【ショートショート】彼女が好きと言ってくれない
扇風機◎
彼女が俺を好きだと言ってくれない
俺の彼女、植野 有華は俺のことを好きだと口に出してくれない。
それに気付いたのは、高校一年の夏休み、彼女とのデートに赴いていた時のことだった。
その日は電車で一時間程揺られていれば着いてしまう、割と近場にある遊園地へ訪れていた。
そこは昨年大幅リニューアルが入ったそうで、存分に楽しめた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろ遊園地を後にし帰路につかなくてはいけないという頃合いになっていた。
最後に景色が綺麗に見える場所へと足を運び、帰り難い時間を過ごしていた時。
「好きだよ」「私も。大好きだよ」
俺らと同様に景色を見に来ていたカップルのイチャイチャ。
その声が耳に入ってきた。
それに関して始めのうちは、羨ましいだとか妬ましいだとか、そんな感情は持たなかった。
人目を気にしてしまいあんなに堂々とイチャイチャは出来ないけれど、俺にだって可愛い彼女がいる。
けれど。
ふと気付いた。俺は好きだと言ったことが何度もあるけど、彼女から言われたことなくねえか、と。
なんだかそれが無性に気になり、彼女からの愛の言葉が欲しいと思った。思ってしまった。
なので帰り道、彼女を家まで送り届ける道中で、俺は徐に口を開く。本心であると気持ちを込めて。
「俺、植野さんのこと好きだ」
「うん、ありがとう」
返ってきた言葉はそれだけ。
俺らが付き合ってから二ヶ月。
振り返ってみるといつも、このような流れだった気がする。
感謝の言葉はあっても好きだとは言ってくれない。
普段から感情表現があまり多くない、有り体に言えばぶっきらぼうと言われる部類の彼女。そんな彼女の夕焼けに染まる横顔から表情を読み解くのは、なかなかどうして難しいものがあった。
本当に嬉しいと思ってくれているのだろうか。ちゃんと気持ちは届いているのだろうか。
彼女のクールなところは好きだ。惹かれたきっかけは彼女のそういう他に流されない冷静なところだった。
けれど、この時ばかりは彼女のそのクールさに不満を持ってしまった。
「ねぇ、植野さんは俺のこと好き?」
俺は冷静じゃなかった。クールさを気取れなかった。
気が付いたらそんなことを訊いていた。
――なんて女々しい質問だ。軽く自己嫌悪。
俺のそんな気も知らず、彼女は考える素振りも特に見せず、けれど、少し言い淀んで答えた。
「ふ、普通……」
ショックだった。
彼女が今どんな表情をしているのか、どんな気持ちでいるのか、わからなかった。確かめたくもなかった。
俺の心の中に渦巻いている気持ちは一つだけ。
――なんだ。仮にこうやって付き合えたとしても、俺の片思いなのはずっと変わらないというのか。
その日、その後のことは殆ど覚えていない。
気付いたら帰宅していて、気付いたらベッドの中だった。そして俺はいつの間にか眠りに就いていた。
♦︎
それから一週間経った。
八月も二週目に差し掛かり、高一の夏休みも、もしかしたらこのまま過ぎ去ってしまうのかなと感じた。
あの日以降、彼女への連絡は取っていない。向こうから何かメッセージが届くこともなかった。
このまま何もやりとりせず夏休みを終えてしまい新学期が始まってしまったら、自然消滅の形で交際関係も解消してしまう、そんな気がした。
けれど、ここから動き出せる程の気力は今の俺には残っていなかった。
やっと貰えたOKの返事だった。
俺は中学二年生の頃。今から二年前から彼女のことが好きだった。高校に進学して六月。中学の頃から合わせると通算五回目の告白だった。念願叶ってって感じだった。諦めなくてよかった、とも。
だからこの夏休みは楽しみでいっぱいだった。
まだまだこれから夏祭りに花火大会と、いくつか計画していたこともあったけれど、それもおじゃんになってしまうのだろう。
そも、今行ったところで心から楽しむなんてこと出来るとは思えないけど。
「拓馬、いるー?」
自室でネガティブなことばかり考えていると、下の階から俺を呼ぶ声が届いた。
返事をする間も無く、階段を登る音がして、自室の扉が開かれた。
「なんだ、いるじゃん。返事くらいしなさいよ」
