ラスボス・カウントダウン
渡貫とゐち
魔王、待ちきれない。
「――遅い! ついさっき入口の門を開けて渡ってきただろう!?」
「勇者の姿は確認しています。城内には幹部も魔物もいませんから、あとは内部のカラクリを解いてこの部屋へやってくるだけ……のはずなんですけど――」
頭の上に角を二本生やして憤慨する、少女の姿をした魔王様……(赤髪の十三歳)がイライラしながら、椅子のサイドテーブルをドンッ、と叩く。
その音に、びくっ、と驚いた白骨死体……、
他の骸と判断するためだが、実は既に勇者に討たれているため、判断基準を設ける必要はなかったりする……が、まあ、彼なりの個性の出し方なのだろう。
「カラクリって、そう時間がかかるものじゃなくない……? だって実際にここまで旅をしてきて、それなりの場数を踏んでいる勇者でしょ!? そりゃ、ここが最終関門だから、ちょっと難しくはしているけど、ここまでこれた勇者ならちょっと考えれば解けるはずなんだけどっ!」
「と、私に言われましても……。簡単な答えでも、思い込みの穴にはまってしまうとなかなか答えに辿り着かないなんてこともありますし……。
それに、これまでの勇者には仲間がいたわけですから、勇者単体でカラクリを解き、敵を討ってきたわけではありません。仲間の協力があった上で突破してきた難関だとしたら――単独で挑む城内のカラクリは難しいのかもしれませんね」
頭数が増えれば発想も増える。正反対の性格の人材がいれば、極端な例も出てくるのだ。
あらゆる角度から難題に向けて考えていけば、答えに辿り着くのは早くなる。
「……うーん……、少しヒントを出してやるか……?」
「城内放送をしますか? ただ、勇者が城内にある監視カメラを壊しているので、ヤツがどこにいるのかは分かりませんが」
「どうしてそういうところには敏感に気づくんだ! ッ、こっちも大量虐殺されて人手不足だって時に……ッ! これじゃあ勇者の動向を逐一報告してくれる使いを出すこともできない!」
城内へ入った頃の勇者の動向は分かっている……、第一の扉を開けて、その先――。
複数の扉に分かれている、分岐点のどこへ入ったか――。
どの扉から入っても内部では繋がっているので――たとえば赤い扉に入ったとしても、青い扉の内部に勇者がいる可能性も出てくるのだ。
……どうして中を繋げたんだ! と文句を言いたくなる魔王(赤髪十三歳)だが、内部を繋げたのはもちろん、彼女である。
『——結局、中で繋がってるのかよ!?』と言わせたいがためだったが、今の状況になってくるとその一発のツッコミのためにすることではなかった、と後悔である。
カメラがないところで右往左往されたら、勇者の動向を見る方法がなくなる……。
「あ。じゃあ勇者がまだいっていないところのカメラは生きているよね……?」
つまり、カメラが壊されている範囲内に、勇者がいるということだ。城内放送であれば全体に流せばいいだけだが、実際に向かうとなると、ある程度は絞っておかないと入れ違いになる。
魔王が勇者に会いにいこうとしている間に、勇者がこの王室に辿り着いてしまうということも……、いや、ないか。
一階で苦戦している勇者が、二十階の魔王の部屋に最速で辿り着けるはずもない……。
「もうっ、待ちきれない! アタシから会いにいってくる!」
「かしこまりました。……私もついていきますか?」
「必要ない。広い城内とは言え、アタシの家だ。迷うわけないだろう」
骸は、道案内として志願したわけではなかったが、魔王様の指示に従い、この場に留まることにした。なにかあれば城内放送で指示を出せ、と言葉を残し、魔王様が部屋を出る。
本当であれば魔王が残り、部下である骸が部屋を出て勇者の元へいくべきだが、基本、座って指示を出す立場に向いていない魔王様は、待つくらいなら自分でいってしまうタイプである。
人の上に立つタイプではない。
彼女のような魔王はみんなの輪の中に混ざって共に戦場へ出るのがお似合いだった……、そこが先代の魔王とは違うところか。
――病死。
今世代の勇者の進軍の半ばで、先代の魔王は病死した。勇者関係なく、病気を放置していたために起きた、自業自得の結果である。
……まさか魔王にもなって注射が嫌だなんて言うとは、娘である『今』の魔王様も引いたものだった……、かく言う彼女も注射は嫌いだが。
勇者の剣で切り裂かれることは平気でも、注射は嫌だった……自覚か無自覚かの違い?
巨大な【らせん状】の階段を下りながら、位置が高い手すりにも掴めず、魔王様はゆっくりと階下へ下りていく。ぐるぐると回り過ぎて目が回りそうだった……——二階。
やっと辿り着いた二階フロア。
一階へいくには部屋の中にある階段を使う必要があるので、重たい鉄の扉を両足でふんばり、両手で押し開け――、赤い絨毯が敷かれた広間に顔を出す。
天井にはトラップがある。シャンデリアの上にある、トゲトゲがついた、落ちてくる天井である。それが既に落ちていたので、勇者は既にこの部屋を通過し……、
……え。
「勇者……?」
赤い絨毯なので分かりにくいが、上から伸びている鎖……、それに繋がれた落ちた天井の真下から、赤い血が絨毯に染み込んでおり……、少しだけ、端から人間の指先が見えている――。
え、あれ? 勇者は、既にトラップで絶命している……?
