名前の無い手紙

れてぃ

大切な人へ

 また一人また一人と昨日も寝食を共にした仲間が倒れていく。そんな中私もまた一人の敵兵を倒した。


 黄昏時が近づき今日の戦闘が終わると、いつものように敵兵から手に入れた戦利品の確認と味方の生存確認に入った。


 戦利品の確認を行っていると、何枚かの紙切れが混じっていた。ここ最近ではよく見られる光景だった。そのほとんどが家族や恋人に宛てた手紙で、稀に友人に宛てた物もあった。


『大切な人へ』


 全ての手紙はこの言葉から始まり一切個人名が出てくることなく終わってしまう。


 なぜこのようなことをするのか、私には解らなかった。書いた人の名前も、手紙を読んで欲しい相手の名前も書かれていない手紙なんて届くわけが無い。万が一にも読んで欲しい人の手に渡ったとしても、それが自分に宛てた手紙だと、誰が書いた手紙だと判らないのでは意味が無い。そもそも、殺されて敵兵に渡った手紙なんて大切な人へ届くわけが無いのに。


 私はこの疑問の答えが手紙の中に眠っていると思い、手紙を集めるようになっていた。


 未だその疑問の答えの糸口すら見つけられないまま戦争にちじょうに戻った。




 それから半年が経過し戦争も終盤に差し掛かっていたある日、いつものように戦闘を終え、戦利品を確認しているとやけに手紙の数が多いのに気がついた。


 おかしい、倒した敵兵の数はいつもと比べても逆に少ないくらいなのにだ。もしかしたら一人戦争のない日常に未練のある人がいて、色んな人に手紙を何枚も書いていたのかと思ったがそれも違う。確認した手紙の中で筆跡が同じものが全くない。


 私はなぜこんなにも筆跡の違うたくさんの手紙があるのか気になり、まだ見ていない手紙も含めてこの手紙達を読んだ。


 なんだか私はこの手紙達の中に私の疑問の答えが眠っている、そんな確信めいた何かを感じていた。


 私は読んでいるうちに、この手紙達の中から一際異彩を放つものを見つけた。


『大切な人へ』


 手紙の書き出しは他の手紙と同じだったが、内容はとにかく不思議なものだった。


「私はこれらの手紙が大切な人へ届くことを祈っています。あなたがこの手紙を見ているということは私は死んでいるでしょう。この手紙を見ている貴方はたくさんの手紙に驚いていることでしょう。その手紙の数は私が殺した兵士の数であり、私の決意の数です。戦争で私が殺したまだたくさんの幸せを掴むはずだった兵士達の人生を背負って私は闘ってきました。彼らの大切な人を私の大切な人としてきました。貴方に私の生き方を強制する事は無いし、私の分の人生を背負って生きろとも言いません。ただ願わくば私が殺した彼らの大切な人へその手紙が少しでも多く届くことを」


 私は最初この手紙を読んだ時、確かにこの手紙を書いた人の考え方には素直に凄いと思ったが、手紙を届けようにも名前が書いてないから届けられないじゃないか、と初めて手紙を見つけたあの日と同じことを思ってしまった。


 私はあの日から全く解決していない疑問を抱えながら、残っている手紙に手をつけた。


 次で最後の手紙になってしまったが、この疑問を抱えたままだった。もしかしたらさっきの感覚は気のせいだったのかもしれない。私はそう思い始めていた。


 しかし、この最後の手紙で私の半年間に渡る疑問は最悪な形で解決してしまった。


 最後の手紙の字にものすごく見覚えがあったのだ。その瞬間私はこの手紙が彼のものだと確信した。訓練兵時代に最も仲の良かった私の親友とも呼べる男だ。彼は線の細い身体で、戦争に出たなら真っ先に死にそうな男だった。それでも彼は少しでも誰かの力になりたいという大きな信念を持っていた。


 戦争中も彼とは連絡を取ってはいたが、最近は全然連絡が来ていなかった。きっと忙しいだけだと思っていた。


 私の霞んだ両目からは自然と涙が溢れてきた。その涙は頬に付いた敵兵の血で紅く染まりながら流れていき、敵味方の兵士達の血で染まった大地へと沁み込んでいった。


 私は不思議とこの手紙を持ってきてくれた人に感謝していた。普通なら大切な人を殺した人に感謝するなんておかしいと思うが、大切な人を背負ってくれた人には、それ以上に感謝の気持ちが強かった。


 その後、私はこの人のように私が殺した兵士の手紙を持ち歩くようになった。


 しかし、私は彼らの手紙を、彼らの大切な人に終ぞ渡すことが出来なかった。この戦争が終戦を迎えたからだ。両国の体力が尽きたことによる何とも締まらない和平という結果となってしまった。


