第75話 決別
突然ライクに決闘を申し込まれた俺は、すぐにその申し出を受け入れた。
正直、決闘なんて何の意味があるんだと思う。だけどそれでライクが満足してくれるのなら、俺は受けなければいけない気がした。
ミリヤには「やめなよ」と止められたが、師匠は反対に乗り気だった。「弟子同士の決闘とか燃えるな」とか言っていて、この人はこの状況をあまり深刻に捉えてないことが分かった。父さんはまだ泣いていた。
店を出て、そのまま街のすぐ外へ向かった。流石に街中で剣を振り回すわけにはいかないし、遠くまで行くと魔物が出てくる可能性があるから、ここら辺がちょうどいいのだ。
修行中に木剣でライクと試合を行うことはあったが、まさか真剣で剣を交える時が来るとは。お互い下手したらただでは済まない。ある程度の力は抜かないといけない。まあ、俺が一方的にやられるのかもしれないけど。
ヘストリアで調達した剣を腰から抜いて構える。そして相手を見て——気づいた。ライクが手に持っている剣はエルフの里に代々伝わる妖精の剣だ。どうやらちゃんとライクのもとに渡ったらしい。
これはシナリオ通りだ。だけど。俺が誕生日にプレゼントした剣を使用していないことに少しだけショックを受けた。
まあ妖精の剣の方が優れ物だろうし、勇者に相応しいか。それに俺が作った剣なんて使いたくないだろう。
「いいか? 魔法の使用は禁止。お互いに重傷になるような攻撃は自重しろよ。寸止めでいいからな。勝敗は俺がつけてやるから」
「はい」
「…………」
「おいライク、聞いてるのか?」
「……はい」
審判役の師匠の声が聞こえなかったのか、ライクは返事の催促を受けてやっと反応を示した。
涼しい風が頬を撫でる。暑くもないしちょうどいい気候だ。なのに手汗が尋常ではない。
緊張する。もしかしたら魔物と戦う時より緊張しているかもしれない。
だけど、どこか心が躍っていた。模擬戦でライクに一度も勝ったことないけど、俺だってこの旅で成長してきたはずだ。もしかしたら……俺は勇者に勝てるかもしれない。そんな淡い期待が胸にあった。
「それでは——始め!」
開始の合図が聞こえた。まずは相手の動きを観察して——
「っ!?」
気づいたらライクが目の前にいて、俺の体を一刀両断する勢いで剣を振ってきた。何とか反応して相手の剣を自分の剣で受け止めるが、重すぎてそこから動かすことができない。
村を出てから、一度だけライクの戦っている姿を見たことがある。それもつい先日のこと、ヘストイアでの
「あれ。ライクってこんなに俊敏に動けたっけ」
師匠の驚いたような声が聞こえた。何があったのかは知らないが、どうやらこの短期間で急成長したらしい。……さすが勇者だ。
押し返すことはできないが、何とか相手の剣を止めることだけはできている。鍔迫り合いの状態が一分ほど続くと、押し切ることはできないと判断したのか、ライクはその剣を一旦引き——連撃の構えに入った。その一つひとつの攻撃が重く、受け止めることはできるが反撃に出る余裕は微塵もない。
あ、無理だ。これは勝てない。圧倒的実力さを目の当たりにした俺は、勝つことを諦めようとした。
——いや、ここで諦めるにはまだ早い。せめて一太刀は浴びせたい。これは模擬戦なのだ。少し無理したところで深刻なことにはならない。ここは胸を借りるつもりで挑んでみよう。
何度何度も攻撃を叩き込んでくるが、流石に続いてくると疲れが出てくる。ライクの攻撃が緩むその一瞬を狙い——迫り来る剣撃を弾き返し、カウンターを仕掛けた。
——のだが、ライクはそれにあっさりと反応してみせた。そして弾き返しされた俺の剣は、俺の手元から飛んでいき……数メートル離れた場所に音を立てて転がった。
一瞬だけ勝機が見えた。だけでそれは俺の気の迷いで、やっぱりライクは勇者で、俺はただの村人Aだった。
「うむ、勝負あり。勝者、ライク——」
俺が剣を失い戦闘不能となったため、審判である師匠が勝敗の決着をつけようとした、のだが、
ライクの剣はまだ止まっていなかった。
「えっ——」
目の前に剣の綺麗な軌跡が現れた。その直後に、胸部がじんわりと熱くなるのを感じた。軌跡が鮮血に上書きされていくように消えていく。その鮮血も、目の前に立っているライクの姿も見えなくなっていく。
「お兄ちゃん!!!」
ミリヤの悲痛な叫びが聞こえる。
妹のそんな悲しそうな声は聞きたくない。どうして泣いてるのと駆け寄りたい。だけど、体が鉛のように重い。
こちらに駆け寄ってくる足音が複数聞こえる。ミリヤや父さんだろうか。目視で確認したいが、瞼が重たくて開かない。
もう意識が飛んでいきそうだ。少しだけ懐かしいこの感じ。三回目という数字がふと頭に思い浮かぶ。
「逝かせない」
