美しい地獄

一瀬悠

第1話


 2020年。それは突如僕らの前に立ち塞がった。前例のない3ヶ月にも及ぶ一斉休校。訳もわからずに、始まったのかすら曖昧な新学期。今年で引退にも関わらず部活もできない日々。次々となくなる大会、発表。そんな時、学生たちは何を考え、どう感じたのか。


***


 そりゃ最初は休めてラッキーって思ってたけどさ、3日で飽きちゃって。友達とも通話はできるけど会うことも遊ぶこともできなくて。部活とかも行けずに3年になった自覚も持てず、お世話になった先輩たちを満足に送ることもできなかった。ーーそりゃきつかったよなぁ。今まではあれだけうざかった学校もこれだけ行ってなかったら恋しくなるもんだ。そして何より部活がないのがきつかった。俺は別にバスケそんな好きじゃなくて部活に命かけてたわけではないけどさぁ、それでも……なぁ。

 

 冷めるかなと思った。今までも多少は熱込めてやってた時もあった。物語みたいに劇的なことはなかったけどさ、俺だって努力もしたし悔しい思いもした。けどこんだけ長いこと部活しなかったら冷めるかなと思った。練習もろくになく、大会無くなってモチベもない。そんな状況だったけど逆に落ち着かなくなったんだよ。こう…ソワソワしちゃって。こんなんでいいのかと思って柄にもなく自主練なんかもしてみてさ。そうやってしてるうちに気づいたんだよ。俺怖かったんだなぁって。試合に負けるのが怖くて、仲間の足引っ張るのが怖くて、どれだけ努力しても結果が出ないことが怖くて。だから斜に構えて練習サボったりしてたんだろうなぁ。ま、こういうこと考えたりできたから、うれしくはなかったけどいい機会だったか。


 そんで心機一転、自粛期間過ぎたら大会とかもあるし頑張ろうと思ってたんだ。今更スタメン入ったりとかはできないかもしれないけどさ、ベンチで盛り上げたりみんなをサポートすることぐらいはできるだろって。俺なりに後悔のないように必死にやろうって、…もう遅いかもしんないけどさ。


 そんなこと考えてちょっとずつ練習とかも再開し出して。俺も必死に練習して、声出しとか準備、片付けまで全力でやって。仲間や監督なんかにも、お前どうした?なんて聞かれてさ。俺なりに思うところがあったんだよ、なんて俺は少し笑って言って、それを聞いてみんなは少し目を見開いて嬉しそうに笑う。……あぁ本当にあの時は最高に楽しかった。めちゃくちゃ雰囲気とかも良くて、こうしてみんなで笑ったり泣いたりして引退できるんだろうなって妄想して。ーーけど、今までサボってきたツケなのかなぁ。そうやって思ってた矢先のインターハイ中止。もう本当に目の前が真っ暗になって。監督も本当に言いづらそうにしててさ、泣き崩れる奴もいて。本当に…悔しかった。悔しくて、哀しくて、情けなくて。


***


 体は遠く心は近く。今、世間ではそんなふうに言われている。ソーシャルディスタンスを保って。喋らないで。ご飯も黙食。ーーふざけないで。そんな正論聞きたくない。なんで私が、私たちがこんな間に合わなくちゃならないの?今年高校に進学して、不安もあったけど期待に胸を膨らませてた。けど、卒業式もなくて、高校入っても1日30分とかだけ行って。ひとクラスずつ一切話さずに帰ってきて。半年ぐらい経った今でも、友達がマスク取ったら誰かわかんなくなるの異常じゃない?ちょっとうるさかったり接触してるとすぐ注意注意注意。…してはいけないのも分かってる。意地悪したくて言ってるんじゃないっていうのも分かってる。でも……苦しいよ…


 行事とかも全部無くなって。授業とかテストとか、嫌なものはそのまま何も変わらずに残って。でもそれがあったから乗り越えてこれたモノは悉く消えていって。校外学習、修学旅行、大会、音楽祭。知り合いの先輩は修学旅行に行けなくて悲しそうだった。それの代わりにあった1日校外学習、それすらもとても楽しかったって。でもまぁ、尚更修学旅行、行きたかったなぁ、そう言ってた。あぁ、本当に、どうして、なんで「今」なの?


***


 あたし馬鹿だから分かんないけどさ、今のこの状況って誰が悪いわけでもなくない?周りの大人とかはさ、政治家責めたりちょっとでも体調悪いやつがいると責めたりするけどさぁー、それってなんかちがくない?確かにやな奴ってのはいるけどそれっていつものことじゃん。なんかみんなマジで疑心暗鬼になってんなーって思った。あたしたちの敵は人なの?違うんじゃない?みんな分かんないのは一緒じゃん。そりゃどーすればいいかなんて誰も分かんないよ。そのなかでさぁ大人とかはできること探してやってるんじゃないの?正解でも最適解でもないかもしんないけど、今の最善なんじゃないの。不安になんのは分からんでもないけどソコだけは間違っちゃダメでしょ。敵は人じゃない。誹謗中傷する暇あったらちょっとでもできること考えたらって思う。


 医療従事者の人たちとかさぁ、本当に大変だったと思う。だったってか今もかな。最初は全部が未知で何すればいいかも分かんなかったと思う。そんななかで頑張ってきたんだからマジで頭上がんないよねー。あたしたちも我慢しなきゃダメなこと多いけどさ、そうやって協力して支え合うってのが大事だなぁーなんて思ったりした。


***


 『まだもしかしたらって諦めきれなくて、それでも必死にやってきた。この状況を言い訳にしたくなくて、これだけやったから、なくなるわけないって、ありもしない何かに縋って!プレッシャーではない息苦しさ、マスクの下の熱が、ずっと胸の奥でも燻っていた。それでも諦めずに耐えて、折れずにここまできた!全てのチャンスを、機会を奪われてもそれだけは、揺らぐことはなくてッ!たとえ誰にも見られなくても形として結果が出なくても、それでも俺達私達が、走り続けた、弾き続けた、打ち続けた、泳ぎ続けた、やり続けた意味は絶対あったからっ!!!』


 その輝きは、その景色は、挑み続けたものにしか見られない景色だった。


***


 第910112210493類

 第389世界 太陽系第3天体 地球

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