自分が惚れ込んだ姿

「……さて、私はもう行くよ。」



 現実の時間としては、ほんの数秒。

 その間少しも表情を変えなかったエリオスは、息をついて肩から力を抜いた。


 

「最後に、君にお願いがある。」



「ああ。そういえばさっき、僕だけ早く起こしたって言ってたもんね。何?」



「実を、サティスファに連れてきてくれないかな? 無理に連れてこなくても、あの辺りに私がいたって情報を流せば、実なら飛んでくると思うよ。」



「もう、エリオスったら~。実のファザコンっぷりも、容赦なく使うんだから。そういうところがまた素敵だけども。オッケー、任せて。」



 久しぶりに生のエリオスと接して満足はしているので、レイレンは二つ返事でそれを了承した。



「でも、なんでまたサティスファに? 結構遠いじゃない。」

「私だって、こんな手間はかけたくなかったさ。」



 エリオスは辟易と息をつく。



「あそこに引きこもっている人が、実本人が来ないことには協力しないと駄々をこねてるんだよ。」



「ええっ!? エリオスが、誰かの言うことを聞いたの!? 今まで散々、他人を踊らせるだけ踊らせてきたのに!?」



 これには本気で仰天してしまい、レイレンは素っ頓狂な声をあげた。



「仕方ないだろう。実のためなんだから、多少の不満は飲み込むさ。何をそんなに驚くんだい?」



「だだだ、だって! エリオスって昔から、セリシア様と実以外なんて眼中に入れたこともないじゃん!」



「失礼な。これでも、最低限の敬意は払ってるつもりだよ。」



 エリオスは肩をすくめる。

 そして。



「誰かを使う時は、ちゃんと相手の願望に沿った形で使っている。仮にそれで向こうが自滅しても、向こうには私に使われた認識すらないんだ。利用されたと分からない分、下手に他人を恨まずに済むし、自分のプライドくらいはなぐさめられるだろう? もっとも、私は必要な時に必要な範囲でしか人を使わないから、その後に彼らがどうなったかまでは見届けてないけども。」



 まるで、それが自然の摂理であるかのように。

 少しもおかしいと思っていない様子で、エリオスはそんなことを言ってのけた。



「―――ははっ」



 しばし言葉を失っていたレイレンは、自分の口から零れた笑い声を認識できなかった。



「いやぁ、さすがはエリオス! やっぱり、エリオスはそうでなくっちゃ!! 僕にだけ見せてくれる、その鬼畜っぷりがたまらない!!」



「君は、やっぱり単純だね。私としては、複雑だし屈辱なんだけども。」



 エリオスは軽く息を吐いた。

 そして大興奮してはしゃぐレイレンのあご先をとらえ、間近からその顔を見つめる。



「本当に……屈辱ではあるんだよね。まさか、こうやって全部知られた上での協力者を作るなんて。」



 その双眸に宿るのは、誰もがすくみ上がるような怜悧れいりさと残酷さをたたえた、圧倒的な闇をはらむ深淵だった。



「時たまこうして、君の欲求は満たしてあげよう。だから、これからも都合よく踊っていてくれ。ね、レイレン?」



 最後に息を飲むほどに綺麗な笑顔を向けられ、レイレンは目を丸くする。



(ああ、いいなぁ……)



 空っぽになった胸に広がるのは、幸福に満ちた充実感。



 これだ。

 これが欲しかったのだ。



 とびっきりの甘い声。

 誰もが魅入みいられるような美しい笑顔。



 そんな天使のような顔をした口から囁かれる、悪魔のごとく痛烈な言葉。



 これこそ、自分が惚れ込んだエリオスの姿。



「もちろん。こんなエリオスを独り占めできるなら、いくらでも踊ってあげる。だから、どんな僕でも綺麗に踊らせてみせて?」



 うっとりと目を細め、レイレンは幸せそうに笑った。



 密やかに交わされた、異常者どうしの約束。

 それに導かれた先に何があるのか。



 この時の実はまだ、何も知らない―――


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世界の十字路12~精霊からの呼び声~ 時雨青葉 @mocafe1783

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