食材が消えました。犯人は?
教会を閉め、一日が終わった僕達は家の中でまったりと寛いでいた。
リビングのソファーではアリアが紅茶と本を片手に読書をし、僕は自分とミーシャとアリアのロザリオを綺麗に磨いている。
王都とは違い、ここは娯楽が少ない。だからといって不便ではないんだけど、時折やることがなくて暇を持て余してしまいがちだ。
けど、そろそろ夕飯の準備を始めなきゃいけない時間帯だし、暇な時間もあと少しである。
「アリア、何読んでるの?」
磨き終わってしまったから、正面にいるアリアに声をかける。
「ん? あぁ、これ?」
アリアも同じように暇だったからか、すぐに返事をしてくれた。
栞を挟むことなく本を閉じた様子から、恐らく彼女も暇をしていたのだろう。読書の邪魔かな? って思ったけど、アリアも暇をしていたのなら話しかけてよかった。
「『上手な眼球の潰し方』って本」
……しまった、話しかけない方がよかったかもしれない。
「なんて、冗談よ。暇だからミーシャの持っていたシスターの教本を読んでいたの」
冗談にしてはたちが悪い。
今まで潰されそうになった眼球さん達が回れ右をしそうになったじゃないか。
「へぇー、やっぱりミーシャは真面目だね。ちゃんとそういう本を持ってるんだ」
「私達とは違って、あの子はシスターになりたくてなったからでしょうね。といっても、すぐに聖女に選ばれてしまったわけだけど」
ミーシャが聖女になったのはシスターになってから。
それもすぐのことみたいで、教会で働いていた時間は少なかったんだとか。だからこそ、こうして故郷で教会を建てて働きたいって願っていたのかもしれない。
そう考えると、本当にミーシャの夢が叶ってよかったって思う。
「魔術の研究もしたいんだけど、あんまりここでしちゃいけない気がするのよ」
「あ、それは同感。なんか荒らしちゃいけない気がする」
「結構綺麗な場所だものね」
勇者の役目を終えてしまった今、僕は一介の牧師であると同時に魔術師だ。
牧師の仕事はちゃんとしているし、なまらないように魔術のケアもしたい。
だけど、あんまり魔術の研究をしていると周りに被害が出る時があるから、少しだけ憚られるような気がする。
まぁ、ケアしなかったからといって死ぬわけじゃないし、忘れちゃうなんてことはないから小さな問題ではあるんだけど。
「っていうか、こんな生活が続いたらもう魔術師には戻れないわ……」
そう言って、アリアはテーブルの上に突っ伏した。
紅蓮色の長髪がテーブルの上に広がり、如何にも「だらけています」というオーラが伝わってくる。
「そりゃまたどうして?」
「……だって、平和すぎるもの」
「確かに」
命と隣り合わせな状況がなさそうな場所だ。
平和ボケする気持ちも理解できる。
「た、大変ですっ!!!」
アリアが突っ伏し始めたその時、ミーシャの焦ったような声が背後から聞こえてくる。
振り向けば、そこには修道服姿のミーシャが慌ている姿が見えた。
「夕ご飯の食材が何もありませんっ!」
「なん、だと……ッ!?」
それは一大事だ、ミーシャが慌てるのも分かる。
これから夕食時。今から準備を始めなければ夕食にはありつけないというのに、そもそも食材が存在しないとは。
このままでは、空腹の状態で僕達は一夜———いや、明日の朝までを過ごさなければならなくなるッッッ!!!
「先程確認したら何も残っていなくて……」
「でもそれはおかしい。昼食を作った時は、確かに食材は充分残っていたはず」
では一体どうして?
そんな疑問が浮かび上がったので、とりあえずアリアの方を見た。
決して深い意味はないけども、ないんだけども、直近で誰かキッチンを使ったような気がしなくもないけども。
「まさか盗難かな?(チラッ)」
「…………」
「礼拝堂と隣接していますし、誰か家に入ればすぐに気がつきます!(チラッ)」
「…………」
「それに、村の人達はそんなことをするような人じゃありません!(チラッ)」
「…………」
「確かに、この村の人達がそんなことをするような人達とは思えないよね(チラッ)」
「…………」
「……となると(チラッ)」
「…………」
どうしてだろう? さっきから僕だけじゃなくてミーシャまで見ているのに、アリアが一向にこっちを向いてくれない。
別に向かなければいけないというわけではないけど見続けておこう。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そして。
「あーっ、もうごめんなさいっ! 私が料理に失敗して食材をダメにしちゃったの!!!」
「「おぉー!」」
僕とミーシャは思わず拍手をしてしまう。
よく正直に言えました。あとで飴ちゃんをあげよう。
「あ、あなた達、結構意地悪よねっ!? 絶対私だって分かってたでしょ!?」
「そりゃまぁ、アリアが料理してたの知ってるし」
「私はユランがアリアを見つめていたので途中から気がつきましたっ!」
実質、犯人は初めから分かっていたようなものだろう。
キッチンに入った人間なんてこの数時間一人しかいないし、練習するって言っていたし。
「あの、アリア……失敗してもいいですから、ちゃんと報告しなきゃダメですよ?」
「うぅ……ミーシャだって失敗してるのに、何も言い返せないわ」
報連相は大事だからね。
「まぁ、でも村に行けば何かあるんじゃない?」
「そうですね、この時間でも開いている料理店は確かあったはずです」
ならとりあえず空腹で困ることはないだろう。
これは早めに白状してくれてよかったと、前向きに捉えておく。
「……私がご馳走します」
罪悪感はしっかりあったのか、アリアは赤髪を下げながらガックリと項垂れる。
普段強気で凛々しい彼女も、今に至っては小さく見えてしまった。
だから僕は少し見ていられなくて、アリアの頭を優しく撫でた。
「まぁ、別に怒っているわけじゃないからさ、そんな顔しないでよ」
「ユラン……」
「ミスなんて誰にでもあるしさ、今度からはちゃんと言ってほしいな」
アリアの潤んだ瞳が向けられる。
こうして見ると、やっぱり彼女も年相応の女の子なんだなと思う。
こういう一面もあるからこそ、やっぱり彼女は魅力的なんだ。
「(……羨ましいです、アリア)」
その時、ボソッと何か呟かれたような気がした。
僕が顔を向けると、何故かミーシャは頬を膨らませてそっぽを向けている。
怒らせるようなことをしただろうか? ふとそんなことを思ってしまった。
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