出発前

 その翌日。

 この日は村の人達が五組ぐらい訪れて、少しだけ忙しない一日だった。

 でも午後に入るとまったく足取りは途絶え、閑散とした空気が礼拝堂を包み込んでいた。


「んー……そろそろ行こうかな」


 これ以上は村の人も来なさそうだし、いくなら早めに行った方がいいだろう。

 ―――そう思った理由は、昨日の女将さんの話。

 どうやら、ここら辺の村で魔獣が顔を出すようになってしまったらしい。

 今のところ誰かが傷つかれたという明確な被害は出ていないものの、生活を脅かしつつあるのは事実。

 だからこそ、行けるのであれば早めに対峙しておこうと思ったのだ。


「アリアー」


 僕は礼拝堂の長椅子で読書に耽っているアリアに声をかける。

 昨日あれだけ飲んだのに二日酔いの空気も感じさせないとは、彼女はかなり酒に強いのかもしれない。


「どうかしたの?」

「昨日女将さんがここら辺で魔獣をよく見かけるって言ってたからさ、ちょっと退治に行こうよってお誘い」

「なんだ、そんなこと―――どうせ村の人達も来ないし、別に構わないわよ」


 そう言って、アリアは本を置いて腰を上げる。

 やっぱり、女将さんの心配は杞憂だと言わざるを得ない。もしか弱い女の子であれば、こうもあっさり立ち上がったりはしないだろう。

 それに、僕達はこれでも五百年も悩ませていた魔王を討伐したのだ。

 今更魔獣の一匹や二匹、相手にしたところでどうってことはない。


「あれ、お二人共どこかお出掛けになるんですか?」


 礼拝堂の奥からひょっこりと顔を出してくるミーシャ。

 彼女は案の定二日酔いになったんだけど、どうやら癒しの力で二日酔いを治したらしい。

 そう考えると、女神から賜った恩恵は便利すぎて羨ましい。


「最近、ここら辺で魔獣が現れてきたって聞いてさ」

「なるほど……確かに、そういうお話をよく村の人から聞いています」

「そうそう、だからちょっとアリアと一緒に魔獣を討伐しに行こうって話になったんだよ」

「わぁっ、それは素晴らしいことですね! 村の人達が喜びます!」


 ミーシャがまるで自分のことのような笑みを浮かべる。

 こういうところは、やっぱり彼女の魅力なんだなとは思う。

 村の人に心配されたということは置いておいて。


「では、私もご一緒します!」

「え、行くの……? 一応、危ない場所ではあるんだけど……」


 ミーシャは非戦闘員だ。

 僕やアリア、ライダのように殺傷能力は一切なく、単純な力だけで言えばよく見る女の子と変わらない。

 僕とアリアがいれば大丈夫だとは思うんだけど、一応何かあると心配なのはある。

 もし離れてしまった瞬間に何かあってしまえば……僕は後悔と自責の念で軽く死ぬだろう。


「大丈夫です! お二人がいますし!」

「うん、まぁ……」

「戸締りもしっかりしますっ!」

「取られるものは何もないけど、大事だね」

「それに、私がいた方がもしものために安心だとは思います!」

「といっても、今更僕とアリアが怪我をするとは思えな―――」

「変には変、ですっ!」


 念には念だろう。

 それだと、僕達が変人だと言われているみたいだ。


「別にいいんじゃないかしら? 怪我させるってことも今更ないでしょ」

「いや、僕も嫌とは言ってないんだけど……まぁ、いっか。じゃあ三人で行こう」

「はいっ!」


 ミーシャがトテトテとこちらに駆け寄ってくる。

 こういう姿を見ると、小動物みたいで本当に可愛い。


「そもそも、ここら辺に詳しいミーシャがいた方が楽っていうのもあるのよね」

「言われてみれば確かに。僕達が「森へ行こう」って言っても、どこにいそうかなんて分からないしね」

「私も分かりませんよ?」


 よし、今の話はなかったことにしよう。


「私、ここにいた時は「森には近づくな」ってずっと言われ続けてましたので……」

「あー、確かにそうね。ミーシャって一人で行くと危険度が跳ね上がるもの」

「村の人達は優秀だね。うん、よく言ってくれた!」

「あぅ……なんか「使えない」って言われているような気がします」


 そんなことはないさ。

 もし村の人達が何も言わないでミーシャが危ない目とかに遭っていたら発狂していたかもしれないからね。

 今の元気のあるミーシャがいるのは、ある意味村の人達のおかげとも言える。ありがとう、皆。


「魔獣相手だったら、魔術の練習でもできるかしら?」

「そう考えるとちょうどいいよね。訛るのも考え物だし、練習台として扱わせてもらおっか」

「五発ぐらいまでなら耐えられると思うんだけど……」

「あんまりよくないけど、だったら大量にいることを期待しなきゃだね」

「あはは……なんだか魔獣さんが可愛そうになってきた気がします」


 なんて心優しいんだミーシャは。

 そんな、害獣なんだから同情してあげることなんてないのに。


「それじゃあ、行こっか。早く終わらせて教会に戻ろう」


 それから特になんの準備もしないまま、僕達は魔獣を討伐するために森へと向かうのであった。

 気分は、ちょっとしたピクニックだ。

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