第7話

 ピピピッ。毎朝聞く嫌な目覚ましの音。だけど、最近はこの音も嫌じゃなかった気がする。でも、今日は学校に行きたくなかった昔に戻ったみたいだ。 

 重たい体を頑張って起き上がらす。ぐいーと体を伸ばすとふくらはぎが攣りそうになる。

 いつも通りの朝。

 そして、いつも通りの朝ごはんと登校の準備をする。


 ただ、胸がずきっと痛んで重い。とくとく鼓動も早い。

 食パン閲覧を袋から出しイチゴジャムを塗って一口囓る。食べる気が湧かないが、齧った食パンを戻す訳にもいかず口に詰め込む。もごもごしてまずいが、咀嚼する。だけど、頭の中では他のことを考えてしまう。

 朝起きてまず目に入った2枚の遊園地のチケット。確かに昨日買った。だけど、何でこんな物買ったんだろう。

 重く渦巻く何かを胸に抱えながら登校し、いつもの日課のしょーきとこーだいと朝の会までの間しゃべり、この変な気分を紛らわす。


「おはよー今日も早いね!」


 元気いっぱいの普通よりちょっと高い声。振り向かなくても、誰か分かる気がする。それを聞くだけでさっきまでの胸あたりの気持ち悪い感覚がなくなり、とくんとくんと優しく心地よい鼓動に戻る。


 だめだ。なんか泣きそう。


 だけど誰?


 思い出せない、なんで。なんで?


 だれ?知らない子?


 絶対に知らない子なんかじゃないのに。分からないけどこう、なんて言うんだろう。脳に深く深く刻み込まれた。そんな感じ。


 こーすけもしょうきもキョトンとした顔をしている。


「あーそっか。忘れちゃったかぁ・・・」


 知らない子は言葉では伝えられないほど悲しそうな顔をする。

 1秒2秒と間が開く。時間が不意に止まったかのように感じる。やっとの事で紡いだかのように声が聞こえてくる。努めて明るく言ってるような感じで。


「えっとねー、転校生なんだけど教室間違えちゃったみたい。ごめんねぇ。」


 そうして慌てて教室を出る彼女。


 何かを隠す笑顔。僕はこの顔をどこかできっと見たはずなのに。

 あの顔を僕は忘れることができなかった。


 1時間目。2時間目。お昼休みも放課後も。僕は、あの子の事がずっとずっと気になってしまっていた。


 まるで、大切な人かのように。


「まさぶーいつメンであそぼーぜ。」


「ごめん。今日はやめとくよ。」


「どうした?大丈夫?今日元気なかった気がする。」


「うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね。」



 帰り道、一人でとぼとぼ歩く。今日のあの子は誰だったのだろう。


 暦では秋のはずなのに、夏でもなく秋でもない中途半端な暑さ。その曖昧な感じが、やけに気に障る。


 「いつか、まさぶが本当に勝負しないといけない時に動けるような人になって欲しいなぁ。って思って名付けたんだぞー。」


 とお父さんが言ってた。


「お父さんもお母さんに告白するとき一生分の勇気を使い切った気がするー」


 僕のなよっとした性格はお父さんゆずりだ。でも、僕とお父さんは全然違う。僕はお父さんみたいに勇気が出ない。好きな子は今までにいたけど告白なんて出来ない。


 勝負なんて・・・


 自分から人に声をかけたりすることも、意見を主張することも出来ない。嫌われるのが怖くて常に可もなく不可もなく至ってふつうであろうとしている。それが、僕だ。


 だけど、僕だって好きな人のためにいつか勇気を出せるようにしよう。

 そう、心に決めた。


「名前を知らないあの子」

 心に残ってる手掛かりを辿る。


 行き着く先は、「夕日の場所」。

 いつだったけ。ちょっと前に誰かに教えてもらったんだ。すっごくきれいな夕日を大切な大切な人とみたんだ。そこで、何か大切な話をして。


 自分が考えていることが分からない。霧の中で小さい小さい何かを探しているようなそんな感覚。あー、もう。髪がボサボサになるまで頭をかく。


 遊園地の二枚のチケットとこのもやもやした気持ちとさっきの女の子。なんなんだよこれ。

 

「まさぶくん?どうして・・どうしてここにるの?・・・なんで、私の事忘れたはずじゃ・・・」


いつか見たような。ウインクをして、夕日に照らされ、本当に綺麗かったような。


 今まで、目の前に広がっていた霧が一瞬で消えていく。探しているのはずっと君だったのだろう。こんな単純でいいのだろうか。ただ、君の声を聞くだけでとくんとくんと優しい鼓動になる。さっきまでのむず痒い気持ちも引いていく。


 聞きたいことはたくさんある。でも、僕はそれ以上に君と喋れることが嬉しかった。


「僕のこと知ってるんですか?」


「うん、知ってるよ。」


 ただ、それだけ言ってうつむく。


「多分、僕の言うことは信じれないと思います。それでも聞いてください。


 朝起きたときからずっとずっーと何かが気になって。だけど、何か分からなくて・・・

 だけど、名前も分からないあなたに会って思ったんです。


 僕はあなたのことが好きだって。」


 膝の裏、首の周りから汗が出てくるのが分かる。どきどきして心臓が割れそう。お願い何か言ってよ。


「信じるよ。まさぶくんのこと。」


 彼女は息を大きく吸い込み笑う。


「さっき、僕のこと知ってるんですかって言ってたでしょ。あれね・・・


 君は私の好きな人だから。絶対にわすれないんだぁ。」


 僕は言葉の意味が分からなくてちょっとの間思考が止まる。


 えへへっ。て、笑う君。


 言葉を理解するのに時間がかかる。嬉しいという気持ちや戸惑いが渦巻く。その時、彼女が少し低く、そして暗い声色で言った。


「だけどね、付き合えないよ。」


 そう言った彼女の目から計り知れない絶望を感じる。


「私の事を好きになったらだめって話したよね。あー、そっか、だめだ、忘れてるよね。 


 それはね、好きになったら私はこの世界から忘れられます。


 そして、好きになった人は、ずっと私の事を引きずっちゃいます。誰か分からないけど好きな人がいる気がするの。それで、胸の中でずっともやもやを抱えるの。私は好きな人にそんなつらい気持ちになって欲しくない。きっと君はこの後私の事を忘れます。だから、私は君には新しい好きな人を作って幸せになって欲しい。


 お願い・・・幸せになってね」

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