つじつま合わせに生まれた僕等

 三日くらい前から年下の彼氏を自宅に連れ込んで同棲生活を決め込んでいる。わたしは自由業者だし、向こうは長い夏休みなので気楽なものである。


「そうだ。今夜、手料理作ってあげよっか」

「…………うん。嬉しいよ」

「いまの『…………』はなに? 三点リーダーは二連で置くのがWEB小説の基本作法だよ?」

「いや別に何でもないよ」


 とぼけられた。わたしには料理ができないとでも思っているのだろうか。できるよ。一年に一度くらいは自炊するもんだ。


「ねー、裸エプロンやってほしい?」

「真面目に忠告するけど火傷するからやめたほうがいいよ、あれ」

「詳しいんだね。何番目の元カノにやってもらったの?」

「最初から数えて三ば……じゃなくて。よしなさい、油モノのときは特に」

「まあしょうがないか。じゃあそれはまたの機会に」


 というわけでこちらが五目チャーハンになります。


「………………うん。おいしい」

「三点リーダーの数で間の長さを表現するのは不調法だって文芸部で習わなかった?」

「教える側だった」


 わたしは自分の分の皿にスプーンを突っ込む。味がどうとかいう以前にじゃり、という感触がした。なんだこれ。


「それ、卵の殻」

「ごめん。捨てていいよこれ」

「いや。食べる」


 と言って彼は本当に全部食べました。ああ、愛を感じる。わたしは自分の分を捨てましたが。


「わたしが料理下手だって何で知ってたの?」

「えーと……あのね。台所を一目見れば、なんなら並んでる調味料の数を確認するだけでも、だいたいは分かるんだよね。そういうこと」

「へぇぇ」

「あとね。ぶっちゃけると書いてる小説を読んでも、その人の食に対する考え方とか経験はだいたい予測が立てられる」

「すごーい」


 嫌な感じにわたしの長年のファンであることが活用されている。


「まあいいわ。貫井潜夏さんにはおっぱいの大きさという強力な武器があるから」

「自分で言う?」

「好きでしょ?」

「好きです」


 人間の欲求を三つにまで絞り込むとあれとこれとそれ、というのはよく練られた発想だとしみじみ思う。わたしたちはくたくたになるまで愛し合い、もつれ合うように朝まで惰眠を貪る。


「今から貫井潜夏さんはお仕事をします。なぜなら新作のプロットを提出しなければならない日なので」

「わかった。じゃあ買い物でも行ってくる」

「さみしい」

「仕事しなよ」

「原稿の途中だから邪魔しないで、と言いつつ、女の反応は満更でもなかった。やがて男の手はまさぐるように、湿り気を帯びた茂みを掻き分け——」

「仕事しなよ」


 彼は本当におつかいに行ってしまったので、わたしは次回作の構想をテキストに打ち出す。もちろん年下の恋人ができたアラサーの女が主人公の話である。


「もしかしてなんだけど、貫井潜夏の過去の作品もみんなそういうリアリズムを反映して書かれてるの?」

「おかえり。さすがにそんなことはないです」

「ただいま」


 最初の同人誌に書いたやつは確かにそういうアレなんだけど、いくらなんでもそれだけで小説家はやってられません。


「何買ってきたの?」

「いろいろ」


 ヘッドセット被ってインターネット通話サービスを利用して悟霊沼さんと打ち合わせをしていると、彼が急にわたしの手を取った。


「やん。ゆうべあんなにしたのに、そんな急に」

「そうじゃない」


 なんか、指に何かが。


「俺、まだ学生だし、安物だけど……受け取ってくれる?」


 指輪だった。左の薬指に。


「嬉しい」


 わたしは彼に縋りつく。


「あの密さん。仕事中に割り込んだのは俺が悪かったけどさ」

「にゃに?」

「それはせめて打ち合わせが終わってからにしない?」

「しない」


 だって、愛というものはきっとこういう形に具現化するものだから。


「あの先生。さっきから全部聞こえているのですが」


 と誰かに言われたが、わたしは無視した。

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オフパコした男の部屋の本棚に自分が十年前と十一年前と十三年前に出した同人誌が全部刺さってました きょうじゅ @Fake_Proffesor

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