最終話 長夜の締括
リク君が自分の家に着く前に話してくれた話には続きがある。
この町に日本のものではない軍服を着た集団が表れたのは、くまさんがただのぬいぐるみになってから少し経った後だった。
異国の人たちは、抵抗しなければ命の保証はすると言っていたため住民は否応なくそれを受け入れた。
誰も抵抗しなかったのは前線で戦っていた日本の兵士達が空しくも敗北を喫したことを意味しているからである。
リク君は町の人たちが抵抗するまでもなく拘束されていくのをただただ茫然と見ていた。小さい町だったため、連れていかれる中に知っている人もいた。
一人、連れていかれる女性が突然泣きながら崩れ落ち、その人の夫であろう人の名前を呼んでいる。隣には女性の服の裾を引っ張りながらえんえんと泣いている子供もいた。
そのような姿を横目で見ていると、自分の方にも足音が近づいていることに気づく。
自分も捕まってしまうのか、彼はぐっとこぶしを握り締めて覚悟を決める。
リク君にはどうしても成さなければいけないことがあった。
それは、家にいるくまさんを連れていくことである。
話さなくなったくまさんでも、それは自分の生きるための象徴で、なによりずっと見守ってくれると約束したのだから、それを果たさないといけない。
リク君は近づいてくる足音が止まり、腕をつかまれそうになった瞬間に走り出した。
彼を連れて行こうとしていた人もまさか逃げるとは思っていなかったのか、はたまた相手が子供だからだろうか、少し反応が遅れ、腕をつかみ損ねてしまった。
後ろで叫び声が聞こえているのを無視してリク君は家の中に入る。
そして自分の部屋に入ると、相変わらずきょとんとした目をしているぬいぐるみがそこにいた。
ほっとしたのも束の間、くまさんを抱えて外に出ようとした時だった。玄関から一人の軍服を着た人がリク君の前に立ちはだかる。
リク君はぬいぐるみを持っていきたかっただけなんだと伝えたいのだが、相手は異国の人だったので当然伝わるわけがない。どうにかして伝えようと思ったその時、ネットを使って翻訳すればいいと思いついた。
そうと決まれば早速と思い、リク君は尻ポケットにある端末を出そうと後ろに手を回す。
それがリク君の覚えている、最期の記憶だった。
リク君は言う。
「自分の前にいた人の顔は怖くて見れなかったけど、足を震わしながら銃を向けていたことはわかってた。きっとその人も怖かったんだよ。
こんな小さい子供にだけじゃない、もっと大きなものに」
リク君が町から姿を消してから少し経つと、彼の家付近から煙が上がっていたのが見えたという。
小さくて、それでも大人らしく見えるその子が満足そうに話を終える頃、空っぽの土地の向こうに淡い光が姿を現していることに気づく。
どうやらこの長い夜に、終わりが見えてきたようだ。
長い夜を超えて 石動 朔 @sunameri3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます