第2話 「わからず屋の女達2」 恭子

 夕闇の迫る羽田で僕は一日便を繰上げたチケットを手にたたずんでいた。

 もう、彼女に会うためにここへ来ることはないだろうと思いながら。

彼女との出逢いは、偶然のチャットからだった。時々会話が楽しくて、顔を出していた九州の仲間が中心のチャットだった。

彼女はその常連の一人で、キョンちゃんと呼ばれひょうきんな発言で人気者となっていた。

 彼女がメンバーだと知って三度目くらいの時、彼女が話かけてきた。それも他のメンバーには聞こえないツーショット専用回線で。


 さりげない会話だったが、なんだか愚痴のようで、誰かに聞いて欲しかったようだ。

それから、頻繁に僕たちは二人だけの会話をするようになり、やがて、彼女との会話は恋人同士の会話へと変わっていった。


文字の会話から音声の会話へ。そして僕が会いに行くこととなった。

 待合せの場所に彼女が指定したのは、日本橋の高島屋の前。地下鉄駅から高島屋の最寄の出口へ出ると、そこは正面入口の傍で、ショーウインドに哀愁を帯びた映画のポスターが飾られ、まるで僕たちの出逢いの場面を演出しているかのようだった。



 金曜の夕方だった、仕事を終えた彼女を待つタイミングだったが、彼女から少し遅れるとのメールがあった。

 やがて現れた彼女は、焦った足取りで、高島屋の入口へ急ぎ歩いていった。

 その間、後ろから彼女を観察しながらゆっくりと後を追って行った。

彼女は写真を一枚だけ送って寄越していた。飲み会のあと会社員の同僚たちとの写真だというが5〜6人で写っているなかで女性は彼女ひとり。

 派手な化粧でおもいっきりふざけ顔してるのでまともな顔がどんなだか、わからない写真だった。

現れた彼女はロングヘアーを左から七三の分け目を入れ、小柄だがとびっきり目を引く愛らしい美人だった。

僕に気が付くと、安心した表情を見せ、そしてはにかみながら挨拶をした。

 それから僕たちは再び地下鉄で彼女の一人娘の幼稚園児を迎えに行き、僕が予約した渋谷の蟹道楽で食事をした。

その夜、ホテルに二室で泊まったが一室は無駄になった。何故なら、彼女はずっと僕の傍らに居たから。


 彼女の暮らす西葛西の街は、程よい商業地区の広さで、快適な都会生活のできる街だった。そう遠くないディズニーランドにも度々出かけたが、僕たちのお気に入りはスーパー銭湯だった。湯上がりにビールと料理、それが彼女の望みであり、時には別室のカラオケルームで歌も唄った。彼女の娘は、僕のうたう歌のフレーズを覚えマネをして笑わせた。


僕たちは、二ヶ月に一度くらいの会瀬を交わし、伊豆や房総、都内の公園や遊園地、巨大ショッピングモールなどにも出かけた。正月も初詣に行き、未来の幸せを願っていた。

生後まもなく離婚して、母と二人きりで甘え放題で育った娘は、小学校に上がり、女の子に成長するとともに、自分中心の生活でない場面に反抗を見せ、あるとき強く叱った。 

 大人の男に叱られたことのない娘は、叱られたあと怖がり泣き続け、それを見かねた彼女は、僕に今すぐ去るように伝えた。

 彼女にしてみれば、それは一時しのげば治まることと思ったのかも知れない。 

 けれど、僕はそう思わなかった、子供の気持ちを理解して優しくすることは大切だが、家族になろうとしている僕に対して、一時しのぎの犠牲を押し付けるだけ、仲裁をすべきときにそれをしない人、そうはっきり感じから、これで最後でいいのかい?、そう心でつぶやいて彼女の目を見つめていた。

今でも、つい彼女の名前を口にすることがあるほど、心に入り込んでいた面影が消える日はいつになるのだろうか。



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