第3話 シュークリーム失踪事件

 夏休みもあと数日の8月下旬。まだまだ残暑は厳しく、日差しも容赦なく照りつけている。クーラーが休まぬ西園寺家のキッチンには、上機嫌な少女がいた。



 「ふんふ〜ん♪ラララ〜♪」

鼻歌を歌いながら、四女あおいは手に提げていたレジ袋を置いた。

「期間限定のやつやっと買えたー!いえーい!!」

そう言って袋から取り出したのは、つい先程○ーソンで買ったシュークリーム。期間限定で少しリッチな材料が使用されている、贅沢なスイーツだ。

「これずっと欲しかったんよな〜めっちゃ美味しいって噂やし。早く食べたいけど…」

途端に少し表情を曇らせた。というのも、

「まだ読書感想文終わってないんよな…」

そう。夏休みの宿題の大ボスの一つ、読書感想文。本を読んだ感想を原稿用紙5枚分書かなくてはならないという、ほとんどの小学生を苦しめる天敵だ。あおいは読書は好きだが、その感想を文章にするのは面倒臭いので嫌いなんだそう。

「自由研究はお兄ちゃんのおかげでなんとかなったけど…感想文かあ…イチ姉もいないしなー」

我が家のブレーン・長男かずさの協力により、すでに自由研究は難なく済ませていた。読書感想文も一家の文系・長女いちかに頼むつもりだったが、生憎彼女は推しのイベントに出かけている。ちなみに姉のれいとほなみにも数日前に頼んだようだが、しっかりと拒否されている。

「うーーん……しゃあない、先にやるか…シュークリームはご褒美にとっとこ!」

スイーツの誘惑を断ち切り、課題と闘うことを決めた。シュークリームを冷蔵庫にしまい、キッチンを後にした。このシュークリームがのちに大事件の引き金になるとは、この時の彼女が知る由もなかった。



