第2話 Aさんとの夜
彼女との夜はトラウマ級だった。妊婦さんに無理やり押し込んでいる感じか、それより陰惨だった。腹にナイフを突き刺しているようだった。まるで、やってはいけないことをしている罪悪感。部屋を暗くしてもらったけど、それでも彼女が「うっぅ、うっぅ・・・」と、苦しそうにするから、俺はいい思い出作りをしているというよりも、最後の止めを刺しているような気分になった。
彼女の気持ちは理解できる。快感を得たいんじゃなくて、最後に行為をしておきたかったんだろう。食べる、寝る、セックス。どれも人生には欠かせない。セックスなんて気持ち悪いと思う人もいるかもしれないけど、それがなかったら、みんな生まれて来ていない。本来は子どもを作るための行為なのかもしれないけど、彼女は子どもができなかったそうだ。
それで、彼女の最後の選択は、赤の他人とすることだった。俺じゃなくてもよかったんだろうけど、人生最後のセックスを引きくけてくれるような、軽い人はなかなか見つからないだろう。俺は物を考えなさすぎる。もしかしたら、すでに何人も断られて、俺にまで声を掛けたのかもしれない。メールに返事を出すまでの3日間は、俺なんかに連絡するまで、彼女が逡巡した時間だ。
でも、いいんだ。俺だって、今わの際までしたいと思うかもしれない。そうなったら相手は誰でもいい。風俗の人でも、おばあさんでも。女性ならきっと誰もが女神に見えるだろう。
ものすごく壮絶な感じで俺たちは果てた。彼女は早く終われと思っていただろうし、俺も特別遅くはないから、せいぜい15分くらいだったのだろうけど、ものすごく長かった。
「気持ちよかった」
彼女は嘘を言っていた。もし、そう言ってくれていなかったら、俺は立ち直れなかっただろう。
***
具合の悪い人を置いていけないから、俺は彼女と朝まで一緒にいることにした。会社に行くのに服を着替えられないけど、仕方がない。明日も同じ服で会社に行こう。同居人に、今日は帰れないとLineを送ると、悲しそうなスタンプが返ってきた。二重に悪いことをしているような気がしてしまった。
『一緒に飯食ってた人が具合が悪くなったから、ホテルに泊まっていくから、ごめん』
これは完ぺきに浮気の言い訳だ。
『本当に重い病気で、さっき会うまで知らなくて。本当にごめん』
俺は延々と言い訳をした。
『いいよ。仕方ないよ』
あちらは眠れない夜を過ごすんだろうと思う。申し訳ない。
「ねえ、大丈夫?」俺はぐったりしているAさんに声を掛けた。
「うん。薬飲む・・・」
その人はものすごく苦しそうにしていて、起き上がるとカバンから大量の薬出した。俺は水をコップに入れて渡すと、その薬を一気に口に入れたが、それすらままならない感じだった。
癌って大変なんだなと悟った。俺もそのうちなるだろう。
でも、やっぱり怖い。病気で苦しみたくない。
俺はこれでよかったんだと思った。彼女が俺と一夜を共にして、それで後悔なく旅立てるなら俺は喜んで協力したい。
「ねえ、一人で帰れないんじゃない?明日、誰か家の人に迎えに来てもらえば?」
「もう、頼んでる。大丈夫」
彼女はそのまま何もしゃべらなくなった。
かなり時間が経ってから、彼女は俺がいることに気が付いて言った。
「ごめんね。帰ってもいいんだよ」
「帰れないよ。朝までいるから」
俺はツインのベッドのもう片方に寝た。
寝息はまったく聞こえて来なくて、きっと痛みをこらえてるんだろうと思った。あんなきれいな人が10年後にこんな風になってしまうなんて。俺はショックだった。
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