「……ノックくらいしなさいよ」
何食わぬ顔で入室してきたのは、姉の斎賀 未来であった。
姉は俺の一つ上で、現在高校二年生。
スポーツ推薦で他県の女子校に通っているのだが、部活動も今日から三連休いうことで、こうして実家へと帰省してきているという訳だ。
「朝から随分と元気だな」
「お出掛けしましょう! もうお昼よ!」
昨日まで夏合宿だった様で、その足で帰省してきたものだから、昨夜は疲れ果てた様子だった。
進級前春休み以来の帰省だったので、久し振りに家族揃って外食でもと密かに計画していたのだが、そのあまりのありさまに翌日、つまり今日へと繰り越しになった。
にも関わらず、一夜明けたらもうこの元気具合。
さすが体力オバケ。
「なにか失礼なこと考えてない?」
「いんや。で、どこに出掛けるって?」
「買い物に行くわ」
暑いし面倒だ、なんてうっかり考えてしまったが、あまり篭りきりな生活もよろしくないだろう。
ここは一つミクの元気パワーに肖る為にも、素直にお供することに決めた。
「そしたら支度するから下で待ってて」
それだけ言ってミクを自室から追い出した。
♦︎
「久し振りに来たけど混んでるわねー」
自宅から程近い大型ショッピングセンターに訪れた俺とミクだが、想定内とはいえ、そのあまりの人の多さに思わずため息が出てしまった。
家族連れや学生連中、客層はさまざまだが、どこを向いても人がいる状態だった。
この分だとフードコートなんて座る場所ないんじゃないだろうか。よかった昼飯済ませてきて。
「この時期は特にだろうな。ミクと似た境遇のやつも少なくないだろ」
この中には知り合いのひとりやふたりいそうだけど、この数の中では見つけ出すことは難しいだろう。最悪すれ違っても気付けない可能性すらある。
「あのお店入りましょ」
言われるまま二人揃って入店する。
そのお店は女性向けをメインに取り揃えてながら、一角では男物も取り扱うアパレルショップであった。
「彼女さん美人ですね」
ミクがいくつかの服を持って試着に行っている間、いつの間にか近付いてきていた店員さんに声を掛けられる。
「いや、あれ姉です」
そう言うと、店員さんは、えっ……と俺の左腕を見詰めながら困惑の声を上げた。
その原因は明らかだ。
ミクは試着室へ向かう、つい先程まで、僕の左腕に引っ付いていたから。
「……随分と仲の良いご姉弟なんですねー」
「昔からよくカップルに間違われるので気にしないでください」
店員さんにやんわりと伝えると同時に試着室の扉が開いた。
「拓馬、どうかしら」
「可愛いじゃん。ミクによく似合ってるよ」
「……本当にカップルじゃないんですよね?」
店員さんの呟きには、にこりと笑顔で応えてあげた。
♦︎
「いやー買った買ったー」
あれから何店舗か回って俺の右手にはいくつかの買い物袋が握られていた。
左腕はミクによって封じられている。
「拓馬は何か欲しいものないの?」
欲しいもの、というか買っておかなければいけないものはあった。
明日は植野さんの誕生日。そのプレゼントを用意する必要があった。
今日だって先程まではそれに付き合ってもらうつもりでいた。
「彼女と何かあった?」
「なんで知って……」
彼女とのことは誰にも相談出来ていない。
そもそも、ミクにはまだ彼女ができたことすら報告していない筈だ。……まぁあらかた母が伝えていたのだろう。
「顔に書いてあるわよ。おそらくなにかのプレゼントなんでしょうけど、買っておいた方がいいと思うわよ」
ミクの言葉は尤もだと思う。
けれども渡せなかったら、受け取ってもらえなかったらなんてことを考えてしまうのだ。
「何かの間違いで受け取ってもらえなかったとしたら、その時は私に頂戴よ。ただ、ちゃんと私へのプレゼントとして偽る様に。素敵な言葉と一緒に渡してね。そしたら受け取ってあげる」
「……ミク」
あくまでも冗談だろうけどミクのその言葉は本当に有り難かった。
そのおかげで決心がついた俺は、事前に目星をつけていたお店へと向かい、ミクにアドバイスを貰いながらプレゼントを購入した。
さあ後は帰って、なんとか植野さんへ連絡するだけだ、と意気込みお店を出たところで、俺の右腕が向かいから歩いてきていた人にぶつかってしまう。
「すいません」
謝ったのは同時だった。