 それから数時間後。永遠に埋まらない原稿用紙との格闘に勝利し、あおいは雄叫びを上げた。

「よっしゃーーー!!終わったー!!!」

椅子に座ったまま大きく伸びをする。ふう、と力が抜けた所で、あのご褒美の存在を思い出した。

「よし!シュークリームたーべよ!」

ルンルン気分でスキップしてキッチンへ向かう。大好きなKPOPを口ずさみながら、冷蔵庫の扉を開けた。


…皆さんお察しの通り、ここで事件が勃発する。


「…あれ?どこいった??」

冷蔵庫のどこを見ても、シュークリームがないのだ。モノをどけても、上の方を覗いてみても、何度扉を開け閉めしても見つからない。

「あれー?ここにしまったよな…?おかしい…」

その疑問は次第に怒りへと変わっていった。

「まさか……誰か食べたな?!」

とても楽しみにしていたデザートを奪われ、あおいは恨みが抑えられなかった。まさに食の恨みである。

「誰やあおいのシュークリーム食べたんは?!!」

ものすごい勢いと形相で、少女はキッチンを飛び出していった。



 あおい捜査官はまず片っ端から聞き込みを行った。犯行推定時刻——あおいが読書感想文を書いている間に、きょうだい達全員どこで何をしていたのかを聞いてまわった。

調査によると、犯行推定時刻に家にいたのは次女れい、三女ほなみ、五女ゆずき、末っ子まなの4人であることが分かった。

 まずはれいの証言だ。

「私はずっと自分の部屋におったで。数学の課題やってたし、部屋から一歩も出てへんよ」

そう言って計算式がびっしり書かれたノートを見せた。あおいには内容が全く理解できなかったが、明らかに彼女の字である。発言に間違いはないようだ。

 続いてほなみの番。

「シュークリーム?…あー、確かに冷蔵庫に入ってたね。私が飲み物取りに来た時にはあったけど…え、私?私じゃないよ!リビングで編み物してたの」

リビングに向かうと、たくさんの毛糸玉と編みかけのマフラーが置いてあった。

「…マフラー編むには早くない?」

「みんなの分作るつもりだから、この時期から始めないと間に合わないと思って…」

言われてみればほなみは去年、きょうだい全員分のセーターを作ってくれた。そしてそれを始めたのはちょうど夏休み頃だった。今年も同じことをするとすれば妥当だろう。

 次はゆずきだ。

「うちじゃないよ!シュークリームなんて見てへんもん!ずーっと部屋で寝とったし…ほら!証拠もあるよ」

ゆずきが見せたのは流行りの睡眠測定アプリの画面。犯行推定時間に、ゆずきがぐっすり眠っていたことがデータで示されている。流石にコンピューターは欺けまい。

 最後はまなへの取り調べ。

「あおいちゃんのシュークリーム…あ!あったあった!冷蔵庫の上の方に入ってた!でもまなは食べてへんで。だって届かへんもん…」

確かにあおいはシュークリームを冷蔵庫の一番上の段にしまっておいた。そしてまなの身長では手が届くはずがない。

「じゃあ何しとったん?」

「テレビ見てた。とうきょう男子が出てるやつ!」

まなの推しアイドルの番組がテレビから聞こえてくる。アリバイというには微妙だが、まだ犯人であると断定はできないようだ。



 ということで容疑者全員への取り調べを終え、あおいは再びキッチンへ戻ってきた。その顔には難しい表情が浮かんでいる。

「うーーーん……全員アリバイがあるんか…でもどれも微妙な感じよな」

全員なんらかの理由は持っているものの、白である(犯人じゃない)という確証はない。捜査は行き詰まりを見せていた。

 とそこへ、れいがやってきた。

「結局見つかったん?」

「いやー、まだ。家におった人全員アリバイあるんよなー…」

あおいはこれまでに分かっていることを伝えた。信頼しているとはいえ、容疑者の1人に情報を流すのはどうかと思うが…ここでは深追いしないでおこう。

「なるほどなー。確かにみんな言ってることは一理あるね」

「やろ?こっからどうしたらええんかな…」

しばらく2人は考え込んだ。必ず何か裏があるはずやと、あれこれ思考を巡らせた。


とその時、一筋の稲妻が走った。


「あっ」

れいが声を上げた。

「もしかして…」

「なになに?分かったの?」

「たぶん。でも本当だったらヤバいと思う」

「ヤバい?!どういうこと?!!」

「もしかしたらの話やけど…」



 その後、あおいは容疑者4人を招集した。れい、ほなみ、ゆずき、まながリビングへとやってきた。

 全員揃ったことを確認した上で、あおいは某刑事ドラマの解決編風に話し始めた。

「えー、皆さん。消えた私のシュークリームを食べた犯人が分かりました」

空気がぴんっと張り詰める。4人は歩き回るあおいをじっと見つめている。しばしの沈黙の後、捜査官はまた口を開いた。

「嘘のアリバイを見破るんには時間がかかりました。そこには巧妙なが隠れてたからです」

「トリック…?」

「ええ、あおいのシュークリームを食べて、優雅に昼寝をしていた…


そうですよね?ゆずきさん」


全員の視線がゆずきに向けられた。彼女は目をアイアイのごとく丸くして首を振る。

「だからうちじゃないって!さっき証拠も見せたやろ?!」

「…実はにトリックがあったの」

「お姉ちゃん、それってどういうこと??」

まながさっぱりわからないと首を傾げる。あおいはそのまま続けた。

「さっきのアプリ、もっかい見してくれへん?」

そう言われてゆずきはスマホを取り出し、先程提示した睡眠アプリを開いた。

「これがどうしたん?」

「そのアプリって、録音機能がついとるやんな」

ゆずきがぴくっと肩を震わせた。

そう。このアプリは、いびきや寝言など発生した音を拾って自動的に記録するという(作者はそれ役に立つのか?と正直思っている)便利機能が付いているのだ。今回彼女が見せた睡眠データにも、音声がいくつか記録されている。

「…それ、再生して」

「…やだ」

小さく首を振った。それでも強めに言う。

「流して」

「やだ」

「流して」

「やだ!」

「なんで?流せない理由でもあるん??」

「いや、別に……」

「やったら再生してよ」

「ダメ!!」

再び沈黙。いくら行っても聞いてもらえなさそうだ。こんな手は使いたくないんやけど…しゃあない、真実のためだ。あおいは強硬手段に出た。

「…流してくれたら果○グミ3袋買ってあげるよ」

途端に彼女は顔を歪めた。果○グミはゆずきの大好物である。一つでも至福なのに、それが3袋も!想像しただけで天国だ。黙秘と告白、己の中の二項対立。どちらに傾くべきか。彼女は葛藤した。それはそれは悩んだ。傍から見たら体調が悪いのかと思うほど苦悶の表情を浮かべている。


長い苦しみの末、おもむろにスマホを4人に向け、再生ボタンを押した。

そこから聞こえてきたのは……


……………

パリパリパリ…

ガサガサッ

(いただきまーす……)

……………

ん〜〜〜〜(小声)

