第8話

「私の事を好きになったらだめって話したよね。あー、そっか、だめだ、忘れてるよね。 


それはね、好きになったら私はこの世界から忘れられます。


そして、好きになった人は、ずっと私の事を引きずっちゃいます。誰か分からないけど好きな人がいる気がするの。それで、胸の中でずっともやもやを抱えるの。私は好きな人にそんなつらい気持ちになって欲しくない。きっと君はこの後私の事を忘れます。だから、私は君には新しい好きな人を作って幸せになって欲しい。


お願い・・・幸せになってね。」


「絶対に嫌だよ。そんなの。そんなの君だけが幸せじゃない。」


「大丈夫、慣れてるもの。小学校からだから。


 それにお父さんとお母さんだけは記憶が消えないの。


 だから……大丈夫だよ」


きっと、彼女はこれまでに何度も何度も消えて絶望してたんだろう。

どれほど苦しいのだろう。今まで、楽しく喋っていた仲のいい友達から。そして、好きな人から忘れ去られるなんて。

どれほど悔しいのだろう。自分は思い出を全て抱えているのに。他の人からは自分の記憶だけがなくなっているなんて。

どれほど優しいのだろう。一番に心配することが相手の気持ちだなんて。


この世界で僕だけでいい。僕だけは彼女の事を覚えておきたい。


「僕はまた君の事を忘れてしまうの?」


「忘れちゃうよ。私が転校してきてすぐにね、みんなで遊園地行ったんだ。」


確かに行った。だけど、僕の記憶には僕とこーだいとしょーき。女子は、有村さん、河合さん、矢田さん。の、計6人。


だけど、きっと、そこにも彼女はいたんだろう。


「楽しかったなー。お化け屋敷とかジェットコースターにのってはしゃいだり。メリーゴーランドにみんなで乗ったんだー。だけどね、私がゴーカートに乗りたいって言ったら全員に黙られて、その後、爆笑されて。んー、唯一の心残りは遊園地かな。ゴーカート、みんなで乗りたかったなぁ。」


きっとそうだ。2枚の遊園地のチケット。あれは僕が君を誘おうと思って買ったんだ。ゴーカートに乗るために。


「これも効果なかったなぁ。高かったのに。」


そうして、シャツの下から見えないように隠されていたネックレスをだす。それは、チェーンの掛けられたただの石。


だけど、だけど、僕にはただの石じゃなかった。


おにぎりはファミマ。だけど、チキンはローソン。

普通、おにぎりがローソンでチキンがファミマでしょ。

お菓子だって、君はたけのこ派じゃなくてきのこ派。

シチュー派じゃなくてカレー派なんだろう。きっと。

いつも、僕の好きなものじゃない方が好きで、明るくて、一緒にいると楽しい。


そうでしょう。一ノ瀬一花さん。2年生で新しくきた転校生で、一緒にいると楽しくて。

そんな、


僕の好きな人。


「僕、ホワイトチョコ持ってるんだ。いる?」


「チョコレートはブラックでしょ!

