橋の下の死体

高黄森哉

死体と日記

 荒廃した町を縫うように伸びる高速道路は、所々が崩落している。建物の窓ガラスはほとんど抜けている。道路はひび割れ、車と雑草が点在している。その道を一人の男が行く。この世界の生き残りの一人だ。

 男は、今日は商店ビル、遥か上を走る高速道路を調べてみることを計画していた。なにか目ぼしい者があるかもしれない。見ての通り、通りの車のボンネットは開けられ中身を抜かれている。しかし、高速道路の上の車は漁られていないだろう。

 というのも男の目指す高速道路は、完全に外界との連絡が立たれていた。短い道路は一本足で支えられており、いうなればT字だ。消えた道路の両端は、地面にあるはずだ。崩れて落っこちたとの予測。遥か上空で長方形の土地が、一本足に支えられている。

 男は取り敢えず橋の下まで来た。近くの建物から乗り移れたりしないかと期待していたが、そういうことはない。真下では男の予想通りに、道路の前後が瓦礫と化している。勿論、そこにあった車は全て、金目の部品を抜かれていた。


 成果はなかった。しかし、男はある者を見つけた。それは死体だった。ミイラとなっている。そして、そこから離れた地点に鞄がある。きっと、この死体の物だろう。証拠に帽子に刺繍された文字と、カバンから出てきた日記の名前が一致する。


 帽子など、この世界では金にならない。無人になった店から盗んで来ればいくらでも手に入るのだから。帽子を反対にして被ってから、暇つぶしに日記を読むことにした。それで孤独を紛らわすのだ。




=====



 七月七日

 

 今日は計画遂行の日だ。俺は今日と決めたらやり遂げる男なのだ。というのも人生に絶望した。おい、これを読んでるそこの警官。浅い悲しみだと思ったろ。分かんねえだろうな、警官になれるような恵まれた人間には、底の方の人間の苦しみがよぉ。いいか俺は、自分の絶望を表現する方法を知らないんだ。アメリカの田舎で生まれ、あの糞女に虐待される幼少期を過ごし、学歴がないために職にあぶれ、ギャングになっても下っ端でいじめられ。分かるか、この苦しみが。マウス二十日鼠と呼ばれ、俺は永遠に死ぬまでルーザー。

 もう死ぬしかねえ。でも自殺は怖い。だから警察さんよぉ。俺に加担してくれねぇか。俺がお前を襲う、だから俺を撃ってくれ。臆病な俺を俺の代わりに殺してくれ。それがよ、最低限の施しなんだぜ。

 

 さよなら、現世。地獄で待ってるぜ警察。



 〇



 七月八日


 信じられねえことが起こった。そうだ、整理しよう。まず、警官は俺を殺さなかった。信じられねぇなんて無能なんだ。テーザーってなんだよ。痛かった。そんでもって、俺は警察車両の後ろに揺られて、刑務所なり警察署なりに、連行されることとなったのさ。これが信じられねえポイント1。信じらんねえ~。

 信じらんねえポイント2。それは俺を乗せた車が、無駄に高いところを走る高速に差し掛かった時その時だった。これまた、信じらんねえ閃光が走った。それでそっちを見てみると、大きなきのこ雲が、彼方に上がっていた。ワオ。一体どれだけの人間が灰になったんだ? 町中でだぞ。核戦争だ! ロシアか北朝鮮かしらねえが、アメリカに向けて派手な花火を打ち上げちまった! ワオ。これは、あれだ。ワオ!

