第8話 エピローグ
エピローグ
夕陽が綺麗にゃー
夏休みの終わり、虫取り禁止令の解けたキーは、鉄塔の原っぱで最後の虫取り楽しんでいるにゃ。
そう最後、秋になれば蜻蛉なんかはまだいるだろうけど、ほとんどの虫は次の夏にならないと湧いてこない。季節の終わりは、小さな足音を立てて近づいていた。
伸縮自在の虫網を振るい、鉄塔の柵にいる蝉を捕まえると、嬉しそうにミーの側に持ってくる。セミは、体全体を震わせて抗議の声をあげる。
ミーが、目を細めて小さく鳴いて答えると、満足そうに微笑んで虫籠にしまった。そして次の獲物を探しにいく。
「キーちゃん」
優しい声がキーに呼びかける。
あーさんが浴衣の袖口を押さえながら小さく手を振っている。足元にはご機嫌にかぎ尻尾を振る長老が座っていた。
あーさんは、見違えるほどに綺麗になっていた。
いや、綺麗に戻ったというべきだろう。
乱れ放題だった白く、長い髪は、椿油を塗ったような光沢を持ち、夕陽に当たられ、優しい光を放つ。血色も良く、柔らかく微笑む目には生気が溢れていた。菫の描かれた白地の夏着物を着こなし、所作の一つ一つが美しく、生きる力に満ちていた。
まさにミーの知るあーさんにゃ。
キーもあーさんに気づいて大きく手を振った。
あの後、自分の布団に戻されたキーは、全て夢だと思ったらしく、手に入れたヘラクレスリッキーがいないことに非常に落ち込んでいたにゃ。ちなみにヘラクレスリッキーは、たまちゃんが元の飼い主の元に戻した・・はずにゃ。
それでもいい夢だったという実感は残っていたらしく、起きた後にママさんととーちゃんに嬉しそうに話していた。
二人とも妙にリアリティのある夢だなと思いつつも可愛いキーの話すことを嬉しそうに聞いていた。
それがただの夢ではないのではないかと気づいたのは、とーちゃんだった。
あーさんの家に訪問したとーちゃんは、驚愕した。
あんなにも生きる気力を無くしていたあーさんが綺麗に身支度し、男ならどんな年齢の者でも身悶えるような艶やかな笑みを浮かべて出迎えてくれたからだ。
とーちゃんより先に来ていた娘さんも驚きを隠せていなかった。
たった一晩でのあまりの変化に二人の脳は、誤作動を起こしそうになっていた。
「何があったの?母さん」
娘さんが声を震わせて聞くと、あーさんは、嬉しそうに笑って「内緒」と可愛らしく唇に人差し指を当てる。そして迷惑掛けたわねと、手作りのレモネードを振舞ってくれたそうにゃ。
ちなみにこの話しは、ミーが見たのではなく、長老に聞いたにゃ。
なにせ翌日もミーは、筋肉痛になったかのように動けなかったので。
あーさんは、あの夜のことを娘さんにもとーちゃんにも、話さなかった。夢だと思ったのかもしれないし、話したら全て嘘になってしまうと思ったのかもしれない、話しても誰も信じないと思ったのかもしれない。しかし、それでも・・・あーさんは、幸せそうだった。伝えたいことを伝えたい相手に伝えることが出来たから。
「何か捕まえたの?」
「うんっ蝉捕まえた!あーさんは、どこ行くの?」
「今日は、久々に娘と孫たちとご飯に行くのよ。色々と心配かけちゃったからね。たくさんご馳走様してあげるの」
そう言って優しくキーの頭を撫でる。
キーは、気持ちよさそうに口元を緩ませる。
「キーちゃんも遊びにいらっしゃい。美味しいお菓子用意しておくからね」
やったーっとキーは、大喜び。
「本当にありがとうね」
小さく、優しく呟く。
そしてキーの頭をもう一度、撫で。そしてキーの足元に座るミーの頭を撫でると、「またね」と言って去っていった。去り際に長老が愛らしい顔で嬉しそうに鳴いた。
そしてこちらを振り向くといつもの長老の顔に戻る。
「ミー」
なんにゃ?
「あんたは、本当に世話焼き猫だよ」
そう言って前を向くと、あーさんの後を追いかける。
ミーは、意味が分からず首を傾げるが、悪い気はしなかった。
キーは、両手を大きく振って見送った。
「じゃあミー、僕たちも帰ろうか?」
ミーは、小さく鳴いてイエスと答えた。
キーは、嬉しそうに笑うと、次に爆弾発言をした。
「明日ね、ノンちゃんが最後のお泊まりに来るんだって!楽しみだね!」
満面の笑みを浮かべるキーに反してミーの毛が逆立って凍る。
キーは、アニメソングをハミングしながら虫網と虫籠を持って家路に向かって歩き出す。
ミーは、夕陽に照らされたキーの幼い背中を見て目を細める。
キーは、まだ六歳、そしてミーはもうすぐ十三歳。
一緒に過ごせる時間は、どんどん少なくなっていく。
いつまで一緒にいられるかにゃ?見守れるかにゃ?
ミーの小さな胸がきゅっと絞まる。
早く大きくなってにゃ。
ミーも一日でも長くいられるように頑張るにゃ。
そのためにも・・・。
「健康診断とアンチエイジングか・・・」
嫌がらずに病院と運動をしようと小さく誓った。
『・・・い』
掠れるような声が聞こえた。
小さい,
『ねが・・・い』
でも、切実な声。
『お願い』
ミーは、空を見上げた。
淡い光を点滅させてワタゲが宙を舞っていた。
悲しそうに、寂しそうに。
蛍のように揺れながらミーの頭の上を飛ぶワタゲをミーは、目を細めてみる。
あの夜のワーさんとあーさんの姿が頭に過ぎる。
「会いたかった」
二人の心からの願い。
ワタゲは、ただ浮かんでいるだけではない。何かしらの思いを持ってそこに存在している。
そしてそれを聞くことが出来るのはかぎ尻尾を持つ猫だけにゃ。
「言葉で伝えないと」
そう、言いたいことがあるなら伝えないと。
なんでも出来るわけではない。むしろ出来ないことの方がほとんどにゃ。
でも、やらないよりはやった方がいい。
いいに決まっているにゃ。
ミーは、意を決して言葉をかけた。
「どうしたにゃ?」
ワタゲの動きが止まる。
目は、ないがじっとミーを見ているよう。
ミーは、かぎ尻尾をぴんっと立て、人間ならにっこりと微笑んでいるような表情でワタゲに言う。
「ミーが話しを聞くにゃ」
虫取り小僧と世話焼き猫 織部 @oribe33
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