「お怪我ありませんか?」
ぶつかった拍子に落としてしまった買い物袋を拾い直して、改めてどこかにぶつけたりしていないか、様子を見ながらその人へと謝罪する。
「大丈夫です。……あっ」
多分お互い気付いたのはほぼ同時だろう。目の前にいたのは植野 有華その人であった。
「うちの拓馬が余所見していたみたいですみません」
「ミク、余計な事言うな」
彼女は、俺と次いで連れ立っているミク、そして、俺の左腕を見てから、「ごめんなさい」と言って足早に去っていってしまった。
完全に誤解されたと気付いた時には彼女の後ろ姿が見えなくなってしまっていた。
今から追いかければ間に合うだろう。見失っていても誤解を解く為ならば彼女の家まで押しかけてもいい。
なのに俺の足は暫くそこから動かなかった。
♦︎
帰宅後、ミクと一緒に俺の部屋にいる。
先程ぶつかったのは俺の彼女だったという事、現在、気不味い状態にあること、どうしてそうなってしまっているのか。その他諸々報告し終えたところだ。
ミクには誤解を与える様な行動をとっていた事を何度も謝罪されたけれど、俺だってまともに拒否していなかった。こればかりはお互い様だということでなんとか納得してもらった。
「とりあえずこれ、私の生徒手帳」
一度自室に戻って持ってきたのは、言う通りミクの生徒手帳だった。普段は持ち歩かないが、合宿の持ち物に記載されていた為、この時ばかりは所持していたそうだ。
確かにこれを見せればミクが俺の姉であると、一つの証明にはなるだろう。
けれど、植野さんは果たしてそれを望んでいるだろうか。
彼女は俺のことが好きではないらしい。
普通だと言っていた。
俺と付き合ってくれたのだって、あまりにもしつこいからだったのかもしれない。
デートしてくれたのだって嫌々ながら、どうせしつこくされるならと承諾してくれたのかもしれない。
俺ばっかりが彼女を好きだったのかもしれない。
「――本当にそんなこと思ってるの?」
答えられなかった。俺には未だにわからなかった。
「もしも、本当にそうだとした、なんであの時――私と腕を組んでいる拓馬の姿を見た時、彼女はなんで、なんであんなに悲しそうな顔をしていたの?」
悲しそうな顔、していただろうか。
あの時俺は彼女のことをしっかり見れていたのだろうか。――いや、あの時だけじゃない。今までずっとだ。この間なんて特にそうだ。言葉ばかりを気にして、彼女のことをちゃんと見れていなかったのかもしれない。
「姉ちゃん、ありがとう」
何故だかなんだか懐かしい呼び方をしてしまった。
「ちょっと出掛けてくる。食事会参加出来ないかも。ごめん」
「いいよ。二人には私から伝えとくから」
ありがとうと改めて口にして、俺は自宅を飛び出した。
♢
「遅いよ」
彼女の家の近所の公園。
植野さんは意外にも、俺からの急な呼び出しに応じてくれた。
それにしても、着いたらまた連絡すると伝えていたのに、こんな時間に女の子が一人公園で待っているとは、いくらこの辺りの治安が良いとしても危険だと注意したいけれど今の俺の立場は圧倒的弱者なのでそれは叶わない。
「なんで直ぐに追いかけてくれなかったの」
明らかに怒気の篭った声、それでいて悲しそうな声。
俺は先程からずっとごめんとしか言えていない。
「あの人は誰? なんで名前で呼んでいたの? なんであんなに仲良さそうだったの? なんで腕なんか組んでいたの?」
なんでなんでと繰り返す彼女の眼は赤く腫れていた。
俺はまたごめんと謝るばかりだった。
「ねえ、私のこと嫌い?」
そんな訳ない。そんな訳なかった。好きだから告白してしたし、好きだから一緒にいるとドキドキした。好きだから少しのことで不安になってしまった。
「好きだよ」
そう言ったのは彼女の方だった。
「私は好き。だから、た、拓馬と付き合ったんだよ」
「今までだってちゃんと言おうと思ってたんだ。なんだか恥ずかしてちゃんと伝えられなかったけど」
「普通、の言葉の続き。普通に、好きだよって」
俺は有華のことが、ずっと――
【ショートショート】彼女が好きと言ってくれない 扇風機◎ @hiiiiideruyu
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