 それで衝撃波が膨らんできて。ああ、これはヤバいなって思ったね。そんときだけは何か嫌だなって。なにがって、ほら、あれがだよ。死ぬのがだよ。でも違った。ここで、信じらんねえポイント3。生きてた。俺は生き残っちまった。死ぬしかない世紀末で不運にも幸運にも、生き残っちまった。生き残っちまった。



 〇



 七月八日


 ワオ、信じらんねえ。今日は二ページ目に突入。

 それで、俺を乗せた車を乗せた高速道路の前後は崩落した。俺たちの場所は、偶然、差し掛かった高いビルが壁になって、なんともなかった。

 それでまあ、巨大な島みたいだ。長方形の島さ。その四角の中には、車が四つあった。その一つは田舎にキャンプに行く奴だったんだ。そいつの野宿用具を使って、それで、住む場所には困らなくなった。今、そいつが作ったテントの一つで日記を書いてる。警官が隣で俺を見てる。ペンで人を殺したりしないかの観察だ。寝るときは、手錠をしなきゃいけないらしい。


 おっと、いけない。話が反れた。


 整理だ、整理。島、島と言っても道路だが、便宜上、島と言わせてもらう、には実に様々な人間が居合わせた。まず、俺と警官。俺と警官はお互いを監視し合っている。理由は特にない。そういう雰囲気だからだろう。それ以外に理由があったら、俺に連絡をくれ。電話番号は、


 おっと、また話が反れた。


 話を戻そう。他にカップルがいる。極めて普通の車に乗った極めて平凡なカップル。これから買い物に行くつもりだったらしい。買い物デートだと。極めて普通じゃないか。なんて平凡なんだ。くそくらえ。

 そしてばばあがいる。コイツがやたらと俺に優しくしてくれる。なんでも俺が死んだばばあの孫にそっくりらしい。生まれ変わりかもしれない、そう思ったが、なんでも、そいつが死んだのは、今から三年前だそうだ。じゃ、ちがう。完全に違う。

 さらに、じじいがいる。じじいは恰幅がいい。シェフなんだとか、そうだとか。とにかくムカつく野郎で場を仕切ろうとしやがる。それでいて、特に明晰ということはない。むしろ話をヤヤこしくしてるだけだ。風船みたいな体をしやがって。風船みたいに飛んでいけばいいのに。

 最後にバイカーがいる。気の弱い青年だ。特筆すべき点はない。


 おっと、今日はここまでだ。警察がご立腹だぜ。



 〇



 七月十日


 日付、間違えてるぞ、と勘違いした諸君。二ページ目に突入である。

 実は、昨日はいろいろあって大変で、だから書くべきことが沢山ある。仲間割れが起こったのだ。風船が自分がリーダーだと騒ぎ立てた結果、俺と衝突することとなった。だから俺は今、警察車両の中にいる。後ろは鍵がかけられているから簡易的な檻だ。ばばあが今日も、窓の隙間からヒマワリの種をくれた。その度に感謝する。感謝、ヒマワリばばあ。

 シェフの方は警官と延々と話し合っている。実は警察は俺に考えが近いようで。というのも、民主的? っていうのか。そういう方法で、この狭い土地で行き抜く方法を考えだそう、という意見だ。だからとにかく、風船の独裁には反対らしい。警官も、たった一人、銃を持ってるんだから独裁しちまえばいいのに。俺ならそうしてるね。馬鹿なポリだ。ポリ野郎と名付けよう。明日には忘れてるかな。


 それにしても一日中、車にいると暇だ。あっと、大事なことを忘れてた明日には釈放されるらしい。



 〇



 七月十一


 大変だ。バイクの青年がノイローゼになっちまった。核爆弾ででた放射性物質がどうとか、という話らしい。やはり都会っ子はひ弱なのだろうか。俺なんて寝たら何でも治るが、なんでも来いってんだ。しかしバイカーは、そのなんとか、ってのの脅威を熱弁した。じじいがおいおい泣き始めた。俺もそれでいよいよ怖くなった。だから、俺はマスクをすることにした。みんなには笑われたが、なんとか、ってのを防ぐにはこれしかないようだ。

 今日は皆の荷物を確認した。分かったことは食糧が少ない。風船はシェフだが、食べ物が無いと当然料理は出来ない。他にはそうだな。ないな。車の遮光カーテンを組み合わせて、簡易的なトイレ室をつくった。下界に落とすタイプだ。俺がしょんべんをしたときなかなか出なかったね。下の景色だけが丸見えで、怖くて下腹部がちぢこまっちまった。





