膝枕
『とりあえず今日は帰りますけど、また来ますからね先輩っ! っていうか、なんか先輩のせいで第三王女様が来るような気がするので、責任取ってもらいます!』
などというセリフをセラが残して帰っていった翌日。
今日も今日とて曇りもない晴れ晴れとした平和な一日が始まっていた。
「ふぁぁっ……」
礼拝堂に射し込む光がステンドグラスを照らし、ちょっとした神秘的な空間が広がっている。
心地よい陽気が教会を包み込んでくれているからか、思わず欠伸が溢れてしまった。
流石に昼ご飯を食べたばかりなので、睡魔の強さが尋常ではない。こうして信者の人も来ないから凄い暇だし、最近女の子二人が横で寝ているせいで寝付きがあまりよくないし、僕の耐性もすこぶる悪かった。
やはり、女の子二人に挟まれて寝るのは思春期男子には辛いものがある。アリアにお願いしたはずなんだけど、何故か今日も真ん中になっちゃってたし。
「かといって、一人だけ寝るのはなぁ……」
礼拝堂の祭壇に頬杖をつく。
アリアはやることがないからと、一人キッチンで料理の勉強中だ。本人曰く「は、花嫁修業とかじゃないからねっ!?」だとのこと。
花嫁修業なのは間違いないとして、アリアもそんなことを考えるお年頃なんだなと驚いた。
一方で、ミーシャは教会の外を掃除してくれている。
好きな人が真面目に働いているのに、僕だけ寝てサボるというのはいただけないだろう。
「ふぁぁっ……」
そう思っていても、自然と欠伸は出てしまうもの。
確か研究者の人達が「欠伸は呼吸不足からくるものだ」って言ってたっけ? 試しに、ずっと深呼吸でもしていようか───
「ユラン、眠たそうですね」
そう思っていた時、ふと横から声をかけられた。
「あれ? いつの間にミーシャが……」
「ふふっ、外のお掃除が終わったのでユランの様子を見に来ちゃいました。でも、ユランってばボーッとして私の様子に気がついてくれませんでした」
睡魔と戦っていたせいでボーッとしてしまっていたのか……これは気をつけないと。
あまりにも長かったら不名誉なサボり判定を受けてしまう。
「寝不足なんですか?」
「寝不足、なのかなぁ?」
「確かに、教会に来てから毎日早起きさんして朝ご飯を作ってくれますもんね」
寝付きが悪くて早く起きちゃうからなんだけどね。
それに、ミーシャに任せたら僕しか食べられない炭料理ができてしまうし、かといって料理初心者のアリアにいきなり任せるわけにもいかないから。
「そうですっ、いいことを思いつきました!」
ミーシャは突然、閃いたとでも言わんばかりに両手を合わせる。
この子はいちいち仕草が可愛くて困りものだ。
「ユラン、こちらに座ってください!」
そう言ってミーシャは長椅子に腰を下ろすと、その隣に座るよう僕に促す。
いきなりどうしたんだろう? という疑問が湧くけども、僕は気にせずその横に座った。
すると───
「えいっ」
ミーシャが僕の頭を抱え、そのまま自分の太ももへと押し付けてきた。
「ッ!?」
突然与えられるふくよかな感触、それでいて妙な安心感が襲いかかり、僕は思わず動揺してしまう。
加えて、視線を上げただけでミーシャの顔がすぐ傍にあるのが分かる。それが更に胸を高鳴らせた。
それは、人生で味わったことのないほどの幸福感。
だからこそ、僕は思った。
(こ、ここが天国なのか……!?)
人は死後、天国か地獄に向かうと言う。
悪行を積んでいれば地獄へ、善行を積んでいれば天国へ。
僕は決して悪事をしていないと言えば嘘になるけど、それでも人々の幸せには貢献してきたつもりだ。
つまりは、天国へ行ける可能性が高い───とどのつまり、今与えられるこの幸福感は天国へと旅立ってしまったからこそ味わえたのだろう。
そう考えると……そっか、僕は死んでしまったのか。
(まだ、ミーシャに告白してなかったんだけどなぁ)
やり残したことがまだたくさんあるというのに。
ミーシャに告白、アリアの花嫁姿、幸せな結婚生活……etc。
もう二度とやり遂げることができないのだと思うと、胸の内にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚える。
どうしてか、幸福感が徐々に悲しみへと変わっていき───
「ごめん……ごめんねみんな……!」
「どうして泣いているんですか!?」
おや? 天国にいるはずなのにミーシャの声が聞こえてくるぞ。
「あの、そんなに膝枕が嫌でしたか……? だったら、すぐにでもやめますけど……」
どうやら、僕は天国に行ったわけではなく膝枕をされているみたいだ。
本気で幸せだったから、つい勘違いをしてしまった。
「いや、すっごい嬉しいから大丈夫です」
「ならよかったです」
ミーシャが胸を撫で下ろす。
見上げるような体勢になってしまっているから、ふくよかな胸部が眼前にあって少しの仕草でも視線が吸い寄せられてしまう。
あまりジロジロ見ているとミーシャに嫌われてしまうから、ここは鋼の理性さんに頑張ってもらおう。
「それで、どうしてミーシャは膝枕をしてくれたの?」
「毎日朝食を作ってくれているお礼です! 生憎とここには枕がないので、少しでも楽な体勢で寝ていただければな、と……」
つまりは、寝不足だから寝てもいいってことだろうか?
「でも、仕事が───」
「村に人達も今日は来なさそうですし大丈夫です。もし来たとしても、私が起こして差し上げますよ」
そう言って、ミーシャは柔らかい笑みを浮かべた。
安心させるような、優しい笑顔。頭に伝わる体温と合わさって、妙な心地良さを与えてくれる。
だからからか───
(やばい、眠たくなってきた……)
さっきまで襲いかかってきた睡魔が一気に押し寄せてくる。
持ち上げようとしている瞼も、徐々に力を失っていっているような気がした。
「ふふっ、おやすみなさいです、ユラン」
それから数十秒か数分か。
僕の意識は、そこで途切れてしまった。
♦♦♦
「ユランー! どこにいるの……って、ミーシャ?」
「しぃー、ですよアリア」
ミーシャはゆっくりと、ユランの頭を優しく撫でる。
「今だけは、私の特権のお時間です」
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