武侠小説の主人公になるのは難しい
ネガティブな執筆妄想者
第1話 『天地書』
——
それは高度な演技力で人々を騙し、時には己をも欺き、目的を果たす。現実において最も優れた役者ともいえる専門的職業だ。俺は騙し騙されるこの業界の中ではちょっとした有名人…いいや、各国に顔を報道(通報)されるぐらいには有名だと胸を張って言えるだろう。
「流石にメリケン人たちの裏金に手を出したのは不味かったか」
とは言っても、後ろ暗い奴らに対して罪悪感もなんも浮かばないがな。
『国際指名手配犯』——宗は、追われる身であるものの、まるで緊迫感や焦燥を感じるそぶりも見せず。赤提灯に飾られた異国の街中を悠々と歩いていた。
「
「
流暢な漢語で地元の住民たちとの交流に馴染んでいる男はどこからどう見ても長年この土地に住んでいる地元民にしか見えない。あらゆる環境に溶け込み身を隠すためには、世界各国の言語をマスターするのはプロ詐欺師の基本中の基本だと思っている。
――多分そんな詐欺師は世界でひとりしかいないが。
がやがやと、喧騒が混じる夜市はこの街の観光名所として人々に知られている。夜市といったら、あらゆる屋台に出される華国ならではの多種多様なグルメ。
俺はこの国に身を隠してからそろそろ二ヶ月が経つ………。
今やほとんどの晩飯はここで済ませてる。
当然、今晩のめしも通い詰めている、好物である肉まんを買いにきた。
日が沈んだ直後のこの時間帯は特に人混みに溢れている。十分な横幅をとっている街道ですらその人だかりやあちこち飛び交う客呼びの呵声に流されそうになる。
目に見る盛況な光景とは反対に。丁度街道が一覧できる路地裏の位置で、この肉まんだけしか売らないオヤジさんの古びた三輪車に乗せた、こじんまりとする小さな屋台。
あちらの世界とこちらの世界が切り離されたように見える。
「
――そう、危機感だ。
通常、こんな身一人で三輪を引きながら商売するいかにも年寄りな相手に危機感なんてどうかしてると言われるだろうが。俺は確信している、この“オヤジさん”はただの肉まん売りではないことを。
蒸し立ての肉まんと一緒に手渡されたのはボロボロに擦り切れて、いかにも歴史を感じる一冊の書物だった。
「
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……縁、か。
正直俺は占いについて迷信的ではない。オヤジさんには悪いが、身を追われる立場の自分に得体の知れない物を側に置くのは少しばかり気が引ける。
「
断りの言葉を口に含み、発声と同時に目の前に立っていた老人の姿は煙に巻かれ、風と共に消え、どこにも見当たらなくなった。
「……」
「夢でも見てんのか俺 ……」
(つーか占いなんて絶対嘘だろ)
老人の姿が消え去る直前に、口元の上がった口角を見逃すわけがない。きっとろくでもないもんを押し付けられたに違いない…。
長年危機を察知してきた詐欺師の直感がそう言ってるんだから、間違いなく厄介事に巻き込まれたに違いない……。
前々からただものではないオーラを放っていたけど、まさか妖のたぐいか?
不可思議な逃げ技に苦笑いと共に盛大なため息をつく。
シェンはやれやれと頭を横に振り、片手で熱々の肉まんを紙袋から取り出し、熱々と湯気が立つそれをはふはふと一口頬張る。
「あっつ、……うめっ」
肉汁いっぱいの肉まんを頬張りながらその表紙が擦れて朧げになっている古本に視線を落とす。
お詫びのつもりかか分からんが、いつもより肉まんの餡の量が多い気がする。……これでますます怪しくなってきた。
古文の書はあちこち擦り破れていて土黄色の表紙に書かれている漢文字は途切れ途切れで、辛うじて読める程度まで磨損していた。
「……ん?《天地書》? 」
薄暗い路地裏では賑やかな夜市を飾る提灯の暖光を拝借して、『天地書』なる書物に疑いの気持ちを込めながらそれをそっと開いた。
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武侠小説の主人公になるのは難しい ネガティブな執筆妄想者 @arin0929
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