第3話 翌朝

 俺はいつもと同じ時間に目覚ましをセットしていた。Aさんを起こしちゃ悪いけど、俺だって目覚ましがないと起きられない。

 しかし、一晩中、色々考えすぎて、ほとんど寝られなかった。


 Aさんはぐっすり寝ているから、起こさないで、そのまま出ることにした。

 取り敢えず俺は、着て来た服を着て、Aさんの顔を覗きに行った。きっと、睡眠が彼女の苦悩を取り除いていると思っていた。


 あれ?

 俺ははっとした。


 彼女は口と目をあいたまま寝てる。

 視線はあらぬ方向に向いている。


 寝てるんじゃない。

 死んでるんだ・・・。


 俺は気が狂いそうになった。


 俺が殺したんだ!

 殺してしまった!


 パニックに陥った。

 どうしよう、俺のせいで死んだんだ。


 どうしよう、

 どうしよう、

 どうしよう。


 俺は10分くらい悩んで110番に電話をかけた。


 部屋に警察がやって来た。

『朝起きたら一緒にいた人が亡くなっていました』

 俺は正直に言った。

『末期癌だったみたいですが、死ぬ前にもう一回セックスがしたいと頼まれて・・・会ったのは10年ぶりだったので、彼女がどこに住んでるかも知らないんです・・・でも、家族が迎えに来ると言ってたので、チェックアウトの前には来るかもしれません』


 俺は家族が来るまでホテルで待つことにした。70過ぎのお母さんがきょろきょろしながら、一人でやって来たのを見た時は、俺は申し訳なくて泣いてしまった。俺の周りに警察が何人かいたから、お母さんも何かあったと気が付いたらしい。


「え?亡くなったんですか?」

 びっくりして声を上げた。

「本当にすみません・・・」

 俺は泣きながら謝った。

「いいえ・・・。いいんですよ。何があっても後悔しないって本人が言ってましたから。言い出すと聞かない子で」

 お母さんも泣いていた。

「でも、昨日僕が断っていたら、彼女はまだ生きてたと思うので・・・」

 

 俺はその場で泣き崩れてしまい、その日は会社を休んだ。


 ***


 俺はお咎めなし。会社にも知られずに済んだ。


 でも、あの夜、Aさんが苦しそうに呻いていたこと、突き出た丸い腹だけは脳裏から去らなかった。

 ずっと息が臭かった。

 歯もちゃんと磨けないのか、胃から息が上がってしまうのかはわからなかったが。

 不謹慎だからそんなことは考えないようにした。


「やめようか?」

 俺は何度も尋ねた。

「ううん。続けて。お願い」


 でも、彼女は苦しそうに声を漏らしていた。


 う・・・く・・・く・・・くうぁ

 あぁぁ・・・

 うぐ、ぐぐぐぐぐ・・・


 彼女は自分が生きていることを確かめたかったんだろうか。


 俺は最後の相手にふさわしかったか?

 望んだことをしてやれたのか?

 

 俺が家のベッドで寝ていて、朝起きると、隣に彼女が寝ている。俺はびっくりして、女の顔を見ると、ぱっくりと口を開けて死んでいる。俺は悲鳴を上げた。


 もう、やめてくれ!!!

 俺は関係ない!


 これは、現実じゃない。そうだ。これは夢なんだ!


 俺は自分に言い聞かせる。そのまま置いて会社に行く。

 すると、家に戻った頃には、死体は消えている。


 夜中、俺は彼女に最後の楔を打ち付ける。

 彼女は膨らんだ腹を押さえながら苦しんでいる。それでも、俺はやめることができない。勝手に体が動いてしまう。まるで、永遠に終わらない地獄のようだ。


 彼女は苦しみで、『ググ』っとくぐもった声を出す。

 快楽ではなく、もはや拷問。

 俺は望んでいないのに、彼女に苦悩を与え続ける。

 2人とも気を失うまで、終わらない。


 俺たちはそのループにはまって、今も抜けられずにいる。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後の晩餐 連喜 @toushikibu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