最後の晩餐

連喜

第1話 アドレス帳整理

 俺はアドレス帳整理を口実に、ある女性に連絡をしてみた。10年ぶりだった。友達でもなく、仕事関係の人でもない。昔、何度かベッドを共にしたことがある仲だ。もしかしたら、会えるかもしれないと期待して、俺は白々しくメールを送った。


『お久しぶり。江田だけど覚えてる?アドレス帳を整理してて送ってみたけど、まだこのアドレス使ってるかな?』


 こんなメールを見て、女性はナンパだと思うだろう。既婚者でまともな人なら返信しない。


 俺がメールを送ったのは、前の会社に派遣で来ていた人妻。とにかくきれいな人で、芸能人みたいだった。身長はやや低いけど、集団で目立つくらいの美人。

 それなのに、旦那は普通のサラリーマンで、家は埼玉の田舎という庶民的な人でもあった。2回だけホテルに行ったことがあった。旦那とも割と円満で、俺とはあまり相性が良くなかった記憶がある。気まずいまま、あちらが契約を更新せずに辞めて行った。

 当時は35くらいだったけど、今は45くらいか。更年期の真っただ中でそれどころじゃないかもしれないけど、女性は40代が一番盛んと聞くので、俺はもしやという機会を伺っていた。普通はこういう間柄では連絡なんかしないものだろうけど、俺はとにかく当たってくだけろの精神で、無心にメールを送りまくっていた。


 Aさんからは、三日後くらいに返事が来た。『普段、メールをあまり見てなくてすみません』と、書いてあった。


『今どうしてるの?まだ働いてる?』俺はすぐにメールを送った。

『今はやめちゃったけど、ちょっと前まで小さい会社の一般事務のパートをやっていました。毎日会社行くのがしんどくて』

『そっか、家のこともやらないといけないしね』

『まあ、色々あって。江田さんはお元気ですか?もし、ご迷惑じゃなかったら会えませんか?』

『迷惑なんてとんでもない』

 俺は内心、やった!と思った。もしかしたら、離婚したのかもしれないという気もした。再婚相手として期待されたら困るから、俺は慎重になる。


 俺たちは、次の日の夜に待ち合わせをした。時間は夜7時で、場所はホテルの一室。彼女からホテル代は出すから、泊まりたいと言われていた。俺は泊まるのは無理だし、10時くらいまでしかいられないと答えた。随分と話が早いから、何か裏があるようで怖かった。それなら断ればいいんだけど、こういうのは指定された日時で行かないと、次はないから、俺は承諾した。


***


 ホテルの部屋で会った彼女は、頬がげっそりと痩せこけていた。ホテルの照明がくらいから余計に陰影がはっきりしていた。きれいというより怖かった。それでお腹がポッコリ出ている。妊婦さんなんだろうか。

「なんか痩せたんじゃない?」俺は一抹の不安を感じた。

「うん。ちょっと病気して」

「あ、そうだったんだ。大丈夫?」

「最近は調子がいいから大丈夫」

「どんな病気?」

「癌。もう末期なの」

「え!?」

「見る?」

 彼女はお腹を出した。ぽっこりしているけど、妊婦さんみたいな感じじゃない。何故、違うのかはわからない。

「腹水がたまっちゃって」

「あ、そうなんだ。大変だったね。今日はやめた方がいいんじゃない?体に負担かかるし」

「ううん。どうしてもしたくて。これが最後だと思ってるの」

「旦那は?」

「逃げちゃった。私が癌になっちゃったから」

「ひどいね」

「でも、辛かったんだと思う。私も彼と一緒にいると元気なふりをしなくちゃいけないから、毎日苦しかったし。私、彼にはいつも笑っていて欲しいから、別にいいの。

 でも、まだ、籍は抜いてないんだ。だから、彼の扶養に入ってて、保険料はかからないんだ・・・あっちは、もう女がいるけどね」

「でも、俺なんて久しぶりに会ったんだし、旦那に頼めば?」

「いいの。これを最後の楽しい思い出にしたいから・・・いいじゃない。病気でも素敵な人とセックスしたって。江田さんって今も独身なの?」

「うん。あ、でも、同棲してる」

「そうなんだ・・・いいの?浮気してて・・・」

「駄目だけど・・・君のことを思い出したら会いたくなっちゃって」

「ねえ。一回だけ・・・最後の望みだと思って聞いてくれない?」

「でも、俺は君の彼氏にはなれないし、会うのは今日が最後だと思うよ。それでよければ」

「うん。いいよ」

 会うのが最後なんてひどい。

 でも、俺は彼女を支え続けるほどの思いやりや忍耐力はない。

「風俗じゃダメなの?出張ホストとかもあるんだから」

 俺はやっぱり気が進まない。

「そういうのは嫌なの。普通の人がいい」

 こんな展開だから、いやらしい気持ちなんかまったくなくなってしまった。まるでボランティアのような気持で俺は引き受けた。まるで、赤の他人の死に水を取る感じ。


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