セラという後輩

 腹部に激しい痛みが───と思う前に、胸に飛び込んできた少女の存在が待ったをかける。

 肩口まで切り揃えたミスリルのような銀髪に、愛くるしい端麗な顔立ち。背丈はミーシャよりも少し高いぐらいだろうか? それぐらいの小柄な体躯。

 透き通った碧色の瞳に視線を奪われ、潤んだ桜色の唇には目が引き寄せられる。

 ミーシャやアリアもそうだが、この少女もとても見た目麗しい。ステージの上でスポットライトを浴びせれば、十中八九「アイドルの登場だ!」と騒がれるぐらいには。

 そして、僕はこの頬ずりし始めた少女を……知っていた。


「あれ、セラじゃん」

「お久しぶりです、先輩っ!」


 ───名前を、セラ。

 僕が勇者になる前に魔術師協会で知り合った少女である。


「久しぶり、おっきくなったね」

「出会い頭で胸の成長に気づくとは……流石ですね、先輩」


 誰も一部に限定した話はしていない。


「それより、魔王討伐おめでとうございますっ! あの先輩が偉業を成し遂げたなんて、後輩として誇らしいです! もちろん、先輩なら倒せるって信じていましたよ!」

「手紙でも言ってくれたよね、ありがとうセラ」

「えへへっ……」


 僕は嬉しくてセラの頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。

 知り合った当初から思っていたけど、やっぱりセラは妹みたいで可愛い。


「……どうしてあなたがここにいるのよ?」


 さっき僕の眼球を虐めていたアリアがセラを見てジト目を向ける。

 すると、セラも同じようにジト目……いや、忌々しそうな人間を見る目を向けた。


「あ、アリアさんもいたんですか。残念です」

「あァ?」

「その格好……先輩のあとをつけてきたみたいですね。ストーカーは誰にやっても迷惑ですよ?」

「……ッ!」

「やめるんだアリア! ここで殴り合いは誰も望んではいないッ!」


 僕は抱き着かれたままアリアの腕を掴んで止めに入る。

 この二人も知り合いなんだけど、どうにも仲が悪い。理由は分からないけど、とりあえず仲が悪い。出会い頭、こうして殴り掛かろうとするぐらいには。

 別に喧嘩をするなとは言わないけど、ここにはミーシャもいるんだし流血沙汰はやめてもらわないと。


「あの……」


 僕達が盛り上がっていると、ふと横からミーシャの声が聞こえてくる。

 そして、そのまま僕とセラの間に入ってきて───


「は、離れてくださいっ!」


 何故か僕とセラを引き剥がした。

 突然の行動に、僕は思わず呆けてしまう。


「え、えーっと……ミーシャ?」

「あ、あれ……? どうして私、こんなことを……っ!?」


 それはミーシャも同じようで、引き剥がしたあと何故か戸惑っていた。

 本当にどうかしたのだろうか? いや、教会の前で不埒な行為は許さないということなのかもしれない。

 困ったな……それだと、ミーシャとイチャイチャができない。もちろん、ミーシャに好かれてからの話で願望ではあるけど。


「……私の敵は、その女狐だけじゃなかったようですね」

「あァ? 今、私のこと女狐って言わなかった?」

「いいですもんっ! 私は二番でも許容できる懐の深い女性なので!」

「無視してんじゃないわよ、ガキンチョが」

「あ、三番さんじゃないですか」

「なんですって……ッ!? この補欠風情が!」

「はァ!? 私がレギュラーじゃなくて補欠って言うんですか!? いいですよ、ここで今日こそ白黒つけてやりますよ!」


 こらこら、ご近所迷惑でしょやめなさい。


「ごほんっ! あ、あの……ユランはとお知り合いなんですか?」


 喧嘩を始めようとする二人を他所に、ミーシャは咳払いをして無理矢理話を切り替える。

 わざとらしくて思わず笑みが零れてしまいそうになったけど、それよりも聞き逃せない単語に耳を疑った。


「へっ? 領主様……?」

「はい」


 ミーシャの言葉を聞いて、僕は思わずセラの方を向いてしまう。


「あれ? 言ってませんでしたっけ?」 

「初耳だね」

「私、ここの領主なんですよ。といっても、つい最近家督を継いだばかりですけど」


 確か、ここサルラス領を治める貴族はサルラス子爵家だったはずだ。

 今に話が正しかったら、セラは子爵家の現当主。つまり、貴族様だということで―――


「あー……敬語とか使った方がいい感じ?」

「やめてくださいよ、先輩。私達の間に壁なんかないじゃないですか!」


 たった今、生まれた気がするんだけど。


「今更敬語なんて不要です! だって先輩は、サルラスの名前を継いでくれる人じゃないですか!」

「あれ、なんにもない平民が貴族の名前って継げるんだっけ?」


 おかしいな、結婚でもしない限り貴族の名前なんて継げないはずなんだけど……まぁ、僕が知らないだけで他に方法があるのかもしれない。

 何せ今まで貴族とは無縁の生活を送ってきたわけだし、知識なんてそこらの人と変わらないからね。


「あの、そういう話じゃないと思います」


 どうやら違うみたいだ。

 だったらなおさらよく分からないんだけど……まぁ、いいや。


「さっきの話だけど、セラとは勇者になる前に知り合ってね。魔術師協会での後輩なんだ」


 魔術師協会は、魔術師になった人間が自主的に仕事を求めて加入する。

 そこに上下関係はないんだけど、大体入った順番で先輩後輩が決まっていくのが風習。

 セラは僕よりあとに加入してから、風習的には後輩というポジションになる。

 そして、色々と教えてあげたこともあってか先輩として今みたいにずっと慕ってくれている。ちなみに、アリアは僕と同じ年に加入した同期だ。


「へぇー、そうなんですねっ!」

「うん、多分アリアの次に仲がいい人じゃないかな?」


 勇者として知り合いは多いけど、仲のいい知り合いは極端に少ない。

 ……自分で言っていて悲しくなるけど。


「わ、私は……」


 ミーシャが僕の服をつまんでくる。

 縋るような上目遣いを僕に向けながら。


「私は、仲良くありませんか……?」

「一番仲がいい人に決まっているじゃないか!」


 ミーシャはどう思っているか分からないけど、僕の仲では断トツの一番だ。

 いつかは友人としてではなくて、恋人として『一番仲のいい関係』を確たるものにしたい。

 まぁ、ミーシャにそんな様子もないし先は長そうだけど。


「私も、ユランが一番仲のいい人ですっ!」

「ははっ、じゃあ僕達だね」

「~~~ッ!?」


 ミーシャの顔が急に真っ赤に染まる。

 ただ、二人共「友人として仲がいいって言っているから想い合ってるね」って言っただけなのに、恥ずかしがる要素などあっただろうか?

 もしかして、女心と秋の空というのはこういうことなのかもしれない。勉強になりました。


「(アリアさん、なんですかあの強敵感のある聖女様は? 私、本当に二番になるなんて思ってなかったんですけど)」

「(どう頑張っても私達は二番目争いってことよ、ようやく分かった?)」


 一方で、さっき喧嘩を始めようとしていたはずの二人はヒソヒソと顔を寄せて何やら仲良さげに話していた。

 やっぱり、喧嘩するほど仲がいいということなんだと思う。


「で、そういえばセラはなんか用があったの?」

「先輩がここの教会に来たって聞いたのでに会いに来ました! っていうのが半分以上あるんですけど……それよりも聞いてくださいよ、先輩っ!」


 そう言って、セラは焦りを滲ませたような顔でもう一度僕に抱き着いてきた。


「なんかー!」

「……へ?」

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