 戦争をした事の利益は両国とも全く無かったが、終戦したことは両国に利益をもたらした。資源の採掘とそれの加工を両国で分担して行うことになり、それにより両国間での人の移動も盛んになり経済が発展したことだ。




 終戦から数年後、私は戦争で利き腕を無くしたため軍を辞め郵便業を営んでいた。様々な場所へ書き手の思いをのせた手紙を運び、その過程で戦時中に私が届けられなかった手紙を少しでも届けられれば、と思ったからだ。


 残念ながらあの時の名前の無い手紙は、私のバッグの中にまだたくさん入っている。無事に大切な人へ届けられた手紙は数少ない。


 しかし、その数少ない手紙を届けた先で数多くの感謝を貰ったことを、私は忘れない。




 私は数年振りに郵便業仲間から渡された同期で会おう、という友人からの手紙に返事の手紙を書くことにした。しかし、手紙を書くのはいいが私は利き腕を失ってからはあまり上手く字が書けない。そこで、手紙の代筆を頼みに行くことにした。


 そこには両脚のない車椅子に乗った体格のいい男性がいた。手紙は彼と少し話をしてから書いてもらうことになった。その方が緊張もほぐれ、心からの言葉が出てくるのだという。


 彼もあの戦争に参戦していて、そこで命は助かったものの両脚を失い戦えなくなり、字が綺麗だったことを活かして、直接力になれなくても利き腕を失い、字が書けない人のために手紙の代筆を始めた所、すぐに人気になりしばらく休み無しで書いていたらしい。


 私は彼の中に『誰かのために』という、決して折れることの無い大きな信念があることに気がついた。


 私も彼になぜ郵便業をやっているのか、戦時中の出来事や亡くなった親友のことなどを話した。仲のいい友人以外には話したことのないことをなんの抵抗もなく、初対面のはずの彼に話してしまった。彼になら何を話してもいい、私は不思議とそんな気持ちになってしまっていたらしい。


 かなり緊張がほぐれてきたところで彼に手紙を代筆してもらうことになった。同期で会うことへの了承と久しぶりに会えることが楽しみだというごく普通の内容ではあったが、彼は私の心からの声を引き出してくれた。こんなにも手紙に心からの声を描けることはないとさえ思った。


 少しして、彼は描き終わった手紙を見せてくれた。


 その手紙を見た時に私に強い衝撃が走った。私の両目から数年前のあの日以来初めて涙がこぼれ落ちた。それぐらい衝撃的だった。なんせこの手紙に書いてある字は、数年前に亡くなったと思っていた私の親友と全く同じだったのだから。


 私はわけがわからなくなった。口を動かしてはいるものの、さっきまでとは打って変わって声が出なくなってしまった。


 しかし、目の前の彼が「久しぶり、会いたかったよ」と言ったことで、疑問は確信に変わった。目の前の彼は私の大切な親友であると。


 気がつくと彼も涙を流していた。


 しばらくして、お互いに少し気持ちの整理がついてから色々な話をした。


 彼によると、彼は戦争開始後すぐに両脚を失い、代筆を始めたらしい。代筆が忙しくなりすぎて私に連絡をとる時間が無くなってしまっていたそうだ。それからしばらくして落ち着いてきた頃には、私は彼が死んだと思い込んで連絡をしなかったことから、彼は私が死んでしまったと思ったとの事。


 私が戦場で見た彼の字で書かれた手紙は、彼が代筆をで書いた兵士のものであるだろうということらしい。


 体格が良くなっていたのは軍での訓練と代筆するのと、車椅子を動かすために腕の筋肉を酷使したためだろうとの事だった。


 私は彼が死んだと同期の友人たちに伝えていたため、彼は同期で会おうという手紙を受け取っていない。そこで彼をサプライズで連れていくことになった。


 私と彼はそれから一週間ほど仕事を休み二人で思い出話にふけった。


 同期と会う当日、私たちはわざと少し遅れて同期の元へ向かった。彼が生きていることにはそれはもうかなり驚かれたが、みんな泣いて喜んでくれた。


 彼が生きていたため、そのお祝いに翌日も皆でパーティーをする事になった。


 勿論仕事で出れない人はいたが、ギリギリまで残って当時の思い出を振り返ったりした。


 本当にこんなにも素晴らしい同期と親友を得られた私の胸ポケットには、


『大切な人へ』


 と、書かれたくしゃくしゃになった名前の無い手紙が入っている。

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名前の無い手紙 れてぃ @Hihyou

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