おいひぃ……

……………


間違いなくゆずきの声だ。そして、何かの包装を開け、何かを頬張っている音が聞こえる。彼女は明らかに起きていた。

「…あおいのシュークリーム食べたやろ」

「…………」

「犯人はゆずきやな」

「…だって、だって…………バレへんと思ったんやもん……」

ゆずきは魂が抜けたように項垂れた。ついに自白した。罪を認めた。あおい捜査官の執念勝ち、といっていいだろう。彼女は心の奥底でガッツポーズをした。

と、横から

「にしても、どうやって睡眠データ取りっぱなしに出来たん?」

れいが腕組みをしたまま尋ねた。

「確かに…起きたら勝手にストップしてまうよな…?」

まなも不思議そうにしている。

2人の言う通り、このアプリは人間の起床を感知して測定を終了するという性質がある。普通はシュークリームを食べるのに起きた時、測定は止まっているはずだ。ゆずきは少し笑って答えた。

「うちな、測定止めずに起きられんねん」

「なにそれ?!」

「これもその方法使ってやった。すごいやろー?」

「いやいやいや!そんな才能発揮せんでええって!!」

犯人の謎技術によるトリックも明かされたところで、一件落着。


…と思われたのだが。


「あのフ○ミマのシュークリーム、美味しかったなあ〜」


ゆずきの言葉にあおいが固まった。

「…え?ゆずき今なんて?」

「え?だからフ○ミマのシュークリーム美味しかったなって…」

「フ○ミマの?!」


 ここで読者の皆さんに思い出していただきたい。

ゆずきが食べたと言ったのは"フ○ミマ"のシュークリームだ。しかし、あおいが冷蔵庫に入れておいたシュークリームはどこの店のものであったか。

そう、"○ーソン"である。

あおいは大きな勘違いをしていた。どうやらゆずきが食したのは別物のようだ。それに気づいた捜査官はリビングを飛び出した。



 キッチンに駆け込んで慌てて冷蔵庫を開ける。わさわさと中に入っている食品を取り出していく。そして、

「あーーーっ!!!」

腕が冷蔵庫の最奥へと伸び、

「あったぁーーーー!!!!」

引き戻した手の上には、あおいが買ってきていた○ーソンのシュークリームがあった。

「ほんとだ!…じゃあゆず姉ちゃんが食べたんは別のやつってこと?」

「そうやな…ってか、あのシュークリームは誰のやったん??」

「さあ…?」

持ち主?不明のスイーツの正体について全員が考え込んでいたその時、


「ただいまー」


「…この声は」

れいが何か察したように苦い顔をした。他の4人は何のことやらという風に姉の表情を窺う。

「暑っつう……あれ、みんな居る」

入ってきたのは長男かずさだった。どうやら塾から帰ってきた様子。リュックと手提げを持ったまま、飲み物を欲してやってきた。

 まな「お兄ちゃんおかえり!」

 かずさ「ただいま。…何でみんなここに集まってるの?」

 れい「ちょっと色々あって…」

 あおい「お兄ちゃん、冷蔵庫にあったシュークリーム、誰のか知らん?」


 かずさ「ああ、自分が買ったやつか」

 「「「「あ」」」」


女子4人の視線がゆずきに向けられる。彼女はゆーーーーっくり後ずさり。それを見逃すまいと、まなが即座に告げ口した。

「そのシュークリーム、ゆず姉ちゃんが食べてもたで!!」

「えぇ?!!」

「ごめーーーーん!!!」

盗み食い犯は一目散に逃げ出した。待てーー!と咄嗟にあおいが追いかける。一瞬にしてやってきた衝撃にかずさは呆然としていた。残った3人が事件のあらすじを伝えると、彼は大きくため息をついた。

 かずさ「マジか……結構楽しみにしてたんだけどな」

 れい「…お兄ちゃん怒っとる?」

 かずさ「いや全然。」

 れい(絶対怒っとるなこれ)

 ほなみ「代わりに私が何か作ろうか?」

 かずさ「大丈夫。というか、今ちょうどみんなにお菓子買ってきたところだったから」

 まな「え!お菓子?!」

 かずさ「ほらこれ、最近新しくできたパン屋のクッキー」

そう言って鞄から、かわいらしいクッキーの詰め合わせ袋を取り出した。長男はこう見えてスイーツ男子なのである。

 まな「あ!あの近所に建ったとこのやつやん!やったー!!」

 ほなみ「めっちゃ美味しそう…!お兄ちゃんありがとう!」

 かずさ「まあもちろん、ゆずきの分はなしだけど」

 れい「そらそうやろなw早く食べよー」

こうして4人は仲良くクッキーを美味しくいただいた。あおいもその後自分のデザートを満足そうに平らげた。ちなみに、ゆずき被告には兄から1週間お菓子禁止と庭掃除担当の処罰が下ったのだった。

「くうぅ……今度こそバレへんように食べてやるっ!」

「いや反省しろよ!!!」

               (END)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

西園寺家の日常 亜月 @Azu_long-storyteller

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画