おかえりなさい。いってらっしゃい。
私の意識が目覚めたとき、私は『昼と夜の世界』にいた。
ここが世界の中心なのか、私から見て空の右半分は虹のかかった気持ちの良い昼の青空で、左半分は流れ星が流れる夜空だった。
それ以外、つまり地面は真っ白。それが地平線まで続く。
私の前には、色とりどりで大きさも様々な毛玉のようなものが、1列になってフヨフヨと空中に浮かんでいる。視界が揺れ動くから、きっと私も同じように浮かんでいるのだろう。
自分自身の姿は見えない。
黒い人の影のようなものが、動き回る毛玉たちを誘導する。
『おかえりなさい』『おかえりなさい』
『じゅんばんにまっててね』『まっててね』
1つ1つの毛玉たちに声をかけていく。
毛玉と言っても一色で出来ている訳ではなかった。
ピンクや青、灰色に金、ヘドロのような気持ち悪い色。様々な色が交ざった毛糸が1つの玉になっているものだ。
毛糸の巻き方も様々で、お店に売っていそうな均一に巻かれたものもあれば、ぐしゃぐしゃにところどころ糸が飛び出たようなものもある。
私は? どうなってる?
そんなことを思いながらも、列は段々と進み私の順番がやってきた。白い布に包まれた6角形のテントのようなものの中に誘導される。
黒い影に聞いても『じゅんばんにまっててね』しか言われなかったので、何の順番かもわからない。
テントの中にいたのは、ひときわ大きな影だった。横にも縦にもでかい。
その影が私を手に取った。ふにふにと触られてくすぐったい。全体を確かめるように見て回る。そして、少し痛みを感じたあと、大きな影は言った。
『星』
そして、私は普通の大きさの影に渡されてテントから出た。影の行く先には黄色のバスがある。
ドアを開けて、影の手が私を放したので、私はバスの中にそっと浮かんだ。自分自身は見えないがやはり自分も毛玉なのだ。フヨフヨと宙に浮いていることが不思議で仕方がない。
少し待っていくつものきれいな色の毛玉達を乗せたバスは、世界の左側の夜空の端に向かい始める。
『いこういこう。ほしになろう』
バスを運転する影は陽気に歌っていた。
バスから降りた場所には、金色の打ち上げ台が待っていた。
『いってらっしゃい』『いってらっしゃい』
『つぎもキラキラかがやいて』『かがやいて』
私の前に並んだ毛玉達は、影たちに一つ一つ丁寧に言葉をかけられ、台の中に消えていく。
音もなく夜空に発射された彼らは、空に着いたかなと思う頃に、輝く流れ星となって消えていく。
その光の色も強さもそれぞれ異なり、私はその光景に目を奪われた。
煌めく夜空は私から時間を奪い、いつの間にか私は打ち上げ台の前に来ていた。
私を大事そうに手に取った影は
『うまれかわってもしあわせに』
と声を掛けて私を台の穴の中に入れようとする。
その言葉に、私ははっと気がついて、出来る限りの大声を出した。口なんて付いているのかわからないけれど。
「やめて! 私は生まれ変わりたくないっ! ここは天国なの? 私は殺人者なんだから地獄行きよ! 」
私の声に驚いたのか、影は手を止め周りを見渡す。すると、少し背の高い影がやってきて、私を貰ってその場を去った。
何事もなかったように作業は再開され、また夜空に流れ星が流れ始める。
『ここは天国じゃないよ。地獄でも当然ない。
全員が星になれるわけじゃない。
心の汚れたものは虹のかかった川へ行く。浄化されて、巻き直されて判定を通ったらやがて星になる。
君は紛れもなく星だ。見ればわかるよ』
「私は人を何人も殺しました。汚れてる。地獄じゃないのなら川でもいいから連れていって! 」
そう言った私を細長い影は、先程の大きな影のように私をこねくり回し始めた。同様に最後に少しだけ痛みがあった後に、彼は私に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
『君は殺していないだろう?
不幸な偶然の連続は、君をこんなにも悲しい色に染め上げた。意図して人を殺める人はこんな色にはならないよ。
ちくっとしたのは君の最後の思いを知るため、最後は1番大切な事を思うから。こんなにも悲しい悲鳴を上げて可哀想に。
星になって今度こそは、思わず抱き締めたくなるくらいの温かい色になって帰っておいで 』
「いや! そんなこと出来ない。
私が悪いの! 私が、私が生まれなければ皆死んでしまうことなんてなかった!
