第74話 爆弾

ミリヤと再会した日の翌日。


浅い眠りから目を覚まし、重たい体はそのままに頭を働かせる。


俺は朝から緊張していた。いや、正確には昨晩から緊張が続いている。


なぜなら、今日の昼頃に現世の父親、ガルドと会う予定なのだ。別に父さんに会うのはいい。ヘストイアで会った感じ、俺のことを恨んでいる感じはなかったし。


問題は、おそらくその場に同席にしているだろうライクだ。あんな最悪な別れ方をして、どんな顔をして会えばいいのやら。とりあえず、どうしてあんな行動を取ったのかの言い訳は考えておく。


「リオンさん」


隣で寝ていたウィルが目を覚まし、俺の名前を呼びながら抱きついてきた。


「おはようウィル」

「おはようございます。緊張されているんですか?」

「うん。ライクにとって俺は裏切り者だろうしね。いや、それで間違いないのかもしれないけど」

「心配しないでいいよ、リオンくん。被害者はいないんだからさ」


反対側からカナリアが話に入ってきた。彼女もウィルに倣って俺の腕に抱きついてくる。


「おはようカナリア。でも、ミリヤの首に傷がついちゃってたし。ライクたちの気持ちを考えたら被害者がいないなんて言えないよ」

「おはよ! でもさでもさ、ミリヤちゃんって治癒魔法使えるんだよね?」

「うん。ミリヤは凄いんだよ。重症だった俺の傷を一瞬で癒したんだから」

「あはは、シスコンが出たね。うーん、だったらさ、やっぱり大丈夫だと思うよ。ミリヤちゃんはその傷を恨んだりしていないと思うし」

「本人にも似たようなこと言われたよ。気を遣わせてしまって……兄失格だ」

「う、うーん。多分気を遣ったっとかじゃないと思うんだけどなぁ。とにかく、ミリヤちゃんの傷は本人が問題ないって言っているんだし、あとはリオンくんの真意を伝えたら皆分かってくれてハッピーエンドだよ!」


ハッピーエンドか。そうなったらいいな。ううん、そうするんだ。それが俺の物語なんだ。


「リオンさん。何があっても私はリオンさんの味方です。ですので、今日は思い切って来てください!」

「終わったらカナリアお姉ちゃんが撫で撫でしてあげるよー」

「わ、私もしたいです。私にもさせてください」

「二人とも……ありがとう。じゃあ、甘えちゃおうかな」


俺は一人じゃない。二人がいてくれる。それだけでこんなに力が湧いてくるなんて。


ミリヤ……楓に会えたのも幸いだった。前世やこの世界のことを自分だけで抱え込んでいるのは非常に辛かった。それを分かち合える仲間ができたことに心が安らいだ。


……一人、か。


彼女はずっと孤独だった。それでも自分の信念を曲げずに今も立派な信徒として活動をしている。


親しくなってはダメだと思った。それでも彼女に同情するところがあったからか中途半端な態度を取ってしまった。そのせいで余計に彼女を苦しめてしまったかもしれない。


だけど、今はその気持ちも改めた。俺が知っている物語は他人が作り上げたもので俺たちの物語ではない。俺たちの物語は俺たちが作るべきだと、最愛の妹に教えてもらったから。


彼女にはある種の起爆剤を渡した。この世界がゲームのシナリオ通りに進むのであれば、彼女はその起爆剤のスイッチを押すことはないだろう。だけど、もし彼女がそれを押すことがあれば、俺は……


しばらく三人で温もりを共有した後、ベッドから出た俺たちはどこかで朝食でもと街へと繰り出した。


ヘストイアは商業の街だったため朝から賑わっていたのだが、ハンパルラは教会がメインなだけあって静かな街だ。


しかし今朝は少し様子が違った。誰もが誰かと喋っており、いつもゆっくり歩いているシスターさんたちが走り回っている。よく見てみると、街行く人たちの手元には同じ新聞がある。