 七月十二


 今日分かったこと、ばばあが種をもってやがった。植物の種だ。俺はその偶然に感謝した。偶然、園芸大好きばばあが居合わせてくれた奇蹟に。

 なんで昨日それを言ってくれなかったのだ。問いただすと、単純に忘れてたらしい。俺とばばあは、二人して大笑いした。シェフに早速、料理してもらうことを提案してみた。そしたら、みんな笑った。それで頭に来て、風船シェフの頭をひっぱたいた。それで、後部座席に収容中さ。

 それで、ばばあの野菜を育てるらしい。お菓子をくすねて来たばばあに、コンクリートの地面で育つのか聞いたところ、なんと、うんこで育てる運びとなったらしい。俺はごめんだね。でもいざとなったら食べるだろう。ばばあが暗闇に消えていく。灯りが少ないから、ここまでにする。



 〇


 

 七月十三日


 道路の隅っこにうんこ第一号が放たれた。集めておいた糞を隅に固めている。そこに種をまくとかなんとか。うげーって感じだ。

 今日はそうだな、みんなで役職の話をした。俺の担当は書記と力仕事だ。それも悪くはない。むしろピッタリだ。そんな素敵な人選をしたのは、警官だった。その警官は、治安維持を受け持っている。ばばあは農業。シェフは食糧の管理。バイカーは情緒不安定だから、生きるのが仕事だ。カップル? カップルは現実逃避をしている。俺たちが見えていないようだ。



 〇


 七月十四


 ということは、俺達が道路に取り残されて一週間が経過したことになる。少ない食料でなんとかやりくりしているが、もう底をつきかけている。野菜は芽を出したばかりだ。なんでもこれから三か月はかかるそうで、嘘だろばばあ、なんでそれを言わなかったんだ。

 俺たちは種を撒いて鳥を仕留めることにした。鳥を仕留めたときの感動は凄かった。道路が海沿いで良かったと思う。しかしながら、カモメの味はすごぶるまずかった。シェフの調理にも限界があるようだ。バイクの少年だけは味に関係なく、これをひとかけらも食べなかった。どうやら、なんとか線が、なんとからしい。



 〇



 七月十五


 雨が降った、恵みの雨だ。俺たちは生まれた姿になり体を洗った。寒くなったんで、一足先にパトカーの後部座席に戻る。それにしても凄い雨だ。体が温まったら、水が溜まりそうなものを動員して、飲み水を確保する。これで当分は大丈夫だろうか。

 そして雨が降り始めてからしばらく。俺は、初めてシェフのキャンピングカーに挙げてもらった。コイツは自分の領土では横暴だった。しかし、警官は共有財産だと主張した。それには意見が割れた。みんな自分の車にある者は私有物だと主張した。警察が鉄砲を見せ、その意見を黙らせた。俺は、ここで大きな勘違いに気が付いた。この島は民主主義ではなかったのだ。共産主義だったのだ。



 〇



 七月十六


 カップルが橋から飛んじまった。葬式はばばあによって執り行われた。普段、威張り散らしている風船シェフも、今日だけは喪に服していた。バイカー少年の精神は限界なのか、朝からずっと、すみで縮こまって動かない。このまま衰弱死してしまわないか心配だ。励まそうと近寄ってみるとちょっと臭い。そういえば、コイツは雨に放射線が含まれているとして、浴びなかったのだ。言われてみれば、ちょっと濁っていた気もする。

 みんな少年を心配してる。カモメも食べていない、水も飲まない。ゆるやかな自殺じゃないか。俺は、少年をぶった。理由は説明できない。俺に説明する脳が無いからだ。だからといって正当性が確保されないわけじゃない。俺が説明出来ない所で、きちんと、ちゃんとした論理が動いている。俺は、後部座席に隔離された。明日には釈放されるという。



 〇



 少年が死んだ。朝起きたら物と化していた。ばばあは律儀に今日も葬儀をした。ああ、あと、今日は七月十七だ。書き忘れたが、余白がない。それにしても、ばばあはそんなに悲しんで疲れないのだろうか。

