最弱怠け勇者と鬼姫の暴走☄奇譚!!

紡生 奏音

オレオニ☆ボーソーキタン!!

「何してんの!? 早く魔王ソイツやっつけてよ! アンタ、勇者でしょ!? この・・アタシを助けに来たんでしょ!? ――だったら、ちゃっちゃとってよ!」


 オレは勇者。現在いま、魔王と対峙している。

 ちょっと前までヒトの姿をしていた魔王だったが、今は姿を変え、獰猛そうなドラゴンとなり、オレにキバいていた。

 さっきの罵声ばせいは守るべき対象である姫のもの。めちゃくちゃ綺麗キレイだし、かなり権力と富のある王国の姫だけど、おとぎ話の姫君みたいに全然しおらしくなくて、しかも性格がよろしくない。鬼姫オニヒメ――とでも言うべきか。むしろ、今のオレには魔王よりもコイツの方が怖い。


「……えぇ~?」

 無意識だったが、オレは即座にそんな返事で拒否していた。

 魔王なんかに勝てやしない。オレはそう思っていた。旅立ってから、一度も魔物モンスターの類に勝ったことがなかったからだ。

 スライムに負け、ネズミに負け、コウモリに負け、ゾンビに負け、オオカミに負け、ミイラに負け、何か変な魔術師に負け…………とにかく負けに負けて負け続けている。

 負けを繰り返しているうち、その場を何とかやり過ごす技術逃亡スキルを身につけたオレは、いつの間にか面倒くさがりやの怠け者になっていた。……これでも一応、最初の頃は正義感あふれる「勇者」だったんだけどな。

 こんな性格を抱え、ここまで来て魔王の城から「姫」を連れ出せたのが奇跡なんだ。……その結果、魔王に目をつけられ、「姫」もとい鬼姫に罵倒される羽目ハメになっているわけだが。


「いいからりなさい!」

 鬼姫からの催促があったが、王様には「姫を助けてくれ」としか言われてない。……つまり「魔王を倒すこと」は依頼されてないんだよな。営業外のことサービス残業はしたくない。

 第一、鬼姫も鬼姫だよ。わざわざ「倒せ」なんて言わなくていいのにさー。せっかく魔王の城から出れたんだし、ここはさっさと逃げようぜ? 後は他の連中勇者がやってくれるだろうし。

 もう一度拒否しようと口を開きかけたら、後ろから思いっきりケツられた。

 振り向くと、金髪縦巻きロールの鬼姫が二重で大きな青い瞳に炎を燃やし、鼻が高くてすらりと整った顔を怒りにゆがめ、真っ白な歯をまるでキバのようにいていた。

 その瞳にはどこにでもいそうな顔立ちの青年――つまりオレが、面倒くさそうな顔をして映っていた。

 ……困ったなぁ。オレは伸び放題でボサボサの髪をポリポリといた。

 言うこと聞かなかったら、魔王よりむしろ鬼姫コイツに殺されそうだ。

 そんなことを考えて、オレは(仕方なく)曲がりなりにも覚悟を決めた。

「やぁ~っ!!」

 武器を構えると、オレは雄叫おたけびを上げながら、魔王に向かって駆け出した。

 オレとしては精一杯腹の底から声を出したつもりだったが、鬼姫にはそれが士気のないもの――やる気のないものに聞こえたらしい。ハァ……というあからさまに大きなため息が後ろから、オレの耳に入って来た。

 (身についた技術逃亡スキルのおかげで無駄に早く)走っているうちに、俺の中に自信のような錯覚ものが生まれる。……何だか、魔王を倒せそうな気がして来た!

 魔王が全速力で走って来るオレをじっと見据みすえる。そして、何に対してなのか、馬鹿バカにするかのように、鼻をフッと鳴らすと、オレに向けて火の玉を口から吐き出し発射した。

 とっさにオレは方向転換して、ソレを避けようと試みる。

 だが、そんなオレを逃すまいと、火の玉はしっかりと背後からまっすぐにオレの元へ飛んで来た。そして――。


――――ドカーンッ!!


 見事命中。

 もろに火の玉を喰らったオレは吹き飛ばされ、その場に倒れ込んだ。


 ……あぁ、花畑が見える。

『将来あなたは立派な勇者になるのよ』『うんっ!』

 脳内で母さんと幼い頃交わした会話が反響する。

 あの頃の正義感はどこへ行ったのやら。

 ごめんよ、母さん、こんな情けない勇者になっちまって。だけど、オレは頑張ったんだ。何とか「姫」を助け出せたんだ。すまねぇが、オレは母さんを残して天国に旅d……――ゴバァッ!!


 ケツに衝撃が走り、オレは覚醒する目覚める

「何やってんのよ! だらしないわね!!」

 無事に花畑死の縁から生還すると、すぐそばに、情けないと言わんばかりに首を横に振っている鬼姫の姿が目に入った。

 ……せっかく、奇跡的に生命いのちが助かったというのに、悪夢は終わりそうにない。

 火傷ヤケドを負ったせいでしばらく身体が動きそうになかったので、オレは何とか視線だけを動かして、鬼姫を見る。

 鬼姫はそんなオレをいたわることもなく見下ろしながら、腕を組み、不機嫌そうに仁王立ちしている。

「アンタがそんなだから、アタシがやらなきゃいけないじゃない! 勘弁カンベンしてほしいわね、全く……」

 文句をブツブツとつぶやきながら、鬼姫が右手を天にかかげた。すると、その手が光り輝いて、どこからか、先端に宝石が散りばめられているやたら豪勢な杖が現れた。

 杖を握り締めながら、鬼姫がふうと息ついて、早口に呪文を唱え始めた。……何を言っているのか、魔法を勉強していないオレにはさっぱりだった。

 魔王はというと、オレが弱かったせいなのか、鬼姫が何をしようが全く気にも掛けていない様子で、すっかり油断していた。

「――行くわよ! 出でよ、そらからの隕石・メテオ!!」

 呪文の詠唱が終わり、鬼姫が声高らかに叫んだ。

 ……。

 …………。

 ………………。

 だけど、しばらく経っても何も起こらなかった。

 少しは身構えた魔王だったが、そうだと分かるとまたすぐに余裕の態度を見せる。

 なんだ、偉そうに言っておきながら、失敗したんじゃないのか? オレも何がしたかったんだろうと疑問に思っていた。……けれど、少ししてから、オレは確かに、小さな物音をこの耳で聞き取った。


――――ひゅるるるる…………。


 それは「何か」が降って来る音だった。オレは何だろうと空を見上げる。

 ――そこには燃え盛っている巨大な隕石が見えた。

 その隕石が魔王目掛めがけて、ものすごい速さで飛んでいく。

 地上に隕石が近付くにつれ、辺りの気温が上昇していく。

 全てを焼き尽くすようなその熱さに、オレはつと汗が頬を伝うのを感じた。

 ふと、まだ動けないオレの首元を鬼姫がぐいっと引っ張った。驚いて後ろを見ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、鬼姫が魔法で防護壁バリアを張っていた。

 防護壁バリアは相当強固にできているらしい。その中に包まれると、熱さを少しも感じなくなった。

「もうすぐよ。 見ていなさい」

 鬼姫が魔王に指差しながら、オレにそう言った。

 何かとんでもないことが起こりそうだと恐れおののきつつ、オレは言われた通り、魔王を見つめる。

 さすがに、その頃には魔王も隕石には気付いていた。あともう少しで隕石が着地するというところで初めて、魔王が慌てふためいて、翼を広げ飛び立つ。

 けれど、隕石もそんな魔王を逃がすまいと、どこまでも魔王を追い続けていった。

 そして、そんな逃亡劇が始まって間もなく。


――――ドッカーンッ!!


 ――見事に、隕石が命中し、魔王が爆発・・した。

「た~まや~!!」

 煙が防護壁バリアに覆われ、外の様子が見えなくなる中、鬼姫がそんな叫び声を上げると、アハハ!! と豪快に高笑いした。

 こ、こえぇ……!

 オレは恐怖に震えながら、ただただ外の光景と鬼姫とを見つめていたのだった。


 しばらく経って。

 煙が消えると、大方鎮火した炎と、魔王がいたであろうその場所に大きな穴と黒い焼け跡だけが残されていた。


 ――魔王が、倒されたのである。


 その当人はというと。

 防護壁バリアを消し、オレに治療魔法を掛けると杖を消し、呑気のんきに背伸びをしていた。

 オレはまだこの鬼姫への恐怖をぬぐうことができず、一定の距離を保っていた。

「ん~っ、これで『一件落着』ね。 さあ、とっとと帰るわよ」

 鬼姫はそう言うと、オレに背中を向けてスタスタと歩き出した。

 素直に従えず、オレはその場に立ち尽くす。

 一応「姫」は助けたものの、「勇者」であるオレは魔王を倒していない。しかも、あろうことか、助けた「姫」が魔王を倒したのである。……こんな異例の事態に、決して明るい未来が待っているとは言えないだろう。

 どうすることもできず、オレはただひたすら青ざめるしかなかった。


 ……まぁとりあえず、こうして世界は救われた――というワケだ。


 ちなみにその後、オレはどうなったかというと、鬼姫に引っ張られ、城へと無理やり連行された。そして、どういう理由ワケか鬼姫がオレを気に入って、結婚まで追いやられて、その先ずっと鬼姫の尻に敷かれる生活を強いられたのだった。(完)

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