子供とアリア
教会の裏手の心地よい風が吹き抜ける場所で僕達は修道服姿のアリアを見つけた。
大勢の子供達に囲まれて、一人揺らめく草木に腰を下ろす。
こんなにも教会へ子供達が集まっていることにも驚いたけど、あのアリアが子供達と一緒にいるというのはとても新鮮だった。
「ねーちゃん、もう一回やって!」
「嫌よ、面倒臭い」
「やってよー!」
「嫌」
「…………」
「…………」
「……どうしても、ダメ」
「しょ、しょうがないわね! もう一回だけよ!」
そして、近年稀に見るチョロさであった。
「なんかすっごい楽しそうなんだけど、あの姿を見てもサボりじゃない、と?」
「ふふっ、子供達と楽しく遊ぶのも立派なお仕事ですよ?」
だったら、僕も子供達と遊んでいたい。
そう思った瞬間、ふと先程の子供が「どーてー!」脳裏に浮かび上がった。
……。
…………。
………………うん、やめておこう。
精神衛生上、普通に牧師の仕事をしていた方がよさそうな気がする。
「じゃあ、しっかり見ておきなさい」
子供達に囲まれたアリアがパチンと、乾いた指の音を響かせた。
すると辺り一帯に冷たい風が流れ始め、輝く小さな氷の結晶が上空へと浮かび上がる。
決して今は冬ではない。だからこそ、こんな幻想的な光景はお目にかかれるものではないだろう。
「きゃー!」
「お姉ちゃん凄いっ!」
「きれー!」
だからこそ、子供達は空を見上げて楽しそうな声を上げた。
笑顔が浮かび上がり、傍から見ても微笑ましい光景だと同じように僕も笑みが浮かんでしまう。
「相変わらず、アリアはとっても器用だなぁ」
アリアの魔術は『氷の創造』である。
それはどんな形でも、どんな場所でも、媒介なしに生み出すことが可能であり、応用が利くという部分ではとても強力だ。
更に、物体を触れるだけで凍らせることもできるため、敵と遭遇しても問題なく対処できたりする。
それがアリアが魔王討伐のパーティーに選抜された理由でもあるのだが、彼女の本気は氷を生み出すことだけではない。
その気になれば、ここ一帯を氷土に変えることだってできるだろう。
僕は魔王を倒したけど、彼女も彼女で魔王軍の幹部を単体で倒している。絶対に怒らせてはいけない相手だというのはこれだけで充分伝わるだろう。
「私は魔術を扱えませんが、こうして子供達を喜ばせることができるなんて凄いですよね。憧れてしまいます」
「ミーシャの力も凄いと思うけどね」
僕達が扱うような魔術とは違い、ミーシャは女神から賜った恩恵だ。
その力は病気や外傷を治癒できるといったもので、誰もが羨むもの。敵を倒すという一点だけで言えば確かにアリアの方に分があるけど、敵を助けるという一点ではミーシャに分がある。
だから、決して「どっちがいい」というものではないはずだ。
「ユランの力も凄いですよ?」
「残念ながら、僕の力じゃ子供達を笑顔にはできないかなぁ。稀代の演出家には程遠いよ」
移動して殴ったり蹴るだけの魔術で、子供達を興奮させることはできないだろう。
まぁ—――
「勇者としての力の方がもっと喜ばせられないけど」
「そ、それは……」
「あ、いやっ! 別に悲しんでいるとかそういうんじゃないから! 単に派手さが足りないっていうだけのお話だからね!?」
僕が落ち込んでいると思ったのだろう。
ミーシャが悲しい表情を浮かべ始めたので、僕は慌てて否定する。
「さ、さぁ! あのサボり魔に説教しに行こうじゃないか!」
僕は話を無理矢理切り上げるために、ミーシャの手を取ってアリアの下へと向かった。
そこまで足音を消しているつもりはないけど、アリアは僕達の気配に一切気がついていないみたいだ。
そこまで夢中になるほど楽しんでいるようでなによりである。
「お姉ちゃん凄い!」
「綺麗!」
「ふふんっ! 大したことじゃないわ!」
近くに寄ると、彼女は子供達に持ち上げられてとても満更ではない表情を浮かべていた。
普段の姿からは想像できないほど浮かれているようでとても可愛らしい。これが俗に言うギャップというものだろう。
「仕方ないわね! だったらもう一回———」
「楽しそうだね、アリア」
「~~~ッ!?」
声をかけると、アリアは勢いよく振り返った。
自分達の世界に潜ってしまっていたのだろう……僕達の姿を見た途端、顔を真っ赤に染め上げてしまう。
「随分と楽しそうじゃないか(ニヤニヤ)」
「べ、別にこれは……ッ!」
「いやいや、別に怒っているわけじゃないよ(ニヤニヤ)」
子供達と同じように楽しそうにしている彼女に怒るわけもない。
ただ「浮かれているなぁ」って思っているだけで(ニヤニヤ)。
いやぁ、アリアもこんな顔をするんだねぇ(ニヤニヤ)。
「か、勘違いしないでちょうだい! 私は子供達がせがむから仕方なくなんだから!」
おっと、見苦しい言い訳をし始めたぞ。
やれやれ、子供達に囲まれて楽しそうだったのは明白だったというのに、これまた面白いことを言う。
案外、アリアは子供達に好かれやすい人間なのかもしれない。
僕は開口一番で馬鹿にされるのに、これにはどういった理由があるのだろうか? 彼女の容姿が整っているっていうこともあるかもしれないけど―――
「やっぱり、子供達と同じような胸部がりy」
「死ねい」
「眼球が!? 火傷するような冷たい感覚が眼球にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!???」
目が冷たい! というより痛いッ!
なんなの!? さっきまで微笑ましいアリアの可愛い姿が目の前にあったのに、今じゃ視界が真っ黒で何も見えないッッッ!!!
「まったく……相変わらずデリカシーとかない口ね。だからお仕置きされるのよ」
「君は一回、ミーシャに目を診てもらった方がいい……ッ!」
僕の目と口も判別できないのか、この女は? 目に執着しすぎだと指摘せざるを得ない。
「では、気をつけて帰るんですよー!」
「「「はーい!!!」」」
僕の瞳が氷のオブジェ一歩手前になっている一方、ミーシャは帰っていく子供達に手を振って見送っていた。
心配されないなと思っていたら、どうやらそもそも彼女は見てすらくれていなかったらしい。
「……あれ?」
そんな時、見送っていたミーシャが先を見て首を傾げる。
「ど、どうしたのミーシャ……?」
徐々に目を覆っていた氷が溶けて視界が回復した僕がミーシャに声をかけると、彼女は丘の下に向かって指をさした。
「いえ、馬車が……」
「馬車?」
気になって僕もミーシャと同じ方向を見る。
そこには、一台の大きな馬車がゆっくりと近づいてくる姿があった。
見るからに豪華そうな馬車だけど、一体誰が来たのだろうか? 僕も同じように首を傾げる。
そうしていると、馬車はいよいよ僕達の近くまでやって来た。
そして、馬車の扉が勢いよく開け放たれ───
「会いたかったです、先輩っ!!!」
「ぐぶっ!?」
僕の腹に、艶やかな銀髪を携えた一人の少女が飛び込んできた。
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