第9話『レッドライダー⑨』
突然の指令には思わず声が溢れた。
「は?」
上司に対してこんな言い方をするなど言語道断。
しかし指令を出した上司も内容を鑑みて失礼な発言は気に留めなかった。
なぜならその上司すら今回の辞令を出してきた更に上の上層部、つまりは政府に同じように言葉を漏らしたからだ。
界人もその上司も耳を疑う辞令。
それは端的に「マスコット」となれという事だった。
記者会見を終えて荒れたように界人は着替えのロッカーに
スーツと言ってもパリパリのカシミアに小綺麗なネクタイを合わせたものではない。
青いぴっちりタイツの“ヒーロースーツ”だ。
「警察は………遊びじゃねぇんだぞ……!」
大きな声を出して誰が聞いているかは分からない。
しかし溜め込むのも精神衛生上よろしくない。
絞り出したような声が静かなロッカールームに消えていった。
数ヶ月前に突如現れた謎の男“レッドライダー”。
彼の存在は良くも悪くも世間に多大な影響を与えた。
そしてその存在が警察への批判に繋がっている事も重々承知している。
人々は口々に言う。
「レッドライダーはヒーローだ」
その言葉に結ぶように警察も批判される。
仕方ないとも言える。
元より嫌われ役の公務員であり、事実レッドライダーが初めて現れた時に警察は何もできなかった。
だがしかしそれでも秩序を守る為に正義を掲げ続けるのが国家を守る警察なのではなかろうか。
少なくとも界人はそう信じて決意新たにS・A・Tメンバーと共に訓練に明け暮れた。
しかし政府の対応は違った。
誰だか知らんがお偉方は超良策を思いついたかのように喜々として語った。
「国家を守り国民を安心させる男はやはり常に我々“国”でなければならない」
ここまでは良かった。
だが結んだ結末は界人には理解しがたい答え。
「そこで国を挙げてヒーローを一人作ろうと思うんだ。そのヒーローこそが国を守る者であり、レッドライダーはただの私刑犯だと言ってね」
そして選ばれたのがS・A・Tの隊長である風見界人。
政府が批判を嫌がり自分達よりも賞賛される男を否定する為に祀り上げられる事が決まった。
命を守り救う為に訓練してきたのにその結末が政府のマスコットヒーローだ。
界人はどうにか頭を冷静に保ち無理矢理自身を納得させる。
(考えようによっては………明確な抑止力になるかも知れない。犯罪率を低下させる事も可能ではある………)
確信の持てない希望的観測。
だが今はそれしか自分を保つモチベーションはない。
レッドライダーに感じた既視感も政府への不信感も簡単には拭えない。
しかし自身の“原点”は“人を助けたい”という純粋な想い。
界人は決意を固める。
例えマスコットのような扱いだろうと国民に安心を届けようと。
決意を新たに歩き出す界人。
しかし奇しくもその想いに反するように世間は進んでしまうのだった─────。
正式発表された“サムライブルー”への反応は芳しくなかった。
しかし実直に国民の前で演説を行い、誂え向きのイベントでも手を抜かずに頑張る姿は徐々に人々に認められていった。
まるでコミックのような
しかしそんな中ですら“レッドライダー”を名乗る者は後を絶たなかった。
「レッドライダーこそが真のヒーローだ! お前は国の犬でしかないんだよクソがぁぁぁ!」
警察に引き摺られるように連れて行かれる暴行犯はそう叫びながら護送車に乗せられる。
たった一度の衝撃的な登場。
それだけでかの“レッドライダー”は熱狂的な支持を得た。
それほどに人々は疲弊していたのかと界人は頭を悩ませる。
一般的に新興宗教などにハマる人間というのは悩みを抱えている事が多い。
そんな時に自分の存在を丸投げして寄り添う事ができる存在が他者より輝いて見えてしまうのだろう。
恐らく件のレッドライダーも似たような現象に感じる。
度重なる減税や他国人への贔屓。無くならない犯罪。
政府も完璧でいる事はできないが、国民が求めるのはいつだって暮らしやすい“安心”だ。
ここ数年の日本では人々が不安に駆られ、なにかに縋りたいと願ってしまうのは当然なのかも知れない。
ヒーロー文化の根強い日本ではそれほどにレッドライダーの登場は輝いて見えてしまったのだろう。
だがそれでも折れてしまう訳にはいかない。
あの日。親友である本郷一狼が命を落としてから代わりにこの国を守るという覚悟を決めた。
そして“サムライブルー”のスーツに袖を通してから改めて覚悟を決めた。
何があっても折れないと───────。
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