 あとはそうだな。シェフが死んだ少年を調理しちまった。これには、俺は怒った。だけど、警官は加勢してくれなかった。みんな空腹が限界だった。だけど、ばばあだけは少年を食べなかった。立派なもんだ。シェフとは違う。警官ともちろん俺とも違って、だ。


 そして、ばばあが死んだ。これは七月十八のことだ。なんてこった。俺は一日の出来事を、たった半ページしか書けない思考力に低下しているではないか。もっと書きたいが筆が止まる。精神の末期に向かっていく三人の男はアラユル意味で面白いが、その醜態はここに記述することは出来なかった。倫理の問題ではない、単純に眠いのだ。



 〇



 遠くの、俺達のように孤立した高架から、火が上がっているのが遠い。火の人型が落下し、墜落す。俺達みたいな暮らしをしている人間は無数にいるのかもしれない。これまでもそうだったのかもしれない。つまり、今に始まったことではないのかもしれないということを言いたい。ここから数えられるだけで集落は四つある。どこもここより大きい。あとこれは十九日のことだ。書き足したいが余白がない。



 今、俺はキャンピングカーにいる。これは二十日のことだ。キャンピングカーで日記を書いている。警察が料理をしてくれた。隠しておいたというとっておきの品だ。


 あと、そうだ。シェフが殺された。これも二十日のことだ。警官が射殺した。警官はシェフをとめなければならなかった。俺は警官はシェフと戦った。シェフが、俺を警官を食べようとしたからだ。警官を食べようとしたからだ。俺はシェフに食べられそうになった。警官がそこへ来てとめた。警官は止めるためにそこに来て止めた。シェフが警官を包丁を突き立てていた。俺がその間に立ちはだかることにした。警官は銃の銃弾はシェフの包丁と凶器を打ち落とすはずなのに、弾丸が胸にあたったから死んだ。それに包丁は銃弾によって落とされた。俺は、その包丁を拾わなかった。包丁は、俺と警察官には拾われなかったし、死んだシェフにも拾われなかった。なぜならばシェフは死んだからだ。シェフは動かなくなり、俺は警官はを、シェフは食べることをやめにした。そこから察するに、どうやらシェフは死んだようだ。警察は全てが終わった後に、俺にすまないとあやまった。俺は、シェフと警察にあやまった。シェフだけは、ついに謝らなかった。俺は警官はは、そのことについてシェフは、にあやまった。俺と警官か、は、シェフが謝れないことを詫びた。追記これは二十日のことだった。ハツカネズミなら死んでいたようだ。帰ったらコーラを飲みたい。腹いっぱいのコーラを口に、






 俺は死んだように眠った。



 〇



 今日は良い朝だ。すっかりと晴れている。俺は降りることにした。パラシュートを警官と作った。パラシュートだ。これで地上に降りられれば希望があるだろう。沢山の犠牲を出してしまったことをすまなく思う。彼等のためにも俺は生きる。



=====





  男は日記を読み終えた。死体のそばに置く。そしておかしいな、と思う。それは最後の部分だ。どうして、男の思考は急に明晰になったのだろう。どうして、男はこんな文体で書いたのだろう。どうして、男は日付を書かなかったのだろう。どうして男は自分が寝たことを書けたのだろう。そのパラシュートとやらはどこにあるのだろう。なぜ鞄は離れたところに落ちていたのだろう。鞄は誰のものなのだろう。

 男は、こんな考察をたててみた。最後の部分は警官の創作だったのだ。きっと、最後の戦いで重傷を負ってしまったに違いない。それで死んでしまう。それで、最後の日記は、最後に残された警官のもしそうだったらよかったなという精神安定剤なのだ。あるいはそもそもそんなお話は存在しなかったのかもしれない。橋の上にたった一人取り残された男が生み出した妄想。

 男はミイラから服を剥ぎ取る。そして、今日からその服に書いてある名前を名乗り始める。男は旅をする。そして話をする。それは高速道路から脱出した男の話。パラシュートで逃げ延びた、ある男の物語。

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橋の下の死体 高黄森哉 @kamikawa2001

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