罪悪感に消えてしまいたい! 消してっ、私を消して!」
影は私をゆっくりと撫でた。子どもの頭を撫でるように。
『じゃあ、君の気にしている命たちの最後の記憶を見せてあげる。君のような子は少なからずいるから僕がいるんだ。
それを見たら星になろう? それでもあまりに生きることを望まない子は、打ち上げられてから輝かずに消えるから』
影は私の中に何かを入れた。私の目の前の景色が変わっていく。
◇◇◇
長い階段の下に血まみれで倒れていたのは、何もわからなくなった私にいつも優しく接してくれた女の人だった。綺麗な空色だったセーターは見る陰もない。彼女は必死に階段の上を見上げようとする。
【ごめんなさい。私の不注意で。頼むからこっちに来ないで。落ちてしまう……】
◆
拾いあげた手の中で1度だけか弱く「にゃぁ」と泣いた子猫。ふわふわのタオルを敷き詰めた段ボールを守るようにして眠るのは、痩せて白髪が出始めた私。
子猫は私の方を見て声を上げた。最後の力を振り絞るように。
【ありがとう】
◆
踏み切りの前に立ったブレザー姿の息子は涙を流していた。
【母さん、傍にいてやれなくてごめん。
俺は普通じゃないから、こんな息子じゃ家の恥になる。俺がこうした理由は母さんなら分かってくれるよね? 母親は卒業してこれから幸せになって 】
カンカンカンカン……
息子は目を瞑って飛び込んだ。
◆
長い間、水の中をもがき苦しんだ夫は、最後は川の流れに抵抗出来ずに流れていった。
【ごめん、ずっと守るって約束したのにごめんよ。あとは頼んだ。君ならできる。守るものがあれば強くなれる人だ。
愛しい奥さん、俺のことは忘れてどうか末長く幸せに】
◆
目の前に吊るしたヒモを見つめる同級生の女の子の目からは涙が溢れていた。
【私は誰よりも何よりも、馬鹿なことした汚れた自分が嫌い。こんな自分いなければいい。いない方がいい! 】
ヒモに握った手に力が入り――
◆
美味しそうに焼けたお餅。しわくちゃの手で箸を握った祖母は大きな塊を嬉しそうに口に入れた。
【あの子は、お金があるのに父親を援助しなかった私をずっと恨んでいるだろう。
私が父親を殺したようなものだから、両親の代わりにどこに出しても恥ずかしくないように厳しく育てた。
孫娘と一緒にいられるだけで幸せなのに、笑った顔が見てみたいなんて欲張りね。美味しいわ】
その後、餅が喉に詰まって苦しむ祖母が呼んでいたのは私と母の名前。
【ごめんね。ごめんね。無駄に意地ばっかり張って】
そうして彼女はとんでいった。
◆
過重労働に睡眠時間もロクにとれていなかった父の乗った原付はふらついていた。運転中なのに、うたた寝してしまったのだろう。
カーブを曲がり切れず、スピードもそのままに壁に激突する。深夜の人気のない道路には誰も来ない。
【……くそっ、やっちまった。これからも守らなきゃいけないのに、命よりも大事な娘を。
ああ、でも俺が死んだらきっと頑固なあの人がきっと……。その方が幸せかな。
大丈夫だ。母親に似て、賢い子だから】
苦しそうだった父の最後の顔は笑顔になった。
◼️
必死に息をする母、その足元には血の水溜まりができていて、両手を当てたお腹は大きい。
「早く来て。 私はいいから、頼むからこの子を助けてください……」
【どうかどうか私の分も幸せになって。
愛してる。私の愛しい子】
◇◇◇
影は私を両手で包み込むように持っていた。
『分かったかい?
君が罪を犯したというならば、それは愛されていた自分を、愛さなかったこと位だろう? 』
「わたし、わたし……」
『犯人はいたかい? 』
「いません……。
そして、私は犯人なんかじゃない。
ごめんなさい。みんなごめんなさい。
ありがとう。私も愛してた。だからずっと悲しかったの。寂しかったの。でも、もう――」
この姿に涙は出るのかわからないけれど、私の心は今まで感じた事のない色の涙を流す。
『ああ、最後に良い色になった。
きっと綺麗な星になるよ。
皆めぐり回って君を待ってるから、安心していってらっしゃい』
夜空に一際輝く赤い星が流れ、どこかに消えていった。
犯人は私です @tonari0407
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