「う、嘘でしょ、こんな初歩中の初歩のトラップで!?」
上からトゲ付き天井の落下なんて、序盤のダンジョンで経験しているはずだけど!?
どうしようどうしようとその場で右往左往する魔王様だが、どうしようもない。治せる怪我のレベルではなく、完全に五体満足を脱した絶命状態であるのだ、蘇生魔法がなければ生き返らせることはできないだろう……。
仮に使えたとしても、重たい天井を持ち上げる必要がある……、小さな魔王様にそれができるとは思えなかった。
地面に刺さっているトゲには返しがついている……力自慢でも引き抜くには苦労するだろう。
「……勇者を殺す気で、これまで幹部や魔物を放ってきたけどさ……カラクリも、トラップも、無理難題にして突きつけてきたけど――勇者なら大丈夫だって思ったからできたんだ!」
信頼があった。
勇者ならきっと踏破してくれるという、敵ながらも実力を認めた厚い信頼が。
……なのに。
「どうしてこんなところで死んでるんだ、バカ勇者ッ!!」
……これで終わり?
勇者との長い戦いが、こんなにあっさりと? ……先代の魔王から引き継いだ、途中から参加の戦いだったとは言え、こんな結果は、大丈夫……?
モヤモヤする。気持ちが悪い……。当然、勇者を倒すことを、
それよりも以前に、勇者を倒すべきだったはずなのだが……、実際に倒してしまえば、その時もその時で、たぶん思っただろう……いいのかな? 大丈夫なのかな? ――と。
手札を全て切ってから終わりたいというのは自己満足だが、切らずに残った手札を見ていると、もっとなんとかできたんじゃないかと思ってしまう。
次に再利用できるとは言えだ、勇者がそうぽんぽん出てくることもない……。これから先、しばらくは、魔王側の支配が続くわけだが、幹部もおらず部下もいない……。新しい関係性を構築するところから始まる。
新たな支配者。しかし彼女を守る部下がいないということは、今度は魔物側からの下剋上が簡単におこなわれることを意味しているのでは?
『魔王様、勇者はどうなりました?』
と、城内放送があった。
「……ここのカメラは生きているんだな……死んだよ、死んでる……いいのかな」
『なにか、心配ごとでも?』
「これ、生放送だったらと思うと、予定よりも早めにやることなくなっちゃったよね? ピークもないまま、あとはダラダラ喋るみたいな退屈な時間にならないかな?」
魔王側の勝利なのに、なんだかやってはいけないことをしてしまったみたいな罪悪感がある……、基本の流れでは、このまま魔王が負けることが理想なのだろうけど……。
分かっていても、殺されるのは嫌である。
『ふむ、尺が余った、と?』
「え? いやたとえだよ? 別に本当に生放送しているわけじゃないし、最終決戦前に勇者が死んじゃって、このままいつもの日常に戻るのはきっかけがないな、って思って――」
せめて、勇者との一騎打ちの末に、勝利を掴みたかった……。
『ならば、私を倒しにきなさい、魔王様』
「…………、どういうことだ」
『頂上二十階までの道のりを、魔王様の力で、全てのトラップ、カラクリを解き、この椅子に戻ってきてくださいと言っているんです。
せっかく設置したギミックが使われないのは勿体ないですからね……——近道のらせん階段は破壊しておきましたので、地道に一階ずつ、上がってきてください。
ヒントもアドバイスもなしです。魔王様なら当然、できますよね?』
「ッ、上から見下して調子に乗ったか!? ふざけてないで早くアタシを迎えにこい! ここからお前を狙い撃ちにすることもできるんだぞ?
魔王の魔力と魔法をなめるなよ、ただのガイコツが魔王に逆らってただで済むと、」
『——いいからやれよ。やってみろ。
これは下剋上だ、先代の魔王様に仕えていた私たちは、まだ「お前」のことを完全に認めたわけじゃない……。納得させてみせろ。
お前がこの椅子に座るに相応しいか、残された最後の一人が見届けてやる』
―― ――
『幸い、城のトラップの構想と設置に一切関与しなかった他人任せのお前にネタバレの危険性はないからな。全てのカラクリとトラップに新鮮に対応できるだろ。
尺を埋めろ。全てを踏破し、私を始末してちょうど良いエンディングだ――お前の不始末はお前でどうにかしろ。尻拭いを人に任せるな、ガキが』
そして。
前代未聞の、魔王様による魔王城【攻略】が始まった!!
―― おわり? ――
ラスボス・カウントダウン 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます