第3話 「わからず屋の女達3」 紀子

「わたしは、いったい何だったのよ。」


「いい人だったよ。」


「いい人って、いい人って何よ。」


 彼女は食い下がったが、あきらめたのか

「そう、わかったわ。」そう言って電話を切った。



 以前、夏の終わりも近い蒸した夜だった。 

 黄昏の中を紀子と歩いていると、後ろから来た若い男達が紀子を追い越して、振り返るなり「なあんだ、若くねえのか、ちっ、見掛け倒しかぁ」と言って前方へ消えて行った。 


紀子は34才、腰のあたりまでのロングの髪でスタイルも良く、後姿はたしかに20代に見えるし、ナンパでもしようと思ったのだろう。

 僕は彼女の気持ちを考えるといたたまれない気持ちになり、そして、何でその男のセリフを黙って見逃してしまったのだろうかと、後悔した。

 男として彼女を守ってやれなかった情けなさだけが残った。

 紀子は、僕と付き合う前、年下の男と6年間つき合っていたそうで、しかし突然振られたそうだ。デパート化粧品コーナーでメーカーの派遣社員として働いており、背も高く、仕事柄美人の部類であり、僕が色黒の顔をしているものだから、「わたしが必ず、真っ白な顔にしてあげる」って、よく、一人力んで言っていた。


 彼女は宝塚の大ファンで、よく宝塚のスター達の話をし、また、丸山明宏のファンでもあり、コンサートに行って彼女の語りに心酔したとも話していた。

 それで、僕には興味もなかったが、とあるホテルのクリスマスのディナーショーに丸山明宏のショーがあると知り、前売券を買って紀子と行くことにしていた。  

 だが、クリスマスのその日を迎える前に、僕は彼女との別れることを決めた。

 彼女は僕に心酔しており、二人で家庭を持つことを夢見ていたはずである。

 彼女の優しい性格や料理の腕前、そんなところには申し分なかったが、僕の心には、どうしても消せないジレンマがあった。

 昔好きだった女性によく似ていて、でも昔のあの人のほうが綺麗だと感じてしまう。

そうして僕は、急に残業が入り行けなくなったと、ディナーショーの切符を彼女に渡し女友達と行かせた。

 そして、ショーのあったクリスマスのその夜、うれしそうに電話してきた彼女に別れを伝えたのだった。

夏の終わりの蒸し暑い夜が来ると、あの時の屈辱を想い出し、彼女を好きで護る気概があれば、あの若い男を殴り倒していただろうと思い返しているのだ。

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『わからず屋の女達』 風猫(ふーにゃん) @foo_nyan

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