酔っ払った二人

 思わぬ不手際で食材が全滅して夕食にありつけなくなってしまった僕達は、村へと降りて食事をすることになった。

 やはり日も暮れ初めているからか村の人達の姿はあまり見受けられなく、少し閑散としていた。

 それでも、この村にあるミーシャのオススメの定食屋さんは営業していて、僕達は閉まる前に駆け込みで中へと入ることができた。


「最近、ここら辺に魔獣がいっぱい現れちまったよ」


 注文した料理を持ってきた女将さんが、急にそんなことを言い始める。


「へぇー、こんなところに魔獣が出るんですね」


 魔獣とは、瘴気という空気を吸い込んで凶暴化した生き物のことだ。

 瘴気についてはあまり研究が進んでおらず、一説によると魔王が従えるために作り出したなんて言われていたりする。

 その魔獣は主に森の中で生活しており、滅多に村や街を襲うことはない。

 ただ、森の中へ入って姿を見せればその凶暴な気性に襲われてしまうだろう。


 確かにこの村の周りには森が多いし、出現する条件には当て嵌る。

 それでも「よく現れる」と言ったってことは、森から姿を見せた魔獣がいたということ。


「そのおかげで、肉が中々仕入れられなくてね……森に入ることすら猟師が制限をかけちまった」

「あ、じゃあこのステーキ───」

「いんや、うちは値段は下げないよ! いくら肉の値段が高くなろうが、うちは皆に食ってもらうためだけにやっているんだ!」


 ……なんていい人なのだろう。

 肉があまり仕入れられなくなれば値段が上がるのは普通なのに、この女将さんは身銭を切ろうとしてまで客のことを考えてくれている。

 利益目的で経営していないのかもしれないけど、女将さんの温かさに触れたような気がした。


「じゃあ、僕が退治してきますよ」

「は? 何言ってんだい、兄ちゃん」


 なんか「世迷言を」みたいな目で見られている。不思議だ。

 心配されているのだろうか? それとも、僕があまりにもヒョロっちぃ男に見えるからだろうか?

 これでも魔王を討伐した元勇者だし、今更魔獣如きに遅れは取らないんだけど……。


「もし心配って思うなら、アリアも連れて行きますから」

「あんた、女の子に何させようとしているんだい!?」


 解せない、どう考えても安心安全の布陣なのに。


「まぁ、兄ちゃんの気持ちだけ受け取っておくよ。兄ちゃんみたいな若い子が危ないことはするもんじゃないさ」


 そう言って、女将さんは「やれやれ」といった笑みを浮かべる。

 ここまで信用されないなら、何を言っても無駄かもしれない。今度こっそりアリアでも連れて倒しておこう。


「オバさん、エールのおかわりをちょうだい!」


 そんなことを話していると、対面に座っていたアリアが女将さんにおかわりを求め始めた。

 いつの間にか運ばれていた料理も空になっているし、何故か空きのジョッキが彼女の目の前に並んでいるしで、思わず目を疑った。


「ちょっと、アリア飲みすぎ」

「いいじゃない、久しぶりのお酒なんだから!」


 そう言いつつ、つい二日前も飲んだ気がする。


「おかみしゃん! わたしにもえーるくだじゃい!」


 そして、今度は横からいかにも呂律が回っていなさそうな声が聞こえてきた。

 向けば、ミーシャは頬を赤らめて空になったジョッキを掲げている。


「ミーシャまで……」


 普段はあんまり酒なんか飲まない子なのに。

 いくら年齢的にお酒が飲める歳だからって、べろんべろんじゃないか。

 僕が話している間に、一体何があったというのか?


「アリアしゃんが、おしゃけを飲める女の子こそ立派なれでぃーになれると言っていました!」

「おいコラ、アリア」

「その通りよ!」


 なわけねぇだろ。

 淑女の欠片すらも残りそうにない姿が立派なレディーなわけがないのは明白なのに。

 ……でも、べろんべろんになっているミーシャも、これはこれで可愛い。誰か、今のミーシャを描いて保存して。


「あいよ、ちょっと待ってな!」


 女将さんは楽しそうに笑うと、エールを持ってくるために店の奥へと向かっていった。

 幸いなのが、店内には僕達以外には誰もいないということだろう。迷惑ですぐさま店を出ることにならなくてよかった。


「ユランっ! おしゃけがないです! ユラン、飲んでないです!」

「いや、でも明日も仕事があるし───」

「でもじゃありましぇん!」


 そうか、可愛いけど僕は怒られなくちゃいけない構図になるのか。

 ほほぅ、これはまた近年稀に見る理不尽さだ。でも、愛があるからかなんでも許せちゃいそう。


「そうよ、ユラン! 酒を飲めないと立派な男になれないわよ!」


 酒を飲めるやつになんでも立派がつくとは思わないことだ。


「おかみしゃん! ユランの分もえーるくだしゃい!」

「ジョッキ50杯は持ってきて!」

「殺す気!? 酒50杯って僕を殺す気なの!?」

「何よ! 私の酒が飲めないっていうの!?」

「誰の酒でも飲めないよ!」


 一気に酔っ払いが殺人者に成り下がろうとし始めたぞ。

 いくら酒好きのライダでも、50杯も飲めば理性を失い始めるというのに。

 これは最近巷でよく聞く『アルコールハラスメント』というやつではないだろうか?


「はいよ、エールお待ち!」

「さぁ、ユラン飲むのでしゅ!」

「飲みなさい、ユラン!」

「えー……」


 僕はこの時、ふと思った。

 こんな面倒臭い人達を連れてちゃんと教会に帰らなきゃいけないのか、と。

 僕はべろんべろんになっていく二人に辟易としつつ、無理矢理口元に運ばれたエールを煽った。

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