「号外号外! あ、お兄さん方もどうぞ!」

「ど、どうも」


駆けていく少年に手渡されたのは例の新聞だった。その内容を確認してみる。二人も両側から覗き込むようにして見ている。


「あの、リオンさん。もしかしてこれって」

「うわぁ、こんなこともやってたのか」


新聞の内容を読んで、俺の口角が自然と上がった。


どうやら起爆剤は起動したらしい。エリス教団が壊滅する爆弾の。そして、彼女の扉をぶち破る爆弾の。




* * * * *




彼女は一人でも勇気ある行動を取ったのだ。ならば俺も頑張らないと。


ウィルとカナリアには近くのお店で待ってもらい、俺は一人で待ち合い場所に向かう。


街の入り口付近の休憩場所のようなお店。その店先にミリヤと……父さんがいた。


視界に入ってから二人の近くに行くまでどんな表情をすればいいのか分からず、少し気まずさを感じ、俯きながら歩く。そして目の前まで歩いたところで、バッと顔を上げた。


「久しぶり、父さん」

「おう、バカ息子。やっと顔を見せたな」

「うん。ごめんね、色々と」

「なに、ワシは何も怒っとらん。だが……」


父さんは一呼吸入れた後、右拳を固めて——俺の頭頂に叩き落とした。


「いっつー……」

「ミリヤに寂しい思いをさせた罰だ。これくらいは許してくれ」

「怒ってるじゃん……」

「ワシは怒ってない。ミリヤの怒りを代弁してやっただけだ」

「べ、別にあたし、寂しいとか思ったことなかったもん」

「本当か? リオンを探すのに必死だったじゃないか」

「うっ。そ、それを言ったらお父さんだって! 夜ひとりで寂しそうにしてるの見たことあるんだから!」

「き、気のせいだろ。ただ疲れていたのがそう見えただけだ」


なんで親子揃って素直じゃないんだよ……。


しかし、二人のおかげで少しだけ緊張が和らいだ。


二人に案内され、店内に入っていく。そしてとあるテーブル席に、彼がいた。


「久しぶり、ライク。師匠もご無沙汰してます」

「えっ……リオン?」

「……マジか」


ライクと師匠は俺の顔を見て目を丸くしていた。しかし次の瞬間、ライクの目つきが鋭くなり、席を立とうとした。


「リオン、君は……!」

「落ち着け、ライク。気持ちは分かるが今はこいつの話を聞いてやってくれないか? 頼む」

「ライク兄ちゃん、お願い」

「……わかりました」


一瞬、一触即発の雰囲気が漂ったが、父さんとミリヤの静止により何とか話し合い……いや、俺の釈明の場が設けられた。


ライクと師匠の対面側の席に座り、父さんとミリヤも俺の両隣に座った。その間、ライクはずっと俺のことを睨んでいた。今まであんな目を向けられたことなんてなかった。


「ライク、師匠。それに父さんとミリヤも。俺の話を聞いてくれてありがとう。それと、ごめんなさい。俺の勝手な行動でみんなに迷惑をかけました」

「弟子なんて迷惑かけてきてなんぼだから良いけどよ、リオン。あの日、何であんなことしたんだ? 説明してくれるんだよな?」

「はい。……俺には昔から心当たりのない記憶があるんです」

「心当たりのない記憶? 何だそれ」

「俺は昔、倒れていたところを父さんに拾ってもらったと記憶しています。今、俺がはっきりと意識している記憶はその日以降のものなんです。それ以前の記憶はほとんど欠けているんですけど、謎の言葉だけ思い出せたんです。『勇者が齢十八を迎えた時、魔王軍が村を攻めてくる』って」

「じゃあお前、あの襲撃を知っていたのか? どうして事前に教えてくれなかったんだよ」

「俺自身も半信半疑だったからです。心当たりがなかったので。けど、実際にそれは起こってしまった。だから、この記憶は本当なんだと確信しました」


ここまで説明したところで、隣から「なるほどね」とミリヤの感心したような声が聞こえた。なるほど、というのはそういうていで行くのね、ということだろう。


「じゃあお前、もしかして急にライクと一緒にケンガのところで剣術を学びたいって言い出したのは」

「うん。万が一に備えるためだよ」

「なんだと。お前! 弟子入りに来た時、俺の剣術に惚れたからって言ってたじゃないか!」

「ご、ごめんなさい。でも嘘じゃありませんよ……? 三割くらいは」

「せめて七割だろう……」


真実を知った師匠が肩を落として項垂れてしまう。ごめんなさい師匠。


「でも待ってよ。だったら君がミリヤを傷つける必要なんかなかったじゃないか!」


今まで黙って話を聞いていたライクが、机を叩きながら叫んだ。


やっぱりライクの怒りどころはそこなのだろう。


「うん。それだけならあんなことしなくても良かった。だけど、もう一つ——『村の仲間が自分の身代わりとなり、絶望した勇者は覚醒する』って言葉が頭の中に流れたんだ」

「……つまり、君は僕を勇者として覚醒させるために、あんな馬鹿なことをしたって、そう言いたいの?」

「……あぁ。世界を救うためには、勇者の覚醒が必要だと思ったから」

「ふ、ふざけるなよ! 何が僕のためだ! 何が勇者のためだ! 何が世界を救うためだ! そんなふざけた理由で、自分の妹に、ミリヤに手を出していいわけないだろ!」

「その通り。俺は馬鹿なことをした。気が済むまで殴ってもらっても構わないよ。むしろ殴ってほしい」

「っ……この!」


ライクが激昂のままに再び席から立ち上がり、振り上げた拳を俺に叩き込もうとしたその時、


「やめてっ!!」


ミリヤが大きな声を上げて静止をかける。すると、俺の顔面にヒットする直前でライクの拳が止まった。


「ライク兄ちゃんがあたしのために怒ってくれるのは嬉しい。けど、あたしは別にあの日のことを気にしてない。だから、そんなことしないで」

「で、でもミリヤ! 君の首にはリオンに付けられた傷が!」

「こ、これはいいの。気にしないで!」

「どうして! 通常、君の治癒魔法なら傷跡ひとつ残らないはずなのに、残ってしまったってことは相当の傷だったんだろ?」

「……うぅ。こ、こいつがあたしにそんな傷を付けられるわけないじゃん! それに、お兄ちゃんはあたしのだ、大事な人なの! だからもう、あたしの大事な人を傷つけるようなことはやめて!」

「…………へ?」


大事な人宣言と同時に俺の腕に抱きついてくるミリヤを目の当たりにして、ライクは目を丸くして固まってしまった。


「大事な人。ミリヤが今、大事な人って言った。誰を? リオンをだ。何で? リオンは君を傷つけたじゃないか。なのにどうしてリオンなんだ。どうしてずっと一緒にいた僕じゃないんだ。これは夢? 夢なのかな。ありえない、ありえないよ」


ライクは瞳孔が開いたまま、ぶつぶつと何かを呟いている。流石に様子がおかしくないかとミリヤを見るが、ミリヤは俺の腕に頬を擦って甘えていた。今そういう状況じゃなくない?


父さんもケンガさんも困惑している。というか、父さんに関しては泣いてしまっている。違うよ父さん、娘はまだ嫁入りしないよ。


この状況、どうしたものかと考えていると、ライクがテーブルを力強く叩いて、叫ぶように言った。


「……リオン!! 僕と決闘をしろ!!!」

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