第104話 ずっとやってみたかったの


 俺とアリシアが結婚式を挙げてから、数週間ほどが経った。

 オズリンド家の嫡子であるアリシアと結ばれたということで、俺は貴族社会を生きる上で必要な知識などを学ぶ必要がある。


「……今日はこの辺りでいいだろう」


「は、はい……ありがとうございました」


 ほぼ一日中、俺はディラン様と一緒に執務を行っていた。

 大変だとは知っていたが、その想像を遥かに超える激務に……俺は満身創痍だ。


「体を使うのは得意でも、頭を使うのは大変だろう?」


「そうですね……」


「少しずつ慣れていけばよい。全てを一人でやる必要はないのだからな」


「しかし、アリシアを支えられるように、もっと頑張りませんと」


「いい心がけだ。しかし、無理はしないようにな」


「はい。失礼致します」


 俺はディラン様に一礼して、書斎を退室する。

 今日はもう疲れたから、早く休もう。

 そんな風に思っていると……


「お疲れ様。今日もこってりと絞られたようね」


「アリシア!」


 背後から声を掛けられて振り返ると、そこにはアリシアが立っていた。

 もうかなり遅い時間だというのに、寝ないで待っていてくれたのだろう。


「ごめん、今日も遅くなった」


「いえ、いいのよ。貴方が頑張ってくれているのはワタクシのためでもあるんだから」


 そう言ってアリシアは俺に駆け寄り、胸にしがみついてくる。


「でも……分かっていても、寂しいの」


「ああ、俺もだよ」


 アリシアを強く抱きしめ返す。

 本当はずっとこうしていたい。

 しかし、俺が彼女と結ばれるためには……こうした試練の日々を受け入れなければならない。そう覚悟して、俺は彼女と結婚したんだ。


「ねぇ、明日は久しぶりの休みだって聞いたわ」


「うん。だから、一緒に過ごせるよ」


「それはとても魅力的ね。でも、明日は貴方のために時間を使いたいの」


「俺のために……?」


 アリシアの言葉の意図が分からず、俺は首を傾げる。

 いつもの彼女なら、朝から晩まで(ピーッ)したり、(プーッ)したりしたいとわがままを言いだすものだが……


「ここのところずっと、デスクワークばかりだったでしょう?」


「ああ、そうだな」


「だから体を動かす機会がなくて、うずうずしているんじゃない?」


 言われてみれば、たしかにそうだ。

 日課の剣術の稽古もサボり気味になっているし、これはアリシアの騎士としてよくない状況であるとは思っていた。


「そこで、グレイに思いっきり体を動かせる環境をプレゼントするわ」


「それって、どんな……?」


「ふふふっ、それは明日のお楽しみよ」


 アリシアはくすくすと笑うと、俺の腕に自分の腕を絡めてくる。


「さぁ、今夜はもう寝ましょう。明日に備えて、今夜は三回だけでいいから」


「……それでも三回はするんだね」


 という具合で、俺はアリシアと寝室に戻り……ちゃんと愛情を深め。

 翌日を迎えることとなった。


【ブレムファイ学院 魔法実習場】


 翌朝。アリシアに連れられてやってきたのは、ブレムファイであった。

 魔法の学院で何をするのだろうかと思っていると……


「今日はこの実習場を貸し切りにしているの」


「へぇ……」


 これだけ広いスペースを自由に使えるのは気持ちがいいな。

 ランニングをしたり、普段は危険で使えない剣技を練習したりするのもいいだろう。


「それとね。大伯母様とお師匠様に頼んで、この空間に強力な結界を張っておいたわ」


「結界? なんでまたそんなことを?」


 体を動かす程度なら、そこまで念入りな守りは必要ない。

 それこそ、魔導使いであるアリシアが本気で戦いでもしない限り……


「……あっ」


「ふふっ、ようやく気付いたようね」


 そう言いながらアリシアがパチンと指を鳴らす。

 すると彼女の目の前に、氷で作られた長杖が出現した。


「もしかして、俺と……?」


「ええ。よく考えると、まだ一度も貴方と戦ったことは無かったでしょう?」


 言うが早いか、アリシアの真紅の瞳が蒼く染まっていく。

 これは彼女が本気で魔力を溢れさせる時に起きる現象だ。

 

「せっかく夫婦になったんだし、互いの実力をしっかりと確認しておくべきだと思わない?」


「……俺がアリシアに勝てるとでも?」


「そうね。ベッドの上だと、ワタクシがよく勝っているわね」


 アリシアが杖を振るう。

 小手調べのつもりなのか、鋭い氷の矢が俺の元へと迫ってきた。


「最近は、そうでもないと思うけど? 昨日だって、先にダウンしたのはアリシアじゃないか」


 俺は妖刀ちゃんを引き抜くと、氷の矢を簡単に叩き落とす。


「アレは……グレイが、ワタクシの弱点ばかり攻めるから」


「いやまぁ、そんな話をしたいわけじゃないんだけど」


 顔を真っ赤にして照れるアリシアに呆れつつ、俺は言葉を続ける。


「俺はアリシアの騎士だ。だからアリシアに刃を向けたくはないよ」


「嬉しいことを言ってくれるわね。でもねグレイ、これは必要なことなのよ」


 再び、アリシアの周囲に魔力が集まり……氷の結晶がいくつも宙に浮かび始める。


「貴方がワタクシに負けるようなら、騎士失格ということになるじゃない」


「……それを言われたら、俺も引き下がれないよ」


 俺は妖刀ちゃんを強く握りしめ、その力を発動させる。

 妖刀ちゃんの刀身から吹き出した炎が俺の全身を包み、龍族の力を刻み込んでいく。


「怪我をさせないようにしたいけど、万が一の時はごめん」


「そんな気遣いは無用よ。ワタクシは七曜の魔導使い……もう、貴方に守られるだけの弱い女じゃないんだから」


 向かい合ったまま、俺たちは笑い合う。

 貴族令嬢と元平民。

 魔導使いと騎士。

 妻と夫。

 果たして、強いのはどちらなのか……


「行くぞ、アリシア!」


「ええ、来なさいグレイ!」


 こうして俺たち夫婦の戦いは、その火蓋を切って落としたのである。



*******************************

 

 遂に書籍版のイラストがお披露目となりました!

 アリシアとグレイのイラストが気になるという方は、以下のURLからご確認くださいませ。


https://twitter.com/gagaga_bunko/status/1672181451050328067?s=20


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【書籍版発売中】氷結令嬢さまをフォローしたら、メチャメチャ溺愛されてしまった件(Web版・バトル仕様) 愛坂タカト @aisaka3290

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