とりあえず教会へ
「まぁ立ち話もなんだし、中へ入ろうよ」
―――とりあえずそういう話になり、僕達は教会の中へと戻っていた。
といっても場所は礼拝堂ではなく、僕達が暮らし始めた家の方だ。昼食時も近いし、礼拝堂で話し込むのは少し違うってなったから。
リビングには大きなソファーが二つと、テーブルが一つ。かなり内装を凝ったのか、広々とした空間で、あちらこちらに観葉植物が置かれて寛ぎやすくなっている。
これぐらい広ければ寝室をもう一つ増やせたんじゃ? そんな疑問が浮かび上がるけど、ミーシャが選んだ間取りに文句は言えない。
そして、僕が座るソファーの対面にはセラの姿。
彼女は下唇を噛み締め、とても悔しそうな顔を浮かべていた。
「ぐっ……まさかこの私がじゃんけんに負けるなんて!」
「ふふっ、甘いわよガキが」
どうやらじゃんけんで席順が決まったらしい。
どこに座ってもいいじゃんって思わなくもないけど、余計な口出しはしない。何か言えば、きっと横でドヤ顔を見せているアリアに目をやられるだろう。
何故かは分からないけど、そんな気がするのでお口チャックだ。
ちなみに、ミーシャはキッチンで昼食を作ってくれている。手伝うって言ったんだけど「朝ご飯を作ってくれましたので、今度は私です!」とのこと。
いい子すぎて胸が温かくなる。一切何も言わなかったアリアに見習わせてあげたい。
「それで、第三王女様が来るって本当なの?」
「そうなんですよ! しかも一ヶ月滞在するんです!」
それはまた随分と引っ掛かる話だ。
こんな辺境に王族が来る用事なんて想像つかないし、期間が長いというのもおかしな話だ。
「一応「観光で」っていう理由らしいんですけど、そんなの百パー嘘じゃないですか」
「あなたがやらかしたんじゃないの? それで第三王女様が注意しに来るとか」
「家督を継いだばかりの当主に不正なんかあるはずないじゃないですか! あったら親の代でお家潰しですよ!」
「それか当主になったセラにご挨拶とか? ほら、顔合わせはしておく方がいいはずだし」
「そういうのは基本的に私の方が赴くものです。しかも、つい二か月前に報告しに行ったばかりなんですよぉー!」
となると、いよいよ訪問目的が分からなくなってくる。
そんな状態で王族が来るなんて、セラにはご愁傷様としか言いようがない。
「だから先輩、私をここで匿ってくださいよー!」
「え、普通に嫌」
「酷いっ!」
だって、セラがここに来たら王族までセットでついてくるもん。
「っていうより、そもそも寝る場所がないんだよ。流石にソファーで寝かせるとかはできないからさ」
「えっ? 客間とかないんですか?」
「ベッドがあるのは寝室に一つだね。しかも、寝室は一部屋だけ」
「じゃあ、皆さんどうやって寝てるんです?」
「三人同じベッドだけど」
「……おかしくないですか?」
「……おかしいと思う」
やっぱり客観的に見てもおかしいのだろう。
牧師とシスターがやって来ると分かっていたはずなのに一つだけしか用意しかったことに、建築屋さんも違和感を覚えなかったのだろうか?
「羨ましいです、アリアさん! そこ今すぐ変わってください私がシスターをやるので! っていうか、今すぐ変われッッッ!!!」
「あら、残念。シスターには資格がいるのよ、分かったガキンチョ?」
「ぶ、ぶっころですッッッ!!!」
アリアのあざ笑うかのような態度に、セラが額に青筋を浮かべて立ち上がる。
この子達は本当によく喧嘩をするものだ。お手々取り合う平和な世の中になったあととは到底思えない。
「みなさーん、お昼ご飯ができましたよー!」
その時、ベストなタイミングでミーシャがキッチンからやって来る。
流石に聖女には迷惑をかけたくはないのか、セラは青筋を収めて大人しく腰を下ろした。
やって来たミーシャは、なんとエプロン姿。
猫の大きなマークが縫い付けられている可愛らしいエプロンが、とてもよく似合っている超可愛い。
そんなミーシャは、お盆に乗せいた料理を一品ずつテーブルの上に置いていった―――
・黒い固形物
・黒い形が崩れた固形物
・黒いドロドロした液体
「「「…………」」」
ほほう、これまた珍しい……炭のフルコースだ。
「とても美味しそうだね、ミーシャ」
「ありがとうございます、ユラン! 頑張って手にょりをかけて作ったかいがあります!」
無邪気でとても嬉しそうな笑顔を向けてくるミーシャ。
この笑顔だけで、きっと世の平和を取り戻せるに違いない。
だからそこのお二人さん、「こいつ何言ってんの?」みたいな顔はおやめなさい。
「(こ、これ……明らかに焦げてますよね? もはや料理というより炭化じゃないですか?)」
「(料理の原型がなくなるほど焼いた時点で、料理として成立しなかったっていうのは分からなかったのかしら……?)」
「(一緒に旅してたんじゃないんですか、アリアさん? なんで聖女様に料理なんか作らせたんですか!?)」
「(だ、だってしょうがないじゃない! 旅をしていた時はユランが作ってくれていたから、ミーシャがここまで料理ができなかったとは思わなかったのよ!)」
「(どうして他の人にも作らせなかったんですか先輩……)」
だって、料理するの好きなんだもん。
「せっかくお客さんが来ているし、もう少し料理を増やしたいね」
そう言って、僕はゆっくりと腰を上げる。
冷蔵庫に材料がまだ残っているかは分からないけど、有り合わせ程度なら何かは作れるはずだ。
「ふぇっ? ユランが作るんですか? 私が作りますよ!」
「ははっ、ミーシャは座っていなよ。作ってもらったばかりなのにもう一回作らせるわけにはいかないしね」
それに、お客様に炭を食べさせるわけにもいかないだろう。
ミーシャの手料理は僕がありがたくいただくとして、皆が食べる分はきっちりと用意しておかなければ。
―――流石に炭ばかりだとお腹を壊してしまいそうだからね。
「……今思ったんだけど、第三王女様が来るのって勇者がここにいるからじゃないかしら?」
「……あっ」
おっと、何やら背後で何か聞こえてきたぞ?
まったくをもって身に覚えしかないけど……とりあえず、話しかけられる前にさっさとここから離れなければ。
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