牧師としての始まり
昨日働かなかった分は今日から。
昨夜どんちゃん騒ぎこそしてしまったものの、ちゃんと仕事はしなくてはならない。
───久々の再会を喜んだ翌日。
朝食を食べ終え、ミーシャに促されるまま教会の掃除を終えた僕達はようやく教会で働き始めることになった。
「今日はありがとうございました、牧師様」
お祈りが終わり、一組の親子が入り口で頭を下げた。
基本的にここの教会を訪れるのはこの村の住人だけで、たまに仕事の合間を縫って足を運んでくれる人が大半とのこと。
教会が建ってから数週間———以外にも、その足は止まることはなかった。
それはミーシャが聖女だからか、それともミーシャという知り合いが戻ってきて教会を建ててくれたからか。
どれかは分からないけど、牧師として働き始めた初日ですでに三組も村の人達が来てくれた。
「いえいえ、またお祈りに来てください」
「ふふっ、牧師様がいるとやっぱり違うのねぇ。ミーシャちゃんがいる時は、私が一人でお祈りをしていたから、ちょっと新鮮だったわ」
シスターと牧師とではやる業務も権限も違ってくる。
牧師は聖書を読んだり礼拝を行うことができるけど、シスターの仕事は主に教会の管理や布教がメインであり、今日僕がしたみたいに聖書を読んで教えを伝える行為はできない。
そのため、今までは「あ、勝手にお祈りしてください」状態だったのだろう。
といっても、僕も正式な礼拝をしたわけじゃないので、お祈りの横で気になった部分の教えを聖書を読みながら伝えただけだ。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
横にいた小さな男の子が僕の袖を引っ張ってくる。
こんな小さな子までお祈りに来てくれているのだから、改めてファリス教の信仰具合には脱帽せざる得ない。聞けば、ミーシャも聞けば小さい頃から信者だったらしい。
小さい頃から信仰しているとやっぱり心優しい純粋な子に育ってくれるのだろう。
僕がそんなことを思っていると、男の子はつぶらな瞳を向けながら僕に向かって口を開いた。
「兄ちゃんってさ、どーてーなんだろ?」
「こらこらこら」
ぶん殴るぞ?
「い、いきなりなんてことを言うんだい、お前は!?」
「だって、この兄ちゃん明らかにどーてーの匂いがするんだもん! どーてーにどーてーをマリアージュした感じ!」
これまた面白いことを言うお子さんだ。
罵倒に罵倒をマリアージュした発言が、見事に純粋さをかなぐり捨ててコメディにしてくれている。
親御さんがいなければ、そのまま宙へと放り投げていたのに。
「す、すみません牧師様!」
「……いえ、お気になさらず」
誠心誠意頭を下げてくる親御さんを見ても、どうしてか引き攣った頬が戻らない。
それは的確に心を抉ってくるお子さんが大きく貢献しているからだろう。
……おかしいな。これでも王都では「勇者様!」と子供達の人気を一身に集めていたはずなのに。
まぁ、僕の顔を見ても「勇者だ!」なんて誰も言わないから、きっと辺境では僕の顔と名前が一致できるほどの情報は回ってこないのだろう。
「じゃーねー、どーてー!」
「ま、また来ます牧師様」
―――寛大な勇者に感謝しやがれ、がきんちょ。
そう思いながら、僕はそそくさと立ち去っていく親子に向かって手を振った。
そのタイミングで、奥にいたミーシャがトテトテとした足取りで僕の下までやって来る。
そして、その勢いのまま僕の胸に飛び込んできた。
「お疲れ様です、ユランっ!」
僕はミーシャを受け止めると、そのままウィンプル越しに頭を優しく撫でる。
可愛らしいスキンシップに、思わず口元が綻んでしまう。
「ありがとう、ミーシャ。といっても、そんなに疲れたことなんてしてないんだけどね」
勇者として活動していた時に比べたら、こんなの屁ではない。
ただ、精神的ダメージは今この瞬間の方が大きいと断言できる。
「ふふっ、それにしてもユランが牧師をしているというのはとても新鮮ですね」
ミーシャは僕の姿を見て小さく笑う。
「牧師をするのがそもそも初めてだからね。そりゃ新鮮だよ」
「ユランはちょっと抜けているところがあるので、正直なところを言えば不安でした」
「そんなことないよ。僕だってやる時はやる男さ!」
「そうですねっ、それは見ていてちゃんと分かりましたよ」
「……っ」
たわいもない会話、和やかな空気。
殺伐とした道を歩いてきたからか、どうしてもこの瞬間が幸せだとふと思ってしまう。
想い人と過ごしているだけで、想い人とゆっくり同じ場所で話しているだけで。
どうしても、胸の内が温かくなってくる。ドキドキとした感じじゃなくて、落ち着くような……安心するような感じだ。
(平和になってよかったなぁ……)
魔王を討伐できていなかったら、きっとこんな時間を味わえていないはずだ。
だからこそ、今こうして達成感と満足感が押し寄せてくる。
「ユランが牧師として来てくれたので、今度から礼拝を開けそうですね! 私だけの時はできませんでしたから!」
「でも、人集まるかなぁ? あれって、時間を決めてやるでしょ?」
「大丈夫です! 気合いでなんとかできますっ!」
そうか、具体案じゃなくて精神論なんだ。
何故か不思議と一生人が集まらない気がする。
「そこはアリアと相談だね。やるんだったら、アリアにも手伝ってもらわないといけないと思うし」
「ふぇっ? 気合いでなんとかな───」
「アリアは気合いが嫌いなんだ」
アリアを使った卑怯な手だけど、精神論は破棄させてもらおう。
礼拝を開きたいミーシャのためにも、ここは具体的に考える必要があるからね。
(そういえば、この教会にはちゃんとオルガンがあったんだよなぁ)
教会によってはオルガンがあるところとないところがあるみたいで、ある場所は大きな場所にしかないんだとか。
だから、こんな辺境にある小さな教会に置いてあるのは珍しい。
流石は大金をかけて建てた教会のことだけはある。礼拝ではオルガンを使うことがあるし、是非とも開くなら使わせてもらおう。
「そういえば、アリアはどこにいるんだろ?」
さっきから姿が見えないけど、まさかサボりだろうか?
……まったく、人が勤勉に働いているのにサボるとは人としてどうかと思う。
「やれやれ、これだからつい最近働き始めたトーシロは困る」
「ユランも最近ですよ?」
ほんと、これだから困るんだ。
「アリアなら、向こうで子供達の面倒を見てくれていますよ! ここには、よく子供達が遊びに来るので!」
「よしっ、サボっている不良児を説教しに行こうじゃないか!」
「サボっていませんからね!?」
───というわけなので、僕は不良児手前のアリアの下へと向かった。
サボっている人には、ちゃんと説教をしなきゃ。
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