凛とした声が聞こえた瞬間、俺の意識は強引に引き戻された。さっきまでピクリとも動かなかった体が逆に前より軽く感じる。
ゆっくりと目を開く。——すると、目の前には修道着を着た赤髪の少女の顔があった。
「アタシの人生を変えた奴が、勝手に死んでるんじゃないわよ」
「……シルヒ? どうしてここに」
「あんたを探して来たのよ。せ、責任取ってもらわないといけないから」
責任……あぁ、そういうことか。そうだよな、自分の行動の責任はちゃんと取らないとな。
ふと自分の胸を触ると、そこにはあるはずの傷が一つもなかった。あの致死量の血を出したにも関わらずだ。これが、勇者パーティーのヒーラー、シルヒの力か。
……ミリヤ。またキャラ被っちゃってる。ドンマイ。
「お兄ちゃん!!」
「リオンさん!!」
「リオンくん!!」
遅れてミリヤも俺のそばまで駆け寄って来た。近くで待機していたはずのウィルとカナリアもやって来ていた。三人ともその瞳には大きな雫を溜めている。
「大丈夫お兄ちゃん!? 待ってて、治癒魔法たくさんかけるからね!」
「あ、いや、もう治ってるんだけど」
「リオンさんリオンさんリオンさんリオンさんリオンさんリオンさんリオンさん」
「あ、ウィル。治ってるけど感覚は残ってるからさ、そんなに頬を擦られると変な感じがするから、今はちょっとやめて欲しいかな」
「ねえリオンくん。今度はワタシが彼の相手をしてもいいかな? もちろん真剣で」
「いやー、カナリアがやっても意味ないかなぁって」
「えっ、誰よこの子たち。ウィルは分かるけど……えっ!? もしかしてアタシ、四人目!? 二人目じゃないの!?」
「それについては後でゆっくり話すから」
駆け寄って来てくれた彼女たちは十人十色の暴走をしており、俺はそれを何とか宥める。
そんな俺たちの様子を見て、師匠はポカーンと口を開けており、父さんは苦笑いを浮かべていた。
そして、ライクはと言うと、
「ど、どういうこと? さっきミリヤはリオンを大事な人って、でも彼女たちの目……ミリヤと同じ目をしている。ってことは、そういうこと? ……意味がわからない。ミリヤは昨日まで僕たちと一緒にいたんだ。リオンとそんな関係になったのは早くても昨日のはず。……つまり、ミリヤはリオンにとって二人目以降ってこと? ありえない! どうして! どうして!! どうしてそんな奴を選ぶんだミリヤ!!」
目の前の現実を受け入れられないとばかりに、自分の髪を掻きむしっている。しばらくもがき苦しんだ後、ふと真顔に戻って呟くように言った。
「……そうか。僕にそういった経験がないからダメなんだ。そうだ、そうだよ。師匠があんなに素敵で、知識を持っているのだって、たくさんの経験値を稼いできたからだ。うん、そうに違いない。そうじゃないとあんなたくさん女を侍らせた奴に、僕のミリヤが靡くはずないじゃないか。そうかそうか」
呟き終えたライクは、ニコッと笑顔を作ってみせた。その笑顔は今まで見てきた勇者らしい爽やかなものではなく、ドロッと纏わりつくようなものだった。それを向けられたミリヤから「ひっ」という短い悲鳴が漏れる。
「ミリヤ。いつか迎えに来るから。それまで待っててね」
ライクはそれだけ言うと、俺たちに背中を向けて歩き始めた。「お、おい!」と師匠が追いかける。
いったいライクの中でどのような結論に至ったのだろうか。どこか不気味な雰囲気を漂わせたライクの後ろ姿を見届けていると、父さんが困ったような顔で近づいてきた。
「リオン。すまなかった。まさかあんなことになるとは」
「ううん、元はと言えば俺が悪いんだし。シルヒのおかげで何ともないしね」
「……そうか。お前は許すんだな。正直、ワシはライクに怒っとる。模擬戦で自分の息子を斬りつけたんだ。……だが、あいつは勇者だ。それを支えるのがワシたちの宿命なんだ。だから」
「うん。父さんがついてあげていて欲しい。俺からも頼むよ」
「……あぁ。任せろ。全てが終わったら、お前の自慢の嫁さんたちを紹介してくれよ」
そう言って、父さんはウィルたちに「愚息をよろしく頼む」と軽く頭を下げる。そして、
「ミリヤ。お前はリオンのところにいなさい。まあ、ワシが言わずともそうするつもりだろうけどな」
「うん。でも、お父さんとも一緒にいたかったな」
「ふっ。なに、また会えるさ。その時はまた、お前の料理を食べさせてくれ。旅の中で美味いものをいくつか食ってきたが、やっぱりワシはお前の料理が一番好きだ」
「っ! うん! 腕によりをかけて作ってあげる!」
結局、俺はこの模擬戦でライクと仲直りすることはできなかった。むしろ……
エロゲRPGの世界に転生したけど、魔王討伐は勇者に任せます 土車 甫 @htucchi
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