように寮に戻ったんだ! それなのに………なんで俺はバケモノになってんだぁ!?」


 端から聞いたら何を言っているかわからない支離滅裂な言動。

しかし彼は被害者。

たまたま優秀な自衛官であったが故に拉致され蜘蛛と合体させられた悲劇の青年なのだ。

 男は足元の界人を片手で持ち上げた。


「俺はこの国の為に訓練していた! だけどこんなになっちまった! そんで久々に外に出れたと思えばサムライブルー? レッドライダー? ふざけてんじゃねぇぞ! あの実験がなきゃあ俺は幸せだったんだよぉ!」


 両足を宙に浮かす界人にはこの男が何を言っているのかわからない。

しかしこの涙が嘘とも思えない。

 界人は息絶え絶えながら話しかける。


「お前は………誰だかわからないが……こんな事をして過去が……戻るわけじゃない……」


 自分にも戻したい過去はある。

しかし過ぎ去った時は決して戻らない。

それは誰よりも知っているつもりだった。

だが男に界人の言葉は火にかかる油でしかなかった。


「知らねぇだぁ……? だよな……俺はとうに死んだ人間だもんな……」


 男は下を向いて唇を噛み締めた。


「だからアイツも俺を忘れて………結婚してんだもんなぁ……」


 震える声は悲しみのみを宿している。

しかしすぐに声色は怒りを帯びて憎しみを含んだ。


「オラァ! サムライブルー! この国を守ってるのはテメェみてぇなハリボテじゃねぇんだ! チヤホヤされるような奴じゃあ駄目なんだよ!」

「ぐっ……!」


 男は界人の折れた腕を掴んでスマホを向ける人々に叫ぶ。


「見てろ! コイツは今から死ぬ! そんでその次はレッドライダーだ! あのクソ野郎も殺してテメェらのゴミみてぇなヒーローごっこを終わりにしてやるよ!」


 男は力強く拳を握り締めた。


「この場にいねぇ野郎がヒーローで………俺がバケモノなんざ認められるわけねぇだろうがよぉ──────」

「確かにな」


 一人の男の声が被さるように響き、人々の視線は集まった。

そしてその先にいたのはかつてS・A・Tを率いた若きエース─────本郷一狼だった。









 ずっと考えていた。

自分が姿を見せて以降現れるヒーロー紛いの者達。

そしてそれを糾弾する者もいれば称賛する者もいる。

 あの時一狼は世間に委ねた。

仮面を被った私刑の男はヒーロー足るのか。はたまた、ただの犯罪者なのか。

答えは世間は一狼を“レッドライダー”と呼称した。

しかしそれによって生まれた余波は褒められた方向へと進んではくれない。

現れるレッドライダーモドキ達はいたずらに暴力を振るうだけ。

本当に正しい事をしようとする者かいても怪我をし、再起不能になった者すらいるという。

 望んだものとはあまりにかけ放たれたシンパがまるで新興宗教のように波打って広がった。

果たしてこのままヒーローの象徴のような扱いを受けて良いのだろうか。

いたずらに犯罪者を生み出しているだけなのではないのだろうか。

 一狼はずっと考えていた。

そしてそんな時テレビに映った男が目に止まる。

中継はすぐに切られたが客の持っていたスマホで続きを見る事ができた。

 明かされた顔を見てすぐに理解した。

世界で唯一。一狼だけは彼の生み出された不幸を知っているから。

そして泣き叫ぶ彼の姿が──────一狼に覚悟を決めさせた。









 「一狼………か?」

 

 ぶら下がるようになりながらギリギリの視線で一狼を視界に捉える界人。

 辺りのスマホは一斉に一人佇む一狼に向けられる。

流石の情報社会。恐らく誰かが検索でもしたのだろう。

数分と経たずに一狼の正体が三年前に命を落としたはずのS・A・Tの隊長だと世間中に伝わった。


『やば! 生きてたってこと?』

『前任が助けに来る展開暑スンギ』

『てかマジで映画みたいな事起きてんの草』


 無責任な盛り上がりがネットを埋め尽くす。

出動された自衛隊も、駆けつけた秘密裏の“地球防衛庁”も。集まった野次馬すらも一狼に注目した。

そしてそれが一狼にとっての覚悟・・だったのだ。

 突然現れた一狼に蜘蛛の男は叫びつける。


「テメェは誰だ! まさかレッドライダーなんて言わねぇよな!」

「ああ。俺がレッドライダーだ」


 唐突のカミングアウトにまたもネットは祭りのように騒ぎ出した。

しかし一狼はネットなど目もくれず蜘蛛の男と向かい合う。


「あの日。俺がレッドライダーとして顔を出して以降……人々にあったヒーローへの想いは悪い方向に溢れ返ったように思えていた」


 ふと思い出すのは華子の事。

恐らく彼女もこの姿をテレビ越しに見ているだろう。

 一狼は華子に思いを馳せて続けた。


「一度は姿をさっさと現れて捕まってしまえば騒動は収まるんじゃないかと思った事もある。だがそれはあまりに無責任だ」


 この騒動を生んだ張本人が姿を現せて逮捕されてハイおしまい。

これじゃあ世間は納得しないし一狼の中にも引っかかるものがある。


「そんな時にアンタの姿を見て思ったんだ。あのクソみたいな研究所は俺が飛び出て終わりじゃなかったんだと」

「まさか……じゃあテメェは…!」


 考えた事もある。

爆破させた研究所の中に生き残りはいないだろうかと。

恐らくいるだろう。それも一人ではなく数人。

なにせあの場にいたのは一狼ほどの成功と言えずとも肉体を改造された者達。

たった一度の爆破くらいでは死ぬ事すらできない者もいたはずだ。

 願わずも生き残ってしまった者達はどうするだろうか。

自死を選ぶだろうか。否。そんな事ができるならそもそも一狼と会う前に命を絶っているはずだ。

ではどうするか。

恐らく一縷の望みをかけて死ぬ前に一度だけでもと街に出るのではなかろうか。

そして現実に絶望するはずだ。

己の永すぎた時間と。人と人との儚すぎる情に。

 きっと目の前の男も生き残ってしまった自分と取り戻せない過去に絶望したのだろう。

だからこうして行き場のない悪意を振りまく。

 果たしてこれらの結末に一狼は非がないと言えるのだろうか。

少なくとも一狼は己にこそ非があると考えた。


「アンタを見て覚悟が決まった。あの研究所の結末は唯一幸運を拾った俺が結ぶと。そして人々にいたずらに振り撒いた“ヒーロー像”も俺が背負うと─────」


 一狼は赤いトレンチコートを翻してベルトを顕にしてみせた。


「俺は今日からレッドライダーとして生きる。全ての怒りも、憎悪も、願いも、希望も、全てこの肩に乗せて戦う。それが俺がたった一人だけ拾う事ができた“幸運”に対する対価だ…!」


 力強く手を広げて風車を回すようにして風を集める。

辺りの風はベルトに吸収されるようにして渦巻いた。


「変身…!」


 その日、世界は人がヒーローに変身する瞬間を目の当たりにした。










 力強い拳と共に蜘蛛の男は地面に倒れ込む。

背を付き空を仰ぐ男は意識なく伸びていて戦闘が終わった事は明白だった。

だがそんな事よりも人々の視線を独占したのは赤のトレンチコートに髑髏のような顔。しかし目は◯と✕の形をしておりその異形さを物語っている。

そんな異質な姿形をして佇む男。

彼を人はレッドライダーと呼ぶ。

そして彼は自らもそう名乗った。

 レッドライダーは界人の持つ手錠を蜘蛛の男の腕に付けるとゆっくりと振り向いた。


「一狼……それは・・・お前の望んだ姿か?」


 鋭い一言を浴びせるのは本郷一狼にとって親友と呼べる男、風見界人。

流石親友だ。痛いところを突いてくる。

 レッドライダーは振り向かずに声を発した。


「コイツの膂力は常人のそれを遥かに上回る。通常通りの拘束じゃ意味がないからな。気をつけるんだ」


 界人の返答には答えない。

それはある種の決別でもある。

風見界人は政府が認めた“サムライブルー”。

そして自分は勝手に覚悟を決めた“レッドライダー”。

重なる事はあっても交わってはいけない存在なのだ。

 レッドライダーは近くに停めていたバイクに跨って己に集中するスマホに向いた。


「これからは俺がレッドライダーだ。俺を犯罪者だと糾弾する者も俺を称賛する者もどちらも俺だけが受け止める────俺を見ていてくれ」


 それだけ言い残してレッドライダーはバイクと共に走り去っていった。

己の手を伸ばしてでも取り戻したい過去と決別して──────。



 僕は人間じゃないんです。本当にごめんなさい。

そっくりにできてるもんで、バッタもんの割にですが。

何度も諦めたつもりでも、人間でありたいのです。



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オールレンジャー アチャレッド @AchaRed

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