あのね、いつもね、まさぶ君と私は好きなものが違うの。おにぎりはローソン。だけど、チキンはファミマ。普通、おにぎりがファミマでチキンがローソンでしょ。」


「君の事をしりたい。」


「一ノ瀬一花だよ。好きな食べ物はきのこの山!」

『一ノ瀬一花です!好きな食べ物はきのこの山です!よろしくお願いします!』

緊張するはずの初めの挨拶。

それですら明るい笑顔でハキハキと話す元気な子。

ただ、それだけだった。

目があった途端にビビッときたわけでもない。

それなのに、、、


僕は彼女が転校してきた日、そう思っていたんだ。

それともう一つは。


「ぜっったい、たけのこの里だよ!」


きのこよりたけのこでしょ。


「まさぶくんは分かってないなぁーきのこの山の方が美味しいんだよ!」


「「ぐぬぬー」」


「あははは、きのこ派かたけのこ派で喧嘩するって。」


「あのね、まさぶ君は覚えてないけどね、私が転校生してきてすぐの時にね、おんなじ感じで喧嘩したんだよ。」


一ノ瀬さんはまだ夕日とは言えない沈みかけの太陽を眩しそうに見つめる。カラスたちはもう山に帰るのだろうか。カーカーガーガー騒ぐ。

僕は少しだけ冷たくなってきた空気を大きく吸い込む。


「覚えてるよ。だけど、その時は、木川くんって呼んでたのにね。」


僕は彼女の事をからかう。今の僕にできる精一杯。君との記憶、全部全部覚えてるよ。


「な、なん、、で。おぼ、え、てるの。」


彼女の顔からは驚き、戸惑い、そして、喜び。様々な感情が交差して、オロオロしている。

その顔をみてバカな僕は、あー、かわいいなって思っていた。


「その石のおかげかもしれないよ。それを見た時に思い出したんだ。2400円だったでしょ。」


「あ、、の、、ねぇ、、、だ、めだぁ、、ことばがぁ、、でぇない、、よぉ、、。」


大粒の涙が大きな目から溢れ出している。いつもは明るくてお姉さんみたいだけど、今の彼女は。こんな事を言ったら、もーっ、って、怒るのかな。今の君は泣きじゃくって少女みたいだ。


「君を1人にしたくない。だから、僕はどれだけ忘れても、必ず君を思い出す。」


お願いします。今、今、僕に勇気をください。


「付き合ってください。大好きです。前も今も。ずっと。」


「ダ、メだよ、忘れ、、ちゃった、、ら、不、幸にしちゃ、、う、、、」


「不幸なんかじゃない。君といる1分1秒が大切なんだよ。家に帰っても今日こんな話したな。楽しかったなぁ。とか。もっと気の利いたこととか、面白いこと言えたんじゃって後悔したり。かっこつけちゃって家に帰って悶絶したりとかさ。自分のことなのに訳が分からなくなったり。僕なんか、一ノ瀬さんが好きって言ってた恋愛小説を恥ずかしいけど図書館に借りに行ったんだよ。とにかく、忘れちゃっても、今この時をこの瞬間を楽しんでる。だから、記憶がなくなったってこの楽しい時間は無かったことにはならないんだよ。

それに、必ずいつまでも覚えておくからさ。それじゃ、ダメ、かなぁ?


お願いします、君を幸せにしたい。付き合ってください。」


「そんな、こと言われ、、たらさ、、断れない、、じゃん、、。ずっと、私だって好きだったんだから。」


そう言って、涙を溜めながらもニコッと笑う君に、僕はあーかわいいなって思っていた。


「よろしくお願いします。一花、、、ちゃん。」


「結局最後ちゃんにするんだぁー。」


泣きそうな声でだけど、でも、目を細めてからかってくる一ノ瀬一花ちゃん。 


明るくてハキハキ話す元気な子。

最初の挨拶の時はそう思っていた。


2年生で新しくきた転校生で、一緒にいると楽しくて。

そんな、

僕の好きな人。

仲良くなってからはそう思っていた。


そして、今は彼女。

僕も彼女を揶揄う。


「いつのまに、下の名前で呼んでたの?今まで、木川くんだったのに。」


「ちょっとそれはやめ、、て!」


顔を真っ赤にして僕の二の腕をたたく。


「もう会う事もなくなっちゃうから最後くらいは下のな名前で呼びたかったの!なんか悪い!」


最初はボソボソ言っていたのに、最後は大きな声で怒る。

ツンデレみたいと僕は思う。


「お腹すいたね。近くにうどん屋さんあったから行かない?」


「私、そば派だよ。」


「僕はうどん派。」


「「あははは。」


「これから、何回忘れても必ず思い出す。だから、これからもよろしくね。」




この後、二度と記憶がなくなるはなかった。

だから、散々、思い出すから!と言った僕は恥ずかしくて恥ずかしく死にたくなった事は、舞い上がっている僕には知る由もなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この気持ち、解は無し。 裕貴 @